第10話 生きてほしい人

 寝室の前に着く、扉は開きっぱなし、中は……


読込リロード 銃手ガンナー タイプ SAKURA 』


 入る前に最低限の装備をする。

 手にしたのは故郷でよく流通していた拳銃、

 装弾数5発、9ミリ弾、少し心もとないが今はこれがだ。


「誰かいるか!」


 拳銃を構えながら部屋に入る。


 。

 。。

 。。。


 誰も、いない、か。

 安心した、息が漏れる、どうやらこれ以上他に人はいないようだ。


 すぅ~すぅ~


 エルメスの寝息が聞こえる。

 ん? そこでようやく違和感に気づいた。

 まずこの子の眠りの深さだ、

 元々の環境を考えても20を超えないぐらいの少女がさっきの喧騒に目が覚めないことだ。

 少なくとも刃物のぶつかる音、ピストルの射撃音がこの家に響いている、もちろんこの寝室にもだ。

 そして何よりエルメスに何も変化がないことだ。

 3人組の内この部屋に入っていった1人が彼に何か搦手が使えるようには思えなかった。

 ならば考えられるのは……


「残念だよ、カイトクン」

「ッ⁉」


 背後から聞いたこのない男の声がする。銃口を相手に向ける、相手に、あい、て


「全く、時間はここまでキミを変えてしまうんだね」


 男の腕には赤い汁が滴っている。


「私みたいな素人が息を止めるだけでキミに気づ付かれなくなる」


 男の腕が僕の胸を貫いている。


「全く、こんな田舎なんかに隠居してなければ明日の号外は

『終戦の英雄、暗殺にて死す』という見出しだっただろうに」


 男はわけのわからないことを次から次に言う、しかし彼の手は正確に心臓を貫通している。


「だが、盛者必衰なんて言葉がある、キミは所詮そこまでの人間だったというわけだよ」


 そう言うと腕を一気に引き抜く、そこで初めて彼の顔をみた。

 彼は真っ白の仮面を被り、それでも隠せないほどの生理的に受け付けないような雰囲気を解き放っていた。


「エル、メス……」


 彼女を守らないと、彼女だけは。


「ぁー……キミのそういうところは変わらないんだ、でも、誰かを守りたかったら君も強くないとね」


「エル……め」


 男の言葉に耳を傾けずに僕は彼女の手に触れる。


「まぁ、運が悪かったぐらいに思っておいてくれ」


 眠い、瞼が重くなってくる。


「いやだ……」


 寒い…


「グンナイ」


 ただ、最期に聞く言葉がウザかった




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 カイトの心臓が仮面の男によって貫かれたと同時に、エルメスに掛けられていた呪いが解ける、男の集中がエルメスからカイトに移ったからだ。


 何の異変も感じられなかった体に次から次に情報が入り込んでくる。

 周囲の音、微かな硝煙と明らかな鉄の臭い、そして自分の手に濡れた手が触れること。


 これらの異変により、エルメスの脳が覚醒を促す。

 彼女が目を開けた前の光景を処理するにはまだ脳が起きていなかった。


 棚の中身が散乱し荒らされた寝室


 目の前に立つ白い何も書いてない仮面の男


 脳の端が出す危険信号が徐々に大きくなるのを感じる、心臓の音が大きくなるのを感じる。


 だんだん現状に理解が追いつく、そんなエルメスに追い打ちをかけるように目線の下の光景に気づく。


 背中から多くの血液を流しながら倒れるもう一人の男


「……ぇっ」


 口から漏れたような声が出る。

 カイトさんだ、カイトさんが血を流して倒れている。

 それをみたエルメスにもう冷静でいられるほどの理性はない。


「な、なんで……」


 ただ声が出る、涙も出る。


「一人にしないって」


 思っていることがそのまま出る。


「約束…したじゃないですか」


 くちが動く。


「さぁお嬢さん、お迎えが来ましたよ~」


 男が声をかける、エルメスに反応はない。


「む~しですか~?」


 ふざけたように出した声にも反応がない


(はぁ、しかたない)


「お体触りますね~」


 男が体に触れようとした、


 パンッ


 手を弾かれる、明らかな拒否反応を示した。


「あなた…なら……信じていたのに」


 エルメスは変わらず物言わぬ死体に話しかけている。


「えぇ! そんなに気に入ったんですかぁ!」


 男は興奮気味に声を上げる。


「いいでしょう! 彼も連れていきましょう」


 男が勝手に話を進める、仮面越しでもわかるほどの笑顔のオーラが気色悪くにじみ出てくる。


「新鮮な遺体を技術はあります」


「彼も一緒に計画に入れましょう」


「我々人類が真の意味での自由を手に入れる足掛かりとして‼」


 彼の興奮のボルテージが頂点へ到達しそうになった時に、エルメスに再度手を伸ばす。


 今度は相手から手を重ねてくる。


「あら、もういいんですか?」


 そう男は聞いてくる。


「カイト……」


 だがもう片方の手がカイトの手を離さない。


「まぁいいや、それじゃあバーテルを呼びますね」


 男はエルメスに背を向け、宙に何かをなぞりだす。


 その間もエルメスはカイトの手を離さなかった。


「…カイト……」


 エルメスの買ったばかりの新品のパジャマには赤いのが付いていた。

 それは鉄のような臭い、今のエルメスを埋めるものだった。

 私が関わったが為に、今一番失いたくないものを失った。

 今うるさい程鳴るこの心臓が人を殺すために動いているようなものに感じた。

 こんな最低な命、彼に分けることができたら、また、彼の隣で生きることはできるのだろうか。

 半分できたら。


 。。

 。。。

 。。。。


「な、何をしているんです!」


「⁉」


 男の声で現実に戻される。

 そこにあったのは彼の手を両手で祈るように持つ私、

 そして私とカイトの手のつないだ手の間で強い光を放っている光景だった。

 急に体で脱力感が生まれる。


「ッ!」


(なにか…奪われる)


 そこでエルメスは気づくのだ。

 彼がまだ生きようとしていることに。

 なら彼女がとる行動は一つだろう。


「いいよ、持ってって私の


 抵抗する必要なんてない、全部持ってっていい、ただ…ただ一言言ってほしい


「起きて、私のさん」


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