第14話 予兆

― 王、ご無礼を。緊急事態です。

 即位式の数日後、白砂宮の時間帯は深夜である。アルシノエは自室に入っており、普通ならテレパシーでの呼びかけをためらう時刻だったが、呼びかけたのはイクセザリアであった。

― 交易都市ディクラの外にセレタスの方と思われる王族が何名か待機してる。

― 今?

― そう。外周の展望窓から見えるので、住民が幽霊だ魔物だと騒ぎ始めてる。

 王族なら気密服なしで平気で宇宙空間にいるだろう。複数の王族が待機する理由、と考えるまでもなく答えは出ていた。

― そちらに行くわ。可能な限り、都市の住人たちを反対側に避難させるよう責任者を動かしなさい。

― 仰せのままに、王。

 自室から王宮の広域用ゲートへ跳びながら、アルシノエは自分の意識が外宇宙と予言書に向かないよう、この1日ほど巧妙にたわめられていたのに気づいて愕然としていた。こんなことをやってのけるのはあの人しかない。

― ああ、来てしまったんですね。

 交易都市のゲートを蹴って外の 宇宙空間に出たとたん、憶えのある姿が見えた。こういう時に予知能力は不快だ。相手の言い訳さえ聞く前からわかってしまう。

― 即位式の後でお疲れでしょう。私たちだけで片付けてしまおうと思っていたのですよ。

 悪気はないのだろうけど、のけ者になったようで妙にいら立つ気分だった。なるほど、そこにはセレタスの王族ばかりいる。おおかたキナンにもにも手は回してあるのだろう。ミトラからは私しかいないところを見ると、ミトラにも話がついているのかもしれない。

― お気遣いなく。

そっけなく返事をして周りを窺う。まだ空間のゆがみは感じ取れない。

 もうじきこのあたりに、小型の貨物船がゲート内空間から弾き飛ばされて出現するはずなのだ。宇宙船の航行用のゲートは交易都市から十分離れたところに設置されているのだが、ゲート内空間で何か事故が発生したのだろう。交易都市に被害が及ばないようにするのがここに集まっている王族たちの仕事なのだった。

― ミトラ王、猶予はどのくらいありますか。

 おそらく交易都市内部と交信しているのだろうと思われる、つややかな赤銅色の髪の女性から尋ねられた。交易都市の表向きの市長は最も近い星系の出身者が務めるものだが、実際の責任者は都市を構築したリゼア人だ。避難誘導の指示をパニックの起こらないように進めるのは相当難事だろう。たくさんの民族が集まっている交易都市では命の重さや運命観も異なる。宗教的な人生観で、死から逃げることを良しとしない人々もいるのだ。

― 悪いけど、都市の八半日以内ってくらいしかわからない。

 その場にいたほとんど全員が私の返事を聞いていたのだろう。驚嘆と緊張感が瞬間的に広がる。ソコマデワカルモノカ?というつぶやきがかすかに聞こえた。

― 精度高いですねえ、王。俺たちもう半日以上待機してますが。

― 命令はもっと前にきましたけどね。

 嫌味かと思ってそちらを見ると、彼らが相手にしているのはあの人、セレタス王だった。腹心の部下というものだろう。こういう時に張りつめすぎるのはよくないのだ。自分たち以外の十人近い王族たちの思いをあえて砕けた調子でさらけ出している。そう、セレタス王族の人数はさらに増えている。

― ミトラ王の予知力はお母さま譲りなのだから。わたしの間に合えばいい程度の力とは違いますよ。

 ちらりとあの人と目が合ったような気がした。なぜかふわりと肩のあたりを暖かいものが包んだような気分。戻ってきてから今まであの人とは挨拶さえ交わしていない。それなのに私の庇護者を臆面もなく名のった頃とまなざしは少しも変わっていない。

 わざとよそを見るようにして、改めて周りに知覚を広げる。さすが王族ばかりを集めてきただけのことはある。必要だと思われる部分にはセンサーが張られ、交易都市を守る障壁作りも抜かりがない。でも、角度が違っていたらどうだろう? 情報が足りない。

― イクセザリア、ここへ来られる?

― すぐに、王。

 瞬き3回分ほどの後、気密シールドで全身を白っぽく光らせた姿が目の前に現れた。

― 私をそのシ-ルドの中に入れてくれる。そのまま、しばらく何か話し合っているように見せかけといて。

 返事を待たずに時空内へ意識を飛び込ませた。重力がゼロに近い宇宙空間だから体は倒れこんだりはしないが、セレタスの、よく知らない人たちに自分の成人体を委ねたくはなかった。先日の脱出劇を乗り切ったイクセザリアならうまくやってくれるだろう。

 時空の中は濃密で一定方向へのゆるやかな、しかし力強い流れがある。大河へ単身で潜るようなものだ。自分の位置が動かないように保ちながら、流れの上手へ知覚を広げる。あった。小さな渦がだんだん大きくなっていくのがわかる。あれが航行用のゲート内空間にまで影響を及ぼすのだろう。だが準備なしで飛び込んだのはやはり失敗だった。引き込まれそうになる…。

― 思ったより早い。

― お戻りですか、王。大丈夫ですか。

― 大丈夫ですか。

 テレパシーが重なる。いつのまにか、私の体を支えているのはあの人だ。大きく息をして、宇宙空間であることに気づき、呼吸が楽なのに安堵する。自分の周りの酸素濃度を高めにしていてくれるのはあの人だろう。私が何をしたのか、わかっている。

― こんなところで無茶をしないで。

― 思ったよりうんと来るのが早い。都市の後方、中心軸に対して…。

 その場の全員に座標を示す。短い交流の後、センサーは解除されて全員の力が障壁に回された。

― もういいですから、放していただけますか。

 たっぷり一呼吸分以上ためらった後、名残惜しそうに背中を支えていた腕が離れた。みんな見ないふり。

 だが、わたしから離れるとセレタス王はすぐに自分の力を出来上がった障壁にのせて、うんと大きく強固なものに変えた。さすがに場慣れしている。なるほどこういうふうにするわけね。感心したところで、私は何をしようかしばし考えた。


*館 … 新生命宮のこと。王がいないという意味で王宮とは呼べないから。

*八半日 … 一日の八分の一、ということ。

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