第3話
ファーストと、セカンド。
一回目と二回目にどれだけの差があるのかは、よくわからなかった。一番茶は何かとありがたがられているけれど、二番茶はそういう話を聞かないから、やっぱり一回目ってのは特別だったり?
その辺よくわからないけれど、仲町の唇は一回目となんら変わらなかった。
いや。
唇だけじゃなくて、その様子も。一回目同様……あるいは一回目以上に、彼女は緊張していて、柔らかいはずの体もガチガチに硬くなっている。人の筋肉というものは、力を入れるとかなりの硬度になるものらしい。それを今、私は強く感じていた。
でも、体ってやつは強張った後が一番脱力するものでもある。
「仲町」
一度唇を離して、名前を呼んでみる。
彼女はぎゅっと目を瞑ったままだった。
それもまあ、悪くはないけれど。面白いし。
私はもう一度、彼女にキスをした。今度は軽く触れ合わせるだけじゃなくて、唇を強く押し付けて、その感触を味わうように。
硬いけれど、柔らかい。
不思議な弾力があった。ゴムのボールに近いような、だけど芯を感じる、不思議な触り心地。柔らかな唇の奥にある硬い歯が、そう感じさせるのかもしれない。
今度は下唇をちゅっと吸ってから、その唇を軽く舐めてみる。
何か塗っているのか、少し変な味がする。
だけどその味が仲町の味だと思うと、不思議と嫌ではなかった。誰からも好かれる女の子の味は、誰からも好かれるようなものではない。そのギャップに、どうにも笑ってしまいそうになる。
「は、るちゃ……」
「はいはい、春流ちゃんですよー」
好きな人とするキスというのは、どのような感触なのだろう。彼女を見つめてみると、顔色は真っ赤で表情は蕩けていた。
そんなに私のこと、好きなの?
去年から同じクラスとはいえ、そこまで関わりなかったのに。せいぜい席が近くになった時、世間話をするくらいの関係だったはずなのだが。一体全体何がどうして、私みたいな女をこんなになるくらい好きになってしまったのか。
ほんと、もったいないよなぁ。
そう思いながら、私は舌でちょんちょんと彼女の唇を突いてみる。
私の意図が伝わったのか、彼女は恐る恐るといった様子で唇を開く。今は言葉を発せないから、その代わりに私は彼女の頭を抱き抱えるようにして撫でた。
さらさらとした髪の感触が、少し心地いい。
肩までかかった明るい茶色の髪は、よく手入れされているようで、キューティクルを感じた。いや、キューティクルが感じられるものなのかは、よく知らないけど。とにかくそんな感じ。きっと枝毛とかないんだろうなぁ、と思う。
手櫛で彼女の髪を梳かしてみても、全く抵抗がない。
羨ましくなるくらい、髪質がいい。
ここはひとつ、嫉妬心でも抱いてみるか。そう思いながら、深く沈み込むように、彼女と舌を絡ませる。互いの存在を湯煎で溶かして、混ぜ合うみたいに。じわりと滲むような彼女の体温を感じた。
沈み込む。
近くの部屋から聞こえるシャウト。相変わらず流れ続けている、インタビューの音。
静寂とは程遠い中で、私たちだけがミュートにされたように、静かにキスをしている。だけど、無音じゃなかった。徐々に大きくなっていく水音が、鼓膜を震わせる。洗い物の積まれたシンクに落ちる水滴の音とはまた違う、ちょっとねちっこい音。初めて聞くようなその音に、鼓動とペースをやや乱される。
舌を擦り合わせる度に、揺れる。
心が、鼓動が。
私はキスをしながら、自分のブラウスのボタンを三つほど外した。
「まだ硬いよ、仲町」
キスの合間に、言う。
まだまだ不慣れらしい仲町は、荒く息をするばかりで、何かを言う余裕はないようだった。
私は彼女が脱力した後のキスを知りたい。
一度硬くなった反動で、どこまでも柔らかく、力の抜けた彼女を、知りたい。
だから私は、暇そうにしている彼女の手を、自分の胸に誘った。
「……っ!?」
彼女は驚いた様子で手を引こうとするが、逃がさない。
そのままでいると、やがて彼女の体が柔らかさを思い出したように、力が抜けていく。柔らかいものを触らせて、彼女自身も柔らかくなってもらうという作戦は、どうやら成功したらしい。
そのまま、キスを続ける。
柔らかさを取り戻した彼女とのキスは、さっきまでとはまた違った感触で、心地よかった。
人肌恋しいなどと思ったことはないが、こうして誰かと触れ合っていると、少しだけ満足感を得られるような、そんな気がした。
「……はるちゃん」
ひとしきり色んなキスを試した後、仲町は真っ赤になったまま私の名前を呼ぶ。
さっきまでとはまた違った名前の呼び方だ。
「なんでいきなり、触らせてきたの?」
「触らせるって?」
「えっと、その、胸を……」
「柔らかかったでしょ」
「それはもう……じゃなくて!」
相変わらず仲町は、素直だ。
私はにこりと笑った。
「だって仲町、硬すぎだったし。もっと力抜かないと、楽しめるものも楽しめないよ。だから、柔らかいもの触らせて柔らかくなってもらおうと思って」
「……春流ちゃんって、意外と大胆だよね」
「ふふ。嫌いになった?」
「ならないよ」
彼女は思ったよりも強く断言する。
思わず目を丸くした。
「私は、春流ちゃんが好き。細かいこと気にしないところも、大胆なところも、色々全部。だから、嫌いになんかならない」
「……なるほど。私、仲町と同じくらいの好きはあげられないと思うよ?」
「好きにさせる」
「……わお」
それでもいい、と言うかと思ったけれど、想定外の言葉が返ってくる。
彼女は自信に満ちた目をしていた。しかし、その奥には確かに、不安の色が見える。強いんだか弱いんだか、よくわからない感じだ。
「……そこまで言うなら、してみせてよ。私が仲町のこと、好きで好きで仕方ないですーって言うようになるまで」
「頑張るよ」
私を好きにさせるために努力するくらいなら、新しく恋人を作る方がよっぽど労力の節約になると思うのだが。
そういう理屈の問題でもないのかな、と思う。
私はブラウスのボタンをもう一度留めようとして、凝視されていることに気がついた。
相手が相手なら、台無しだと言われてもおかしくない行動である。それだけ私のことが好きってことだろうから、別に咎めないけど。見て見ぬふりをしてもいいのだが、こうもじっと見られていると、やはりからかいたくなってしまうわけで。
仲町という存在は、どこまで。
「……見たい?」
私は微笑みながら、問うた。
さっきと同じ質問。
とくれば、返答もきっと同じだろう。
そう、思っていたのだが。
「み……たいです……」
「わお。予想外の返答だ」
「や、やっぱり——」
「はい、どーぞ」
私はブラウスのボタンを全部外して、彼女に見せてあげた。
相変わらず彼女は真っ赤になりながら、それでも私のことを見つめてくる。ほんと、強いんだか弱いんだか。
ていうか正直、あなたのことが好きですって言うのが一番恥ずかしいと思うのだが。それに比べれば、下着が見たいって言うくらいなんでもないはずだ。体なんて心と違って、ただそこにあるだけのものなのだし。見せても全く減るものはない。
とはいえ。
穴が開くほど見つめられると、さすがの私も少しだけ、困る。
いや、別にいいんだけど。
あの仲町が私の体を見るのに必死になっていると考えると、面白いし。このままずっと、彼女が飽きるまで見せるのも悪くない。とは、思うものの。それだとあまり面白くないかな、と思って、途中でボタンを留めた。
「……おしまい。続きはまた今度ね」
「……うん」
彼女は名残惜しそうにしながらも、無理に頼んでくることはなかった。
やっぱり私は、まだ仲町のことがよくわかっていない。彼女が私に愛想を尽かすのが先か、私が彼女について詳しく知るのが先か。ちょっとした勝負である。
結果がどうなるかは、考えるまでもないが。
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