第21話
「え」
びくりと体を跳ねさせたかと思えば、彼女は石のようにぴしりと体を硬くさせた。一瞬凍りついていた彼女も、しばらくしてようやく再起動したのか、顔を真っ赤にさせる。脱いだ方がリラックスできるかと思って提案したけれど、駄目かな。
「ぬ、脱がせるって……はるちゃんが?」
「うん。仲町、なんか緊張してるから。ほぐしてあげようかと思って」
「ほぐす……!?」
そんなに驚くことだろうか。この前だってここで靴下くらい脱いだのに。まるでそれが初めてであるかのように、彼女は緊張した表情を浮かべていた。
「駄目ならいいけど」
「だっ……だめっていうか、その。心の準備、みたいなのが……」
「そ? なら、今日はやめてとくか」
私はそっと彼女の脚から手を離して、カップを持ち上げた。今日のカフェオレの出来は、我ながら結構いいと思う。やっぱり仲町にも飲んでもらうために、気合を入れたおかげかな。
仲町と一緒にいると、色々いいことがある。
今後は一体、どんなことが起こるだろう。考えていると、不意に服の裾をくい、と引っ張られた。見れば、仲町が俯きながら私に触れているのが認められる。
「……ぃ、いいよ」
「うん?」
「脱がせても、いい」
「心の準備は大丈夫なの? 無理してない?」
「だい、じょうぶ。多分、きっと。……春流ちゃんになら、いい、と思う」
「……そっか。じゃあ、お言葉に甘えて」
その日によって気分も変わるよな、と思う。
この前は緊張しつつも脱いでくれたけれど、今日は心の準備が必要な日だったのかもしれない。とはいえ最終的に脱いでもいい、と思う程度には、慣れてきたのかな。私との関係とか、この家とかに。
私はそっと、彼女の脚に触れた。
相変わらず白くて綺麗だと思う。彼女はぎゅっと目を瞑って、何かに耐えるような様子を見せている。それを見ていると、ちょっとだけ悪戯心が湧いてきて、つつ、と脚を指でなぞってみる。
彼女はびくびくと体を震わせている。
あんまり悪戯するのも良くないな、と思い直し、私は彼女の靴下に手をかけた。そして、そっと下げていく。
足はただの足だ。
普段ソックスやらタイツに隠されていても、そこに何があるってわけでもない。だけど、普段覆い隠されているところが徐々に見えていく様には、何かしら感じるものがあるかもしれない。なんか、新鮮というか。
この前と違って私が脱がしているから、余計にそう思うのかもしれない。
私は彼女の両足から靴下を取り去って、ソファの端っこに置いた。
……うん。やっぱり、悪くない。
靴下を脱いでもらった方がより、調和すると思う。
私は満足して、彼女の肩を叩いた。
「はい、脱がしたよ」
「え? ……まだ、靴下だけじゃない?」
「……? うん。靴下、脱がした」
「……?」
二人して、首を傾げる。
私は彼女の靴下を脱がしたくて、彼女に同意をとった。そして、脱がした。ただそれだけのことのはずだが。
「……もしかして。脱がせるって、靴下のこと? 靴下オンリー!?」
「なんで英語? いや、そうだよ? なんか、緊張してるから。自分ちみたいに靴下脱げば、緊張もほぐれるかなって」
「あ、え、ほぐすってそういうこと!?」
私は目を瞬かせた。どうして彼女はこんなにも驚いているのか。
いや、まさか。
「……もしかして、全部脱がせるって思った?」
「……っ」
図星みたいだ。
確かに、言い方が悪かった。この前靴下を脱がしたから、主語がなくても伝わるかと思ってけれど。思えば私たちは恋人同士なのだし、脱がせてもいいかと聞いたらそういうことだと誤解するのも無理はない。
そもそも常日頃から、セックスするか、とか聞いているし。
彼女の決意を無駄にするのも忍びない。
私は小さく息を吐いて、少し彼女に近づいた。
「ち、違うならいいんだ! うん! あーちょっと落ち着いてきたかも!」
「仲町」
恥ずかしそうにしている彼女のブレザーを、そっと引っ張る。
「……バンザイして」
「え」
「仲町に恥かかせるつもりはなかったから。……それに、見せてくれるなら見たいし。ほら、私は前に仲町に胸とか見せたけど、仲町に見せてもらったこと、ないからね」
「あ、え……っと。よ、よろしくお願いします……」
なんで敬語?
私は脱がせたブレザーを畳んで、ソファの端っこに置く。
そして、ブラウスに手をかけた。白のブラウスは一日学校で過ごした後でもやはり綺麗なままで、そこが彼女らしい気がする。いや、私だってそんなに汚したりはしないんだけど。
ネクタイを外して、ボタンを一個ずつ外していく。
長袖も、そろそろ見納めか。衣替えをしたら、また新鮮な気持ちで仲町を見ることができそうな気がする。
まあ、それはいいんだけど。
ボタンを一個外すごとに、彼女はぴくりと体を動かす。何かのスイッチにでもなっているかのようである。
最後までボタンを外して、ブラウスを脱がす。彼女のブラウスは私とは少しサイズが違って、なんだか不思議な感じがする。同じ制服だけど、同じじゃない。
私はそのまま、スカートに手をかけた。
人を脱がせるのは初めてだけど、存外ドキドキはしない。キスする時は結構ドキドキしたりもするのに、不思議だと思う。
でも、仲町は顔を真っ赤にして俯いている。
よし、ここは。
「はい、仲町。あんよ上げてねー」
「……はるちゃん」
和ませようとしたけれど、外したかもしれない。
彼女は真っ赤な顔のまま、私をじっと見つめてきた。
「やっぱり、慣れてない?」
「脱がせるのが?」
「……色々と! なんでそんなに余裕なの?」
余裕と言われても。
私自身、よくわからないのだ。単なる触れ合いで驚くくらいドキドキすることもあるのに、こういう時はドキドキしないって。やっぱり、下着くらいは体育の時に見慣れているからなのかな。
スカートを脱がせると、彼女は深く息を吐いた。
ひどく息が切れていて、放っておいたら倒れてしまうんじゃないかって思う。私は立ち上がって、何か飲み物を持ってこようとした。
でもその前に、彼女の脚が伸びてきて、私をがっちりと固定する。
私は目を丸くした。
「……は、るちゃんも」
掠れた声。マラソン大会の後でも、彼女はこんな声を出していなかった。出したことがないような声を出すのは、それだけ私のことが好きで、ドキドキしていて、必死ということなのだろう。
伝播する。
彼女の心が、気持ちが、私に伝わってくる。伝わってくると、私まで妙な気持ちになって、体の表面がぴりぴりするような感じがした。
「春流ちゃんも、脱いで」
「……え」
今度は私が驚く番だった。
彼女は真っ赤になりながらも、真剣な表情を浮かべている。いや、別にいいのだが。この前だって胸くらいは彼女に見せたし、なんなら全裸になったって構わない。構わない、はずだ。
……あれ。
どうして私は、こんなに。
「続きはまた今度って言ってたから。……今日が、その今度だよ」
意外にもはっきりと、彼女は言う。
確かに、彼女を脱がしておきながら、私は脱ぎたくないというのは不公平だ。私は自分の制服に手をかけようとしたけれど、その前に彼女の手が私のネクタイに触れる。
「脱がせてもらった、お礼に。私が春流ちゃんのこと、脱がしてあげるね」
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