第25話
「あ、雛夏ちゃんだ。なるほど、春流が夏に外なんて珍しいと思ったけど、雛夏ちゃんなら納得だ」
そう言って、眞耶はうんうんと頷く。
仲町は私の手を痛いくらいに強く握ったまま、眞耶を睨むようにじっと見つめている。こんな仲町を見るのは初めてだった。眞耶の何がそんなに気に入らないのかと思うけれど、もしかするとデートの邪魔をされたから、とかだろうか。
だとしたら仲町が意外と嫉妬深いというか、なんというか。
「デートの邪魔しちゃ悪いし、私はお暇しよっかな。じゃ、さらばー。また学校でね、二人とも」
「あ、うん……」
ひらひらと手を振って、眞耶は歩き去っていく。相変わらず風みたいな子だ、と思うけれど、それ以上に。
私の手を強く握ったまま動かない仲町のことが気になって、眞耶のことを考えている余裕もなかった。
「ちょっと、仲町?」
ぎゅうう、と音が聞こえてきそうなほどの強さだった。
以前、罰ゲームで眞耶に腕を雑巾絞りされた時のことを思い出す。あの時も同じくらい痛かった気がするけれど、今はあの時よりもっと痛い気がする。それは、仲町の気持ちが乗っているせいなのかもしれない。
仲町らしくない、と思う。
いつもの仲町なら、デート中に誰と会ったってここまで私の手を強く握ったりはしなかったはずだ。だけど今日の仲町は何がそうさせているのか、私の手を握ったまま離さない。まるで、離し方を忘れてしまったかのように。
……いや。
私が思う仲町らしさと、本当の仲町は間違いなく違う。
ならば、今の私にできることは。
「……仲町。まだまだデートする時間はあるんだし、そんなに取り乱さなくても大丈夫だよ」
俯いているせいで、彼女の表情は見えない。私は一度買い物カゴを置いて、彼女の髪に触れた。
びくり、と彼女の体が跳ねる。
「仲町」
「……ぁ。わ、たし」
彼女は顔を上げて、一歩後ろに下がった。自分がしたことが信じられないような表情を浮かべたかと思えば、彼女は。
小走りになって、店を出て行った。
「……え」
びっくりした。
何かを言う暇もないくらい唐突に、走って行ってしまうから。私は少し迷ってから、商品とカゴを元の位置に戻して彼女を追った。
唐突だ。
本当に、唐突すぎる。
一体彼女に何があったのかはわからないけれど、とにかく追わないと、と思う。そんなに眞耶と会ったのが嫌だったのか、それとも他の理由があるのか。
わからないまま、施設内を走る。
だけど、私と彼女じゃ体力が違いすぎる。
すぐにその背中は見えなくなって、私の体力もあっという間に尽きてしまう。私はその場に立ち尽くしそうになったけれど、すぐにスマホを取り出した。仲町に電話をかけてみるけれど、さすがに出ないかな。
そう思っていると、コール音が止まる。
スマホを耳に当ててみるけれど、彼女は何も言う気配がない。
「かくれんぼ? それとも、鬼ごっこ?」
『……ぇ』
「デートでそういうの、するの初めてだし。意外と面白いかもね。……私は何秒数えればいいのかな」
私は歩きながら、言う。
ちらと横を見てみると、お茶屋さんが見えた。仲町が隣にいたなら喜んだかもしれないけれど、今の彼女はどこにいるのか見当もつかない。せっかくデートなのだから、もう少しのんびりしたかったところだけど。
仲町となら、多少忙しくたって構わない。
とはいえ今は、ちょっと無理に走ったせいで息も切れているし汗もすごいし、どこかもっと涼しいところで休みたい気分なんだけど。
『三階の、駐車場』
彼女は、ぽつりと言う。
「……ん。待ってて」
『……うん』
駐車場……あんまり涼しくはなさそうだ。
そう思いながらも、私はすぐに三階に向かった。
三階の駐車場といっても広いもので、人一人を見つけ出すのは容易ではなかった。だけど三十分ほど探せば、駐車場の隅っこに仲町がいるのを見つけることができた。せっかく綺麗な服を着てきたのに、彼女は地面に座り込んでいる。
