第8話
「おーい、春流! ドッヂやろうぜー、ドッヂ」
「えぇ……」
昼休み。小さなゴムボールを持って眞耶が声をかけてくる。どこからどう見てもキャッチボールくらいしかできなさそうだが、本気でドッジボールをやろうとしているのだろうか。
というか、お昼ごはんを食べたいのですが。
「昼にドッジやるって、小学生?」
「のんのん。ドッジじゃなくて、ドッヂ」
「どっちでもいいよ」
「ドッヂだけに?」
「……」
相変わらず、眞耶はなんというか、不思議な子だと思う。
かれこれ五年くらいは付き合いがあるものの、彼女についてわかっていることは、何かと適当な人だということくらいである。
友達ではあるものの、うーんって感じ。
「ま、ドッジは冗談として。お昼食べようよ。今日はなんと! お弁当を作ってきました! あの私が!」
「どの私?」
「面倒くさがりの私!」
眞耶は弁当箱を私の机に置いて、前の席に座った。
ふんふんと鼻歌を歌いながら弁当箱を開ける様は、小学生の頃から全く変わっていない。遠足の時、こんな感じだった覚えがある。
私は小さく息を吐いて、朝買っておいたおにぎりをバッグから取り出した。
参考書やらを一緒に入れていた影響か、プラスチックの容器ごと潰れている。
……まあ、味は変わらないからいいか。
「個性的なおにぎりだね」
「私と同じでね」
「それ、自分でゆーかね」
私はテープを剥がして、割り箸を割った。
「てか、二個で足りるの? 私のおかず分けたげよっか?」
「平気。私、省エネ人間だから」
「ふーん。ま、私も人のことは言えないか」
眞耶も眞耶で、割と少食だ。彼女はスズメが食べるみたいな量の弁当を、ちまちまと食べ始める。
私もおにぎりを食べ始めた。
いつもと変わらない昼休み。なんてことはないおにぎりをいつも通り食べていると、不意に教室が騒がしくなった。どうやらお昼を買いに行っていた仲町が友達と一緒に帰ってきたらしい。
静かな教室も、彼女が戻ってくると途端に色を取り戻したかのようにざわめき、活気が出てくる。やはり彼女には、そういうオーラがあるよなぁ。
そんなことを思っていると、不意に彼女と目が合った。
教室ではほとんど関わりがないからか、彼女はちょっと迷った様子で視線を右往左往させている。ぱくぱくと口を動かして何かを言おうとしているが、この距離では会話は出来まい。
私はふっと笑って、小さく手を振った。
ぱっと表情を明るくさせた彼女は、ぶんぶん手を振ってきた。
振りすぎて彼女の手からサンドイッチが吹っ飛ぶ。
慌てて取りに行く彼女を見て、また笑った。
ほんと、なんだかなぁ。
「春流ってさぁ。意外と雛夏ちゃんと仲良いよね」
不意に、眞耶が言う。
私は首を傾げた。
「そうかな。普通のクラスメイトだと思うけど」
「んー。普通のクラスメイトに対しては、もっとこう、適当な感じじゃない?」
「適当?」
「そ。あんま興味ないですー、みたいな」
「私、そんな露骨かね」
「うんにゃ。私だからわかるだけ」
その通りっちゃその通りかもしれない。
私も他人にそれなりには興味を持っているものの、深入りしようとは思えないタイプの人間だ。だからなんとなく気の合いそうな子といくらか付き合って、適当に過ごしているのだ。
残念ながら去年の仲町には興味を持っていなかったけれど。
「あ、そうだ。この唐揚げ食べてみてよ。私の自信作」
「いいけど」
「じゃ、あーん」
「あー……」
彼女は箸で唐揚げを摘んで、私の口に運んでくる。
こういう所作は意外と洗練されているというか、上品な感じだ。
いつも適当なのに。
「……これ、冷凍のやつでしょ」
「え、わかるんだ。すご、食通じゃん」
「食通ではないけど、食べ慣れてるし。冷食で一番人気の唐揚げでしょ?」
「せーかい。なんだー、後でネタバラシして楽しむつもりだったのになぁ」
おいおい、と思う。
なんのサプライズなんだ、それは。
私は思わずため息をついた。
ちらともう一度仲町の方を窺ってみると、彼女も私を見ていたのか、目が合う。しかし、すぐに逸らされた。
微妙にいつもと違う反応だ。
