第29話 使途

― それで、キナンの方では何の調査をしているのですか。

 ウロンドロスが尋ねた。こういったことの根回しはこの人の得意とするところだ。

― 簡単に言えば、マティで、リゼアのリングが流通してることの調査。

― それだけなら、別に珍しいことではないのでは?

 確かにそうだ。交易都市では高額貨幣の代わりによくリゼアの赤のリングが使われている。金融システムや商売に関わる慣習の違いで煩雑なやり取りをしたくないとき、いわゆる「現金払い」みたいな方法で高額の取引をしたいときによく使われる方法だ。

― これ、見ると分かる。

 イクセザリアが取り出したものは共感応球だった。起動エネルギーが流され、全員が注目する。

 映し出されたのは病院だろうか、重篤な病人が今にも息を引き取りかかっているところだ。あとからそこにやってきた、病人の家族と思われる人が小さな袋を看護している人に渡している。中身は黄のリング、おそらく拇指用と思われるサイズのリングだ。渡された人は、おもむろに病人の衣服をはだけると黄のリングを胸に押し付けた。何度も、何度も。

― あれは何をしてるんですの?

 エルクリーズがつぶやく。やがて、看護人が手をはなして、何か言うと、袋を持ってきた人が怒ったように叫びながらなおも繰り返し、リングを押し付けた。何度も何度も。最後には押し付けた跡が胸ばかりでなく身体のあちこちに残った。病人は亡くなったようだ。

― どうしてか、リゼアのリングをああやって使うと、死にそうな人が生きかえると思われている、らしい。

― はぁ? 何で!

― トトラナ様、あのリングの模様がキナンの三角波模様だったから、ご自分で調査なさるために、マティに入られた。

― コーグレス王の言った「すでに潜入している者」というのは、トトラナ王だったのね。道理で最近会ってないわね。で、あのキナンのリングは、どんなルートでマティに流れてるの。

 イクセザリアは共感応球を片づけながら、

― あれは、偽物。

と言った。新生命宮の、外からの来訪者が出入りするエリアでは、リングの偽物をお土産として売っているらしい。「リゼア人風アクセサリー」としてだ。もちろんリゼアで製造したものではない。

― その証拠に、王の白のリングにしか入ってないはずの三角波模様が、赤にも黄にも緑にも入ってた。色に関係なく、リゼアのリングの偽物がマティでは闇で取引されてる。

― 死者を蘇生させるなんて、通常不可能です。何で効き目がないと分かってるものを買いたがるのでしょう。

― 誰か権力のある者が後ろ盾になって仕組んでいるのでしょう。死者の蘇りなど、ちょっとした演出があれば簡単に見ているものをだますことができます。

― 演出とばかりは言えない、ウロンドロス。

イクセザリアはウロンドロスに言い返した。

― いくつか証拠だという映像が、出回ってた。人は3度も4度も起こったことなら当たり前に起こることだと思い込む。

― まして神々の星リゼアが関わっていれば、だな。

― ちがう。

 王は言いながら考え込んでいた。深刻な表情に一瞬皆が止まる。ウロンドロスが聞き返した。

― ちがう、とは何がでしょう。

王はそれには答えず、イクセザリアに聞いた。

― いったん死んだ者が生き返る時、使われていたのは白のリングだったのではなくて?

― そう。でもすべてではなかった。

― ということは、青のリングも混じっていた?

― トトラナ様は、本物が混じっていると、おっしゃってた。

― でしょうね。なら、蘇りはありうる。本物の白か青のリングに触れれば、消耗性の病気や不慮の大怪我なんかだったら簡単に治るはずだもの。

― 本当ですか?

 サグも驚いていた。王は自分の右手の拇指のリングを外して手のひらに乗せた。外された瞬間リングはぽぅっと輝きを放ち、その後濃い白の重い質感のリングになる。

― これに込められているのはエネルギー。もっと言えば生命が生きたいと願う命の火。リゼアで最も力のある王や王族が使ったリングなら、それが触れれば消えかけていた命の灯は瞬く間に復活するでしょう。多分流通している偽物の中に、本物が一つ二つ混ざっているのでしょうね。それにしても、どうやってそれが外宇宙へ出たのか。

 たしかに王族や王のリングは、小さくてもリゼアでは一財産だ。だからと言って、能力階級が違う者には安易に扱える代物ではない。例外は贈答品として贈られる場合だが、その時は来歴が残留思念として刻まれる仕組みになっており、リゼア系内部ならともかく、外宇宙に持ち出したら換金する手段はないのだ。だからこそリングの外への持ち出しなど、今までなかったし、考えられたこともなかった。

― トトラナ様は新生命宮から盗まれたのではないかと言っておられた。とりあえずはそのルートと、関わっている者を探していると。

― それはまた、難題ですね。イクセザリア、あなた方の集めた情報の中に役に立つものが含まれてはいませんでしたか。

ウロンドロスの問いに、イクセザリアは目線を落とした。否の合図。

― ほとんどのマティ人が、このこと、知ってた。リゼアのリングは神の道具だから、よき死者は生き返ることがある。でも誰でもリゼアのリングが手に入るわけではないし、手に入っても必ず生き返るわけじゃない。マティは交易が少ないから、リゼアの神々のおぼえはよくないからだと。

― それはまた、わけのわからん理屈だな。

 サグは茶化し半分である。各星系の宗教とリゼアの人並外れた能力を持つ人々への畏怖やら憧憬やらがごちゃ混ぜになることはたまにあることらしいが、ここまで混然一体だと、自分たちの立ち位置を間違うとこちらへのとばっちりが来そうだ。

― 王、どうやらマティへの親善訪問のやり方を、根底から考え直す必要がありますね。

― ついでにトトラナのお手伝いもしなければならないわね。サグ、二人と一緒にトトラナ王の所へ行きなさい。


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