汚れたりしないかな、とは思うけど。
私はそっと彼女に近づいて、その肩を叩いた。
子供みたいに座り込んで俯いていた彼女は、私の姿を認めると、そのまま強く抱きしめてきた。
今日はそういう日なのかな。
まあ、そんな気分の時もあるよな、と思う。私だって、不機嫌になったりする日はあるし。
抱きしめ返したいところだけど、腕ごといかれたから身動きが取れない。
さすが仲町である。
「私、最低だ」
彼女はぽつりと言う。
私は首を傾げた。
「春流ちゃんが室井さんと仲良く話してるの見て、私とはそんな顔で話してくれないのにって思ったら、ぶわってなって」
それは、つまり。
「室井さんに、嫌な態度とっちゃった」
「眞耶、そういうの全く気にしないから大丈夫だよ」
「……それでも、最低なのは変わらない」
「んー、そうかな。……じゃあ、月曜になったら謝らないとだ」
私が言うと、彼女は顔を上げて私を見てきた。
その瞳は、微かに潤んでいる。
「ごめんね、仲町のことほったらかしにしちゃって。こんなんじゃ、恋人失格だ」
「そんなことない! 私が勝手に、嫉妬しただけで……」
仲町はそう言って、私から手を離す。
私はそっと、彼女の隣に座った。
服は洗えばいいけれど、こうしてここで彼女の隣に座れるのは、今だけだ。
「嫉妬したんだ。なんか、珍しいね」
「……うん。私には、そんな気持ちないって思ってたのに」
確かに、私もそう思っていた。
仲町はカラッとした人間で、ちょっとむっつりなところはあっても他人に嫉妬なんてしない。それは私の……いや、仲町自身もしていた勘違いだ。
「朝、春流ちゃんに私以外の恋人がいたって思った時にね。すごく胸が痛くなって、苦しくて、嫌だったんだ」
「……ごめん、変な嘘ついて」
「ううん。冗談ってすぐわかったから、大丈夫。……でも、わかったはずなのに、嫉妬して。嫉妬した自分に驚いたの。ちょっとしたことでも過敏に反応して、痛いくらい嫉妬しちゃうって。私、こんな重い子だったんだ」
自嘲するように、彼女は笑う。
私には、普通の恋はよくわからない。通常好きという気持ちはどれくらいの重さで、どれくらい嫉妬して、嫌な気持ちになるのか。わからないから、仲町のことを特別重いとも思わない。
でも、仲町自身はそうでないようだった。
「最低ではないと思うよ。……好きな人が別の人と仲良くしてたら、嫉妬するのは自然だよ。多分ね」
「……春流ちゃんも?」
「うん?」
「春流ちゃんも、私が友達と仲良くしてたら嫉妬する?」
返答に窮する。
仲町がクラスの中心にいることは知っている。だから彼女が誰かと仲良くしているのは当然で、当然のことにいちいち心を動かすことはない、と思う。
もし仲町が他の人にキスしているところでも見たら、どうかはわからないけれど。
「……そっか」
私の沈黙をどう受け取ったのか、彼女はぽつりと言って、頭を肩に預けてくる。
茶色の髪が、視界の端で揺れる。
「春流ちゃんはいつも、私のこと肯定してくれるから。……時々勘違いしそうになる。悪いところも、私らしさで片付けちゃってもいいのかなって」
「実際そうじゃないの?」
「……」
いいところだけの人間なんていたら怖い。
どれだけいい人でも短所の一つや二つくらいはあって、それをある程度許容するのが人間関係というやつなのでは。私だって、悪いところは百個くらいある。表に出さないだけで。
でも、どうだろう。
仲町にもし悪いところが百個あったら、そのうちいくつを肯定して、受け入れることができるだろうか。
想像してみても、よくわからなかった。
「……だったら」
彼女はじっと、私を見つめる。
茶色の瞳が、暗いのに眩しかった。
「友達皆と縁を切って、私だけを愛してよ……はるちゃん」
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