第26話 会議
四王会議は生放送で公開されているのだった。なんせトップ会談なのに加え、普段は一般公開されていない予言書の中身を垣間見るまたとない機会なのだ。国民の関心もそれなりにある。礼装が指定されるわけだ。いわば着飾った4人の王のテーマ討論会といったところである。王の間は備え付けだという結晶眼が10数台開けられ、これも放送用にいつもより多めの明りがついている。座る位置も指定だ。
白に近い灰色の大袖の上着と、わたしの色よりも紫に近い紅色の袴で、介助人に手を引かれながら凪の宮は王の間に入ってきた。肌の色が白っぽいのと目線が物珍しそうにあっちこっちする様子から見ると、まだ幼体であられるという話は間違いないようだ。髪は濃緑、瞳は黄緑(*)。たしかに王族の血が入っている瞳だ。皇子さまよりかぼそい体型は、眠りが長いタイプの
わたしは凪の宮に敬意を表して、今日は裳だけを透ける白にしてあとは赤一色の装いだ。リゼアの礼装は自分の色を着ることにある。成人するときに決めた自分の色2色を、どんなデザインでもいいが、頭部以外の全身を覆い隠すよう着ていればそれで礼装だ。ただ客人や目上の者に敬意を払うときは、相手の色に似ている色は使う面積を小さくするのが礼儀だ。わたしが白を控えた理由である。
一方、
皇子さまは未成年なので、普段とあまり変わりない
「では、はじめましょうか。」
久しぶりにあの人の声を聴いてドキリとする。そうか、凪の宮はテレパシーでの会話ができない。音声で会議をするしかないのだ。子どものころに聞いて以来のあの人の肉声に、なぜだか懐かしさを覚えてしまう。
「凪の宮にお聞きします。これらの予言はわたしたちのリゼア系を巻き込んだ戦争が起こることを指していると見てよろしいですか。」
皇子さまは単刀直入である。テーブルの上の予言書のタブレットが、たちまち凪の宮の前の空中に並ぶ。凪の宮は驚いたように目を見張って斜め後ろの介助役を窺う。
「お手に取ってくださってようございます。」
目線を伏せたまま介助役が言うと、
「これ、先に読んだから。」
「では凪の宮さまのお考えになられたことを、そのままお申し上げになられればようございます。」
「ふうん。それでよろしいもの?」
後半は質問をした皇子さまに対する問い返しだ。皇子さまは返事代わりに笑顔を見せた。
「あの、わたしはまだ年が行かないからせんそうとか難しいことはようわからんのです。けれど大きな暗い流れがリゼアにやってくることはこの目で見ましたからまちがいございません。暗い流れの源はごく小さい。けれど、数は一つやない。それをまとめて大きくしている何かがあるのです。それは皆様のお力で見つけていただかな、なりません。」
「その源さえわかれば、戦争回避できると。」
あの人がさらに問う。凪の宮はあの人の顔をじっと見つめたまま、「いいえ」と答えた。
「源になる出来事はすでに起こってしまった。もう止めることはできません。皆様のお力で誰も死なずにすむやり方を探していただかな、ならんのです。」
「戦争は起こる、けれど死者を出さないようにすることで、解決策が見いだせる。ということでいいですか、凪の宮。」
凪の宮が私を見た。一瞬ハッとした顔をすると、
「お懐かしや、朝涼の宮さんの声がいたします。」
とつぶやいた。
「母をご存じですのね。」
「ああ、話が逸れて堪忍を。先に聞いておりましたのにうれしくなってしまって。」
凪の宮は両手で胸元を抑えるしぐさをして、改めて答えた。
「ミトラ王さんの仰せの通りです。近しい者の死ぬのは悲しみを生みます。それが理不尽であれば憎しみの闇も生まれましょう。闇が闇を生むのだけは何としても皆様の手で止めていただかして。」
凪の宮以外の4人が視線を交わしてうなずいた。
「で、いつ頃に」
「源が何かにもよるけど、ここ数十年の出来事でしょう。」
「そんなに幅を持たせますか。」
「戦争自体は今生きてる人が起こすものです。リゼア系ほどではなくとも長命な種はあります。」
「しかしそれだけの準備期間があったとするなら。」
「もう何時来てもおかしくないですね。」
「では警戒すべき星区というと。」
あの人がテーブルの上に立体的な星区図を展開する。わたしはすかさずカメラに映らないように妨害をかける。仮想敵国が事前にわかってしまうのはまずいだろう。あの人も心得ていて、いくつかに星区の指示は王族だけにしか聞き取れない高い帯域のテレパシーで行われた。コーグレス摂政王の顔が少し曇る。
「なるほど、いや、ありうる話です。」
だんだん音声会話が面倒になってきたわたしたちは、凪の宮に丁重にご退席いただくことにした。四王会議の公開もここで終了にしてもらう。
わたしは進んで凪の宮の見送り役をした。まだ確かめなければならないことが残っている。幸い凪の宮はわたしがついてきたことに嫌がる素振りは見せなかった。
「朝涼の宮さんには、初めてくぐったときから良うしていただきました。あの方も息が長うございます。まだしばらくはお上がりになりますまいかと。」
「母のことはわずかですがわかるのですよ、凪の宮さま。親子だからでしょうね。それより。」
言葉を切ったわたしの顔を、幼いまなざしが見返す。
「銀海の宮はお戻りになるのでしょうか。」
「ああ…」
今度は凪の宮が目をそらした。
「わたしが戻ってくるときは、まだ皆についてきておられました。何としても姫のためにこの目で確かめて帰らねばならぬと。」
意外だった。あの横柄で我の強い方が、わたしを思いやってくださっていた?
「けど、お戻りにはなれますまい。もうじき心が時にほどけていかれます。みな知っていて、お帰りをお勧めしなくなりました。」
瞳は黄緑(*) … 王族の瞳は固有の遺伝子を無視して黄金色になるよう染められる。その一番簡単な方法が発現遺伝子の書き換えであるため、王族の子は黄色を帯びた瞳で生まれてくることが多い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます