第17話

「んー。そろそろ髪、また染め直さないとだな」


 段々とプリンになってきた髪を見て、呟くと。


「え、別の色にするの?」


 仲町が尋ねてくる。


「それはまだ考え中」


 私は高校生になってから、髪を金色に染めるようになった。理由は一応あるものの、人に話すほどのものではない。


 しかし、一度染めると結構な頻度で染め直さないといけないのが難点である。別に、煩わしいってわけではないのだが。自分の体のメンテナンスをするという行為は、割と好きだったりする。綺麗になっていくのが実感できるから。


「……そっか」


 彼女は何かを考えている様子で、呟く。

 珍しく昼休みに呼ばれて、屋上の扉前でお昼を食べたのが、ついさっき。食後の雑談でもしようかと思ったのだが、仲町は考え事に没頭しているようだった。


 しかし。

 なぜこんな誰も来ないような場所でお昼を食べようと思ったんだろう。


 いつも友達とは教室やら食堂やらで食べていると思うのが。いや、私との関係を他の友達に知られたくないのかもしれないな。


 私って基本いい噂ないし。

 私と仲町は恋人同士です、と教室で暴露したら、教室中がちょっとしたパニックに陥りそうだよな、と思う。ちょっと面白そう。

 まあ、仲町は嫌だろうから、しないけど。


「触ってもいい?」

「え? いいけど」


 こんなところでなんて、仲町も意外と大胆だ。私はブラウスのボタンを一個ずつ外していった。


「ちょっ……はるちゃん! 何してるの!」

「触ってもいいか聞いてきたの、仲町じゃん」

「会話の流れがあったでしょ! 髪のこと!」

「なんだ、そっちか。てっきり仲町のことだから、私の胸に触りたいのかと」

「……もしかして春流ちゃんって、私のこと変態か何かだと思ってる?」


 冗談である。

 さすがの私も、こんなところで胸に触りたがるとは思っていない。

 くすくす笑って、私は第三ボタンに触れた。


「ううん。皆が言うほど無邪気ではないけど、ほんとに無邪気なとことか無垢なところがあって、そういうとこ可愛いって思ってる」

「……っ」


 私の言葉に、彼女は顔を赤くした。

 言いたいことは言いたい時に言う主義だが、人をここまで恥ずかしげもなく褒めることはあまりない。それが本心でも、人を褒めるという行為には恥ずかしさが伴う。でも、相手が仲町だとあんまりそういうのがないのだ。


 さすが仲町というか、なんというか。

 些細なことで鼓動が速くなったりもするのに、こういう時は穏やかなのが不思議だと思う。


「でも、ほんとにいいの?」

「え?」

「いつ仲町に見られてもいいように、最近はいつも可愛いのつけてるんだけど。……見る?」

「見たい……けど、そうじゃなくて! 今日はいいの!」

「じゃ、明日だ」

「明日!? ……からかわないでよ、春流ちゃん」

「あはは、ごめんごめん」


 仲町の反応が面白くて、私はついつい変なことをしてしまう時がある。

 あんまりやりすぎのもアレだから、ここまでにしておこう。


「まあ、胸は置いとくとして。別に、どこ触ってもいいけどさ。なんで急に髪?」

「……春流ちゃんの今の髪の色、見納めだと思ったら。触りたく、なっちゃって」


 最近は普通に話すことが多くなったけれど、こういう時の彼女はまだまだ緊張気味だ。興味のある相手に触るってだけでも、結構色々考えたりするものなのだから、好きな人に触れようとしたらこうなるのも仕方ないんだろう。


 うーん、しかし。

 本当に、彼女が私を好きになったきっかけって、なんなんだろう。あまりにも一途というか、曇りがなさすぎるというか。

 言うほど私って、魅力あるか?


