第27話 対策

 王の間に戻ると、飲み物が出されていて、会議は小休止というところだった。

食事を取ることのない成人体のリゼア人が、生命維持に外から取り込む唯一といっていいものが水分である。当然嗜好品として種類も多い。酔わせるもの、覚醒させるもの、塩気のあるもの、刺激のあるもの、匂いのするもの。何を飲むかによって相手の気分や望むことがわかる。

 キナン摂政王は覚醒効果の高いヴァシ産の果皮茶を、あの人と皇子さまは最近セレタスで流行っているという「夢のかけら」というものを飲んでいる。暖かいうちは甘酸っぱいのだが冷えていくと徐々に苦みが出てくるのだそうだ。なんのことはない、温度によって味が変わるただのミックスジュースである。

「温めると味がもどるのって、おもしろいですね。」

皇子さまは初めて飲むらしく、両手で温めたり、氷を入れたりして楽しそうだ。あの人らしいご機嫌取りである。

わたしはメランジカフェにコフツモ産の蜜を入れたものを頼んだ。柔らかな香りにほっとする。

― じゃ、飲みながら続きといきましょう。

 そう言うあの人はちゃっかり2杯目にわたしと同じメランジカフェを飲み始めている。これは王族以外には軽い酩酊間を束の間与えるだけのものだが、王族の間では予知力を研ぎ澄ませてくれる飲み物としてたよりにされているものだ。要は時の水際に近寄りやすくなる効果があるらしい。

― ナ星区のソル系は例の調査が入った所。今のところは表立った動きはない。新加入の星系なので新たな技術や文化との交流に忙しいのでしょう。

― フ星区カシャ系は長年覇権抗争が止まない。ここは最寄りの交易都市ヴァンセルガの方が被害を受けそうです。片方に味方していると思われたらしく、市長が脅迫されていると。

― ム星区オーフ系。ここはどうやら開発資金を手に入れるために、違法な活動をしている組織に土地を貸して保護しているらしいとわかりました。実態はまだ調査中。

― ヨ星区のマティは、近々内乱の鎮圧要請が来ることになっていますね。

 コーグレス摂政王がさっきの立体的な星区図を広げ直す。マティの内乱は急激な外宇宙からの技術の流入と生活の変化についていけない人々が、改革を推し進めるマティの中央政府に対して起こしているものだ。

ココガ イチバン ウゴキダスノガ ハヤイ。わたしたち四人の見立てが一致する。

― ここは自分の星系の開発もまだ進んではいない。リゼアとの遭遇が早過ぎたのですね。

― ヨ星区はリゼア連合に加盟している星系が多い。このままでは早かれ遅かれ、近い星系との直接の衝突がありえます。

― そうなると慰撫政策ですか。それならミトラ王の方が適任かと。

 皇子さまが口をはさむ。そうねえ、わたしかあの人か、どっちかが行くってことになれば、あの人が行く方が余分な火種を生むことになりそうだと思う。なんせあの人たらしな性格である。人口じょ半分せいの何割かが勘違いを起こせば、残りの半分がどう思うかは明らかだ。

― 親善訪問と称して、なるべく早く行ってみます。表側はわたしを含めミトラで、裏は…

― キナンが引き受けましょう。実はちょっとした問題があってすでに入っているものがあります。

― 助かります。ではそういうことで。

 あの人もうなずいて会議は終了となりかけた。

― ところで、セレタス王。

 わたしはあの人に正面から伝える。

― マティへ行くにあたって、そろそろリゼア連邦大公の名を譲っていただきたいのですけど。

― え? まだだったんですか。

 コーグレスが面白がっている。理由がわかっているのだろう。

― もうあきらめなさい、ライラーザ。こういう機会にお互い顔合わせできるだけで、しばらくは良しと思うことですよ。

― しかたないですね。

 あの人の目が苦笑いをしている。手から飛び立っていった小鳥。二人の間で交わされていたのは古い慣用句だ。聞こえないふりをして、立ち上がる。

― では、宣誓書の用意を私から命じておきますので。

― わかりましたよ、アルシノエ。明日にでも。


― マティに親善訪問ですと。

 ウロンドロスとサグが驚き顔になる。

― 未開の地ですよ。

― 承知よ。

― しかも、住民は外宇宙の者をあからさまに毛嫌いしておりますぞ。交易都市にさえあそこの者はまず来ませんのでな。

― へえ、行ったことあるんだ、サグ。

― 行ったことはないです。行った奴の話を聞いただけで。

― それは信頼できる筋?

 む、とサグが詰まる。限られた交易しかしていないというのが、一つ目の確認すべき問題だろう。サグが聞いたことは嘘ではないが、一面だけだ。マティというサイコロがあと何面あるのかすら、まだわからない。

 イクセザリアが言った。

― わたしが、先行調査に行きます。大丈夫、実績、あります。

― ああ、それはいい。

ウロンドロスが賛同した。

― 一人で行って、大丈夫ですか。

 アーセネイユが聞く。心配しているのではない。たぶんついて行ってやり方を見たいのだろう。イクセザリアは肉体の枷というものを意識している点、わたしたちより外宇宙の人々の感覚に近いものを持っている。

― 来てもいい。でも、きっと私と同じことはできない。見てるだけ。それでもいいなら連れていく。

― やった! いいですよね、サグ。

― おう、行ってこい。あんまり無茶するなよ。それから、おまえ二次体の準備、ちゃんとしとけよ。

― え、今まで持たずに外宇宙へ出てましたの?

 エルクリーズがあきれている。二次体は外宇宙へ出る仕事をするリゼア人の、いわば保険ともいうべきものだ。何かの不可抗力で成人体が復元不能なまでに損なわれた時のために、もう一つ予備の成人体を持つことである。つまり、「一回死んでもすぐ復活できる」状態になるのだ。

― いや、だって今までは交易都市までしか行ってなかったし、公務用の異体、借りてましたから。

 アーセネイユがしどろもどろで言い訳している。実際、彼の場合、一度外宇宙での生活で失敗した分、二次体の制作申請が通りにくかったのだ。そこをミトラ王の権限で強行したのである。わたしにとっても自分の権力を行使した事案なのだ。今までアーセネイユをサグといつも行動を共にさせていたのは、二次体のない彼の万一に備えたからでもある。

― じゃイクセザリア、アーセネイユ、頼んだわ。マティに降りるのはなるべく早くしたいの。よろしくね。サグはオーフの方の調査を引き続きお願い。

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