第14話
「手相占いがしたい!」
いつもと同じ昼休み。
眞耶が突然そんなことを言い出した。
「どうしたの、急に」
「どうしたもこうしたも、言葉の通り。手相占いがしたいわけさ」
「……何か見たの?」
「ま、そんな感じ。ってわけで春流さん! お手相拝見いたしたく!」
「お手相て。いいけど」
眞耶は相変わらずである。
私は仕方なく、手を差し出した。彼女は何か珍しいものでも見ているかのように、私の手を凝視していた。しかも、妙にむにむにと触ってくるものだから、少しくすぐったくなる。
私は割とくすぐったがりの方だから、人から触られるのはそんな得意じゃないのだ。
触られる度ににやけるのも、キモい気がするし。
そういえば。仲町に触れられる時は、そこまでくすぐったくないよな、と思う。眞耶は私のことを熟知しているからともかく、まだ付き合ってから日が浅い仲町も、私について詳しかったりするんだろうか。
……というのは、ともかく。
「で? 手相占いの結果は?」
「ん? んー……生命線長いね! これは百歳までは生きるかな?」
「適当な」
詳しく占ってくれるとは思っていなかったが、想像以上に適当である。そもそもどれが生命線かもわかっていないのでは、と思う。
私がため息をつくと、彼女は笑った。
「結局なんだったの? これ……」
「ん? 警戒心を薄れさせるテクニック」
「……はい?」
「手相占いしたいーって私が言って、どう思った?」
「別に。いつもの眞耶だなーって」
「でしょ? で、手ぇ触られても別に嫌じゃなかったわけだ」
「……そうだね」
「じゃあ、成功だ」
彼女は楽しげに笑う。
どうやら彼女は手相占いがしたかったのではなく、私を新たなテクニックの練習台にしたかったらしい。
……なんともまあ。
「春流も触りたい相手がいる時は、試してみるといいよ。コツは何気なく言うこと!」
「はいはい」
「やー、楽しかった」
いつも無遠慮に触ってきていないか、と思う。
いや、別にいいんだけど。
しかし、こんなテクニック覚えても使う機会がない。何せ眞耶相手ならそんなものを弄さずとも触れられるし、仲町相手の時だってそうだ。
そもそも触りたいなら、そう言えばよくない?
私はため息をついて、教室を見渡した。仲町は友達と外でお昼を食べているらしく、教室に彼女の姿はない。
まあ、教室では彼女とあまり話さないのだし、いてもいなくてもそう変わらないのだが。
ちょっとだけ、残念なようなそうでもないような。
そんな気が、した。
金曜日の放課後は、皆どこか浮き足立っているように見える。
やっぱり、明日からの休みに思いを馳せているというか、ワクワクしているのだろうか。休みの日も平日もそうそう何かが変わるわけではないが、自由な時間が増えるのも確かだから、私も好きっちゃ好きだ。
明日は何をしたものか。
久々にゲームでもしようかな。最近あんまりやってなかったし。
「春流ちゃん」
休日に思いを馳せていると、不意に隣に座る仲町が声をかけてくる。
駅構内のベンチに座った私たちは、どこに行くか決めもしないまま、ただぼんやりと二人で電車を待っていた。
空を見上げてみると、夏っぽい立体感のある雲が流れている。
そろそろ、梅雨か。
「なあに、仲町」
「……手相占い、してもいい?」
「……流行ってるの?」
「え?」
「……いや、なんでもない。していいよ」
嘘だろ、と思う。
前にカフェに行った日と違って、今日の仲町は教室にいなかった。つまり、眞耶との会話も聞いてなかったということで。それなのに同じことを言ってくるのは偶然なのか、それとも巷で手相占いが流行っているのか。
あるいは、眞耶の言っていたテクニックとやらが?
いやいや、だとしても。
仲町がそういうテクニックを使ってまで私に触ろうとしてくるかって話である。……いや、意外としてくるか。割と仲町って、そういうところあるし。
「じゃあ、失礼して」
眞耶もだけど、言葉遣いが変というか、畏まりすぎだと思う。
私はなんとも言えない心地で、彼女に手を差し出した。
壊れ物に触れるような手つきで、彼女は私の手に触れてくる。指先が手相をなぞると、背中がむずむずしてくる。
慣れていない。こういうのは、さすがに。
だけど仲町が真剣な顔をしているから、私も大人しくしていることにした。
「生命線、長いね」
彼女はぽつりと言う。
眞耶が言うと嘘っぽいのに、仲町が言うと本当だって思えるのはどうしてだろう。
「そ? じゃあ、長生きするのかもね」
「……うん」
私の言葉に、彼女は頷く。
そのまましばらく、彼女は私の手相をまじまじと見つめていた。
なんとか線が長いとかこの線はどうだとか言っていたけれど、ほとんど耳には入ってこなかった。そんなことよりも、私の手を見つめる彼女の瞳が気になって。
今の彼女の瞳は、綺麗だ。
時に無垢で、時に不安そうで、時に可愛らしくて。
同じ瞳でもその姿は無数に変わって、でも変わった瞳の一つ一つが、どうしてか愛おしい。
その瞳に、今の私はどう映っているの?
聞きたいけれど、きっと答えが返ってきたって意味がないんだろう。言葉じゃきっと、わからない。
放っておいたら一生手相を眺めているんじゃないかと思ったけれど、ちょうどその時電車がホームにやってきて、占いが中断される。私は立ち上がった。
「電車、乗ろ」
「あ、うん」
占いが中断されても、彼女はまだ私の手に触れていた。さっきまでは掌に触れるだけだったけれど、今度はぎゅっと、手を握ってきた。
だから私は、そっと彼女の手を引いて、電車の中まで誘う。
私たちはあんまり人のいない電車の中で、ホームドアの近くにもたれかかった。
「どうしていきなり、手相占いしたくなったの?」
かたん、かたん。
微かな音を聞きながら、私は問う。
彼女は困ったように、視線をあちこちにやっていた。
まさかな。
……いや、ほんとに?
「もしかして……ただ私の手に触りたかっただけ?」
「ちがっ……!」
否定の言葉を口にしようとしたらしい彼女は、もにょもにょ何かを言ってから、やがて俯いた。
「……引いた?」
認めちゃうんだ。
私は、笑った。
「全然。でも、触りたいならそう言ってくれればいいのに」
「……手、触りたいって言うのも変じゃない?」
「そうかな。私は別に、言ってくれたらどこでも触らせるよ」
「どこでも……?」
「うん、どこでも」
彼女は私の全身を眺めてくる。
色んなところをじっと見つめられると、少し困るけれど。こういう時、彼女が触りたいって言ってくるのはどこなんだろうと疑問に思う。
やっぱり胸とかかな。
いや、うーん。さすがにそれは、電車の中ではまずい。痴漢と間違われそうだし、人のいるところでやるものでもあるまい。
私は繋いでいない方の手を眺めながら、彼女の言葉を待った。
そろそろマニュキュア、塗り替えないとな。
今度は何色にしたものか。彼女が綺麗だと言っていたから、ペディキュアと同じ色にしてみるか。
「……じゃあ、はるちゃん」
おっと。
どうやらどこに触りたいか、決まったらしい。
私はじっと、彼女を見つめた。
彼女は大きな瞳で、私を映している。
「唇、触りたい」
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