せかいでいちばん②
春流ちゃんのことが好きだと気づいてから、私の生活は変わった。気づけば無意識の内に彼女を目で追うようになって、彼女と目が合うだけで嬉しくて。彼女とちょっとした会話をすることが、一日で一番の楽しみになった。
そうして一年が経って、二年になり。
私はまた、春流ちゃんと同じクラスになれた。友達と同じクラスになれて喜んだことは何度もあるけれど、この時の喜びはそれとは比べ物にならないくらいで。自分の感情の大きさを自覚する度に、やっぱり春流ちゃんのことが好きなんだって再認識して。
春流ちゃんが私に興味がないことは知っていた。
だけど、もう自分の気持ちを抑えられそうになかった私は、二年になってからしばらく経った頃、彼女に告白した。
「春流ちゃん! 私、春流ちゃんのことが好き! だから、その! 恋人になってください!」
私がそう言った時の彼女の顔は、今でも鮮明に覚えている。
だって、あまりにも驚いた表情を浮かべていたから。まるで空から巨大な隕石が降ってきているのを見たかのような、嘘でしょって感じの顔。
私はこれまで、友達にからかわれるくらいには露骨にアピールをしてきた。だけど春流ちゃんは、私の好意に全く気づいていないようだった。
きっと断られる。でも、もしかしたら。
色んな感情が胸の中を渦巻いて、心臓の音がやけにうるさい。早く何か言って欲しいけれど、やっぱり言わないでほしい。そんな感情でぐるぐるした胸の内は、それでもやっぱり彼女への好きで満ちている。
「いいよ」
「……え?」
「仲町と付き合うよ」
「それって、つまり……」
「恋人になるってこと。私と、仲町が」
「……っ!」
爆発しそうだった。
胸はばくばくうるさいし、顔は馬鹿みたいに熱いし、背中はぴりぴりするし。でも、これまで生きてきた中で、一番嬉しいんじゃないかってほどに嬉しかった。だって、あの春流ちゃんが、私と。
今すぐ叫び出してしまいそうだったけれど、頑張って耐えて、私は彼女に手を差し出した。
「じゃあ、その! これからよろしくお願いいたします……」
「あはは、硬いなー。そういうとこ、可愛いと思うけど」
そう言って、彼女は私の手を握ってくる。
不思議だ。
同じ「可愛い」って言葉なのに、春流ちゃんに言われると同じって感じがしない。私の知らない新しい言葉みたいな響きで、彼女の言葉は鼓膜を震わせてくる。
私はその度にドキドキして、好きだって実感して、もっと春流ちゃんのことを知りたいってなる。
春流ちゃんがどうして私と付き合ってくれたのかは、わからないけれど。
でも、もっとお互いのことを知って、好き同士にいつかなれたら。
そう願わずにはいられなかった。
付き合った後も、春流ちゃんは春流ちゃんだった。
いつも余裕な感じで、時々……いや、割と頻繁に変なことを言ってきたり。だけど私を褒めてくれる時はいつだってまっすぐで、綺麗で。やっぱり私は彼女のことが好きだった。大好きだった。気を抜いたら、好きって気持ちが溢れ出して心臓が壊れてしまうんじゃないかってくらいに。
恋人として過ごす中で、私は春流ちゃんについて色んなことを知った。
いつも余裕な感じだけど、実はキスする時結構照れていること。たまに見せる無邪気な笑みが可愛いことに、意外と自己評価が低いこと。そして……ふとした瞬間に、暗い表情を浮かべること。
どうしてって聞きたかった。
何が不安なのか聞いて、そのかけらだけでも一緒に感じて、背負いたかった。でも、何を言っていいのかわからなくて。春流ちゃんは私の悩みを聞いても、いつも通りに受け入れてくれた。世間話をしている時と同じ優しい顔で、声で、私を肯定してくれた。
……なのに。
私は彼女に何も返せていない。悩みを聞くことも、彼女の暗い表情を笑顔に変えることも、何も。
何もできないくせに、恋人ですって顔をして。
だからなのかもしれない。
「別れよう、仲町」
春流ちゃんに、そう言わせてしまったのは。
「雛夏! ひーなーか!」
菜月の声が聞こえる。
彼女は退屈そうに爪をいじりながら、私の机に腰をかけていた。
「どしたん、最近。いっつも死んでるけど」