「そっか。じゃあ、最後にしっかり堪能しなきゃだ」

「……うん」


 私は彼女に背中を預けた。

 その方が触りやすいと思ったが、失敗だったかもしれない。彼女の体はひどく硬くなっていて、緊張しているのが伝わってくる。


 だけど徐々に慣れてきたのか、彼女はそっと私の髪に触れてきた。


 彼女が私に触れてくる時は、いつも優しいよな、と思う。

 人に厳しくされた時より、優しくされた時の方があれこれ考えてしまうのは、私が天邪鬼な人間だからなのかもしれない。だけど今は、ただ彼女に身を委ねた。


「綺麗な色だよね」

「そうかな。美容師さん曰く、私って金色が綺麗に出やすい髪質? らしいよ」

「へー。道理で……」


 金色に染まりやすいってところは、やっぱり母親に似たのかな、と思う。


 彼女はよく髪を金にしていたし、最後に会った時も確か金髪だったはずだ。今はどんな色をしていることやら。

 意外に地毛に戻してたりするのかもな。いや、ないか。


「……さらさら」

「ん。体のメンテには、気ぃ遣ってるから」

「爪も綺麗だもんね」

「……なんか今日、めっちゃ褒めてくるじゃん」

「いつもが全然褒められてないんだよ。これが本当は、普通なの」

「ふーん?」


 彼女の普通は、私にはちょっと過剰だ。

 だけどその相違が、嫌ではなかった。仲町と自分の合わないところを発見する度に、胸が躍る。私の知らない、積み重ねられた人生によって形作られたその価値観を、愛おしく思う。叶うことならば、彼女と私の価値観をくっつけて、新しい価値観を生み出せたらいい。


 やっぱり彼女は、私にとって誰よりも興味深い人間なのだ。

 そして、一番知りたい人でもある。


「……春流ちゃんの匂い、好きだな」

「ちょっと変態っぽいよ」

「え。ご、ごめん」

「ちなみに匂いって、どんな?」

「……んー。春みたいな匂い?」

「……それってギャグか何か?」

「違うよ。本当に、そういう匂いするもん」


 髪を一房手に取られる。人にこうして髪を弄ばれるのは初めてだけど、嫌な心地はしない。私は彼女の方を見た。


 彼女は私の髪に、唇をくっつけていた。

 ……わお。


「中々大胆だね、仲町」

「ごめん、つい」

「そんなに謝んなくてもいいのに」


 手櫛で髪を梳かされる。

 彼女の髪は触り心地がよかったけれど、私の髪はどうなのやら。

 キスしたくなるなら、及第点かな。


「……だって。春流ちゃん、嫌って言わないんだもん」

「うん?」

「いつも、なんでもいいって言うから、ほんとは嫌なことあるんじゃないかって気になっちゃって。もし私が嫌なことしてたらって思ったら、謝らなきゃって……」


 今まで気づかなかったけれど、仲町は存外繊細だ。

 いや、というよりは、私のことが好きすぎるあまり臆病になっている、と言った方が正しいかもしれない。好きな人に嫌われたくないとか、好かれたいとか、そう思うのはきっと当然で。


 もしかすると、私が仲町を何かと褒めてしまうのも、そういうことなのかも。


 彼女の笑顔が見たいのは、単に彼女が可愛いから、ではなく。

 好きだから、とか。


 ……まあ、好ましいのは確かなんだけど。どう考えてもこの気持ちは、仲町のそれとは違う。恋とか愛とか、どーもよくわっかんないわけでして。


「うーん……。仲町を不安にさせちゃってるなら、悪いと思うんだけど。残念ながら私、仲町に触られて嫌だって思ったことないしなぁ」


 私が言っても、彼女は納得していないご様子。

 もしかして彼女は私を、嫌なことをされても平気な顔で我慢できる人だと思っているのだろうか。だとしたら大間違いである。


 私はこう見えて、わがままだ。したくないこととか嫌なことは当然言うし、拒む。人より寛容なつもりもないし、お菓子売り場でじたばたしながらおねだりしている子供とどっこいどっこいだと個人的には思っている。


 が、しかし。

 彼女の目に私がどう映っているのかは、やはりわからないわけで。


「……そんなに不安なら、試してみる?」


 私の言葉に、彼女は首を傾げた。

 私は、笑った。


「仲町に何をされたら、私が嫌だって思うか」

「……え」

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