どうしたのか疑問に思ったけれど、後で聞けばいいかと思い直す。
その後も私は、眞耶と適当な会話をしながらお昼を済ませた。昼休みが終わる頃には、仲町のことも気にならなくなっていた。
「春流ちゃん! 私と一緒に、カフェに行きませんか!」
「わお。いきなりだね」
放課後。
メッセージで待ち合わせ場所を決めて、会った瞬間これだった。彼女は一世一代の告白でもしているかのように、緊張した面持ちだった。
学校で友達と話している時はいつも柔らかい笑顔なのになぁ。
こういう顔は興味深いのだが、たまには二人きりでもあの笑顔が見たい。
とはいえ、今はまだ無理だろうけど。
「……だめ?」
カフェに誘うくらいで、そんなに不安そうにせずとも。
私は笑った。
「駄目じゃないよ。どこのカフェ行くか、決めてるの?」
「うん! 任せて!」
「あんまり気合い入れすぎないようにね?」
「大丈夫。この前みたいな醜態は晒さない……!」
「醜態て。ほんとに大丈夫?」
相変わらず、妙に気合いが入っている。
今日は寝不足になっている様子もないから大丈夫かもしれないけれど、無茶しないように見ておいた方がいいだろう。
私は仲町に連れられて、学校から何駅か離れた場所にあるカフェに入った。
道中何度か話しかけたのだが、仲町は心ここにあらずといった様子だった。少し残念に思いながらも、ここまで緊張しているのを見るに、何かしたいことがあるのだろうとも思った。それがなんなのか、楽しみでもある。
「……はるちゃんは、甘いもの好き?」
甘いものより、もっと甘い声。
私は目を細めた。
「うん。それなりにね。仲町は?」
「わ、私も同じ! じゃ、注文するね!」
「あ、うん。……?」
まだメニューも見ていないのに。
まあ、いいけど。
仲町は来る前から注文するものを決めていたらしく、流れるようにパフェを注文していた。さすがにこういうところならコーヒーはあるだろうと思い、一緒に注文する。別段コーヒーが好きってわけでもないが、甘いものを食べるならあった方がいい。
しばらく待っていると、店員さんが妙にでかいパフェを運んでくる。
まさか私たちのじゃないよな、と思っていたが、店員さんは迷わず私たちのテーブルまでやってきた。
持っているだけで筋トレになりそうなサイズのパフェが、テーブルの中心に置かれる。一緒に置かれた普通サイズのコーヒーがひどく小さく見えた。
おいおい。
これはまた、随分と。
「うわ、すごいなー」
「ね、写真で見るよりデカくね?」
「思った。あ、撮ろ撮ろ」
隣のテーブルのカップルらしき人たちもパフェを頼んだらしく、色んな角度から写真を撮っていた。
会話を聞くに、このパフェは店の名物的なやつらしい。
SNSで有名とか、そういう感じかな。私はあんまりそういうの見ないけれど、仲町は人並みにそっち方面にも明るいのかもしれない。
また一つ、仲町のことを知れた。今度、SNSで有名な店について色々聞いてみようかな。
「春流ちゃん。私たちも写真撮ろ」
「ん」
私はスマホを取り出して、パフェの写真を何枚か撮ってみた。
……下手だな、これは
仲町はどうなんだろうと思って見てみると、彼女は妙に腕を伸ばして、角度をつけて写真を撮っていた。
よくよく見ればインカメになっている。
写真って、パフェのことじゃなかったんだ。
私はとりあえず、ピースしてみせた。
「……記念写真?」
「そ、んな感じかな?」
目線が泳いでいる。
別に写真くらいならいくらでも撮っていいのに、やましいことでもしているかのような反応である。私は首を傾げたけれど、パフェに乗っているアイスが溶け始めているのを見て、スプーンを手に取ろうとした。
その時、俊敏な動きで彼女の手が横から飛んできて、スプーンを奪い去っていく。
スプーン、一つしかないのに。もう一個、店員さんにもらおうかな。
口を開こうとした時、彼女はスプーンでパフェを掬って、私の方に差し出してくる。
その手は微妙に震えていた。
「あ、あーん……」
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