「どうもしてない……」
嘘である。
やっと少しは距離が近づいたと思ったのに、踏み込むことを恐れたせいでまた距離が離れてしまった。
まだ私は彼女と別れたつもりはないのだが、ああ言われた後で平気な顔を話しかけるほど強くもなくて。結局私は宙ぶらりんのまま、あれから右往左往しているのである。
ちら、と春流ちゃんの方を見る。
これまではふとした時に目が合うことも多かったのだが、今は全く目が合わない。でも、こうして見た感じ彼女は怖いくらいいつも通りで。私に興味を完全に失ってしまったのかな、と思う。
そして、私との関係がなくなってもなおいつも通りな彼女を見て、余計に落ち込む。
「はああぁ……」
「絶対何かあったじゃん。話してみなって。私、これでも妹の相談とか時々乗ってあげてんだから」
「……振られた」
「え。それって、例の?」
「そう。春流ちゃんに」
「あー……」
私の態度がわかりやすかったせいなのか、春流ちゃんのことが好きだってことは友達皆にバレている。
皆応援するとは言っていたものの、どっちかというとこれまで恋愛をしてこなかった私の恋路を半分茶化している気もするのだ。とはいえ、春流ちゃんとの仲を、何も言わずに応援してくれているのはありがたかった。
春流ちゃんは見た目が派手なのに加えて、不思議な雰囲気があるから、何かと誤解されがちなのだ。変な噂だって流れていたりするし。そういうの、どうかと思うのだが。
変な噂を流している人に教えたい。
春流ちゃんはこの世で一番可愛くて優しくてかっこよくて最高の、私の恋人だって。
このままじゃ、恋人でなくなってしまうかもしれないけれど。
「……頑張れ!」
「ちょっと、相談乗ってくれるんじゃないの?」
「私の手には余るかなーって。てっきりちょっと太ったとかそういうのかと」
「そんなわけないでしょ! いつ見せるかわからないんだから、ちゃんと絞ってる!」
「……見せるつもりだったんだ?」
「えっ、あっ、いや、まあ、その……ね?」
春流ちゃんは何かというとそっち方面に話を進めようとしていたけれど。
多分、気を抜いたら私の方がよっぽどそういうことをしようとしてしまっただろう。
だって、好きなんだ。
好きな人とそういうことをしたいのは当然で、でも相手も本気でしたいって思ってくれないと嫌で。もしかしたら気持ちが重ならない内にでも、そういうことをしていたら何かが変わっていたのかもしれないが。とはいえそれは、私の信条に反するわけで。
……はぁ。
「それはいいけどさー。私、飯島さんのことよく知らないし。アドバイスできないや」
「教えてあげよっか? 春流ちゃんの良さ。……あ、でも、恋しちゃ駄目だよ?」
「圧が凄すぎる。惚気はいいから。……てか、雛夏って飯島さんの前でもそんな感じなの?」
「え、うん」
「うわっ……」
「うわって何? 菜月?」
わかっている。
春流ちゃんへの「好き」が過剰だってことくらい。でも、本気なのだから仕方ないではないか。こんなに人を好きになったのは初めてで、きっとこれから先も春流ちゃん以上に好きになれる人なんて現れないと思う。
たとえこのまま、彼女と別れることになったとしても。
「はぁ。春流ちゃん……」
「——ねえ」
その時。
静かな声が、私と菜月の間に投げかけられた。
見れば、いつの間にか室井さんが私たちの近くに立っていた。
いつも春流ちゃんの近くにいるから表情豊かに見えるけれど、室井さんは意外と感情を表に出さないのかもしれない、と思う。
今の室井さんは驚くくらい無表情だった。
「雛夏ちゃん、放課後暇? 話したいこと、あるんだけど」
「ちょっとちょっと! いきなり……」
奇妙な雰囲気を察してか、菜月が室井さんを止めようとする。
私はそれを手で制した。
「暇だよ。……私もちょうど、室井さんと話したいことあったから」
「ならよかった。じゃあ——」
室井さんは、にこりと笑う。
「放課後、私とデートしよっか」
「……え」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます