第2話 メリーさんじゃん
「……という夢を見ていたのだった」
起き抜けにポツリと呟き携帯を見る。
ラインにはバッチリ沙苗の連絡先が登録されている。
「ところがどっこい現実ですと」
一応ほっぺも抓ってみるが痛いだけである。
そこで優斗は溜息を一つ。
「まさか僕に彼女が出来るとは。それもみんなの憧れる完璧美少女の美神さんだなんて……。あり得な過ぎて全然実感がないや」
昨日の事である。
法律上の理由で求婚は断ったが、それで引き下がる沙苗ではない。
『だったら結婚を前提に付き合ってくれ! それならいいだろ!?』
『う~ん』
『なにが問題なんだ!? もしかして、小丸君は私の事が嫌いなのか!? あぁぁぁ!? 聞きたくない! もしそうだったら心が死んで肉体が塵になり魂が滅ぶ!?』
『いや、嫌いではないですけど……』
『じゃあ!? ス、ス、ス……』
『好きでもないですね』
『……グッバイ人生』
『早まらないで下さい!? こんな事になるなんて欠片も思ってなかったんです! 僕なんかが美神さんと付き合えるとも思ってなかったし……。雲の上の人って言うか、別次元の存在って言うか。好きとか嫌いとか考える以前の状態だったので……』
『つまり?』
『無ですね』
『むぅ……』
『………………』
『無だけに!』
『ちょっとウザいよりに傾きました』
『あぁぁぁぁあああ! 君の前だと緊張してつい変な事を口走ってしまううううううう!?』
みたいなやり取りがあり、とりあえずお試しで付き合ってみる事になった。
「まぁ、どうせすぐ振られるんだろうけど」
優斗が乗り気でない理由がそれだった。
あれこれ理由を並べるまでもなく、沙苗と優斗が釣り合わないのは明らかだ。
向こうは色々惚れた理由を並べているが、優斗からすれば取るに足らない些細な事である。
どう考えても沙苗はなにか勘違いをしていて、優斗に過剰な幻想を抱いているとしか思えない。
実際に付き合ってしまえば、沙苗もすぐに現実を知るだろう。
あれ? こいつって別に大した男じゃなくね?
そうなったら優斗も気まずい。
どうせ振られると分かっているなら付き合ったりなんかせず綺麗な思い出のままでいた方がマシだ。
それでも沙苗の告白を受けたのには理由がある。
一つは沙苗が泣き出したからだ。
『いやだいやだいやだいやだぁああああ! 私と付き合ってくれなきゃいやだぁああああ!』
大人の階段に足のかかった高校一年生が、それも見た目は清楚で可憐で大人っぽい完璧美少女様が、床に転がって子供みたいに駄々を捏ねるのである。
こんな所を人に見られたら大事だし、パンツだって丸見えだ。
優斗が告白を受けなければこの場は収まりそうになかった。
もう一つは、彼女の事を思うならさっさと付き合って幻滅された方がいいと思ったからだ。
優斗は非モテの童貞だ。
恋なんかしたことがないし、どういうものなのかも分からない。
ただ、沙苗を見ているとすごく大変なんだろうなという事は理解出来た。
彼女は三年間も幻想の優斗に恋焦がれて数多の告白を断ってきたのだ。
中には、というか大半は優斗よりも良いお相手だっただろう。
勿体ない話である。
無自覚とは言え彼女の貴重な青春を三年間も奪ってしまったのだ。
責任と言うのは大袈裟だが、誤解だと分かっているならそれを解くのは自分の役目のようにも思える。
「……出来る事なら少しでもマシなフラれ方をしたいところだけど」
それすらも自分には荷が重い気がする。
そんなわけで彼女が出来たにも関わらず優斗は朝から憂鬱だった。
「っていうか、メッセージ多すぎない?」
アプリの通知カウントが35を示している。
何事かと思って沙苗のメッセージを開いてみると。
『おはよう!』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
「こわっ!」
思わず声が出た。
最新の『おはよう!』の前に34個のメッセージ取り消しが並んでいる。
「ていうか最新のメッセージも朝五時だし。その前から起きてたって事?」
あるいは寝ていないのかもしれない。
「いやいやまさか……」
なんて思っていると。
『起きたかな?』
「うわぁっ!」
既読がつくのとほとんど同時にメッセージが届いた。
「これ。絶対ラインに齧りついてるよね……」
などと言っている間にも沙苗からのメッセージ。
『もしも~し?』
『小丸君?』
『お~い』
「ちょっと待ってよ!?」
ラインなんか家族としかやらない優斗である。
こんな時、なんて返せばいいのか分からない。
悩んでいる内に沙苗の連投爆撃が激しさを増す。
『もしかして引いてる?』
『ごめんなさい』
『違うんだ! 説明させてくれ!』
『小丸君とライン交換出来たのが嬉しくて! なにか送りたいけどなに送ったらいいのか分からなくて!』
『自分から告白しておいてなにも送らないのはおかしいし。でも交換してすぐ送るのもがっついてるみたいって言うか重い女みたいだろ!?』
『安心してくれ! 私は全然重い女じゃないぞ!』
『本当に』
『あ! 軽い女ってわけでもないから安心してくれ! 小丸君に誓って私は処女だ!』
メッセージが取り消される。
『今のは忘れてくれ』
『すまない。昨日は一睡も出来なくてテンションがおかしくなってるんだ』
メッセージが取り消される。
『な~んちゃって! 驚いたかな? しっかり七時間寝たとも!』
『ごめんなさい。私は小丸君に嘘をつきました』
『最低だ』
『だって! なに送ろうか迷ってる内に遅くなっちゃって! 小丸君が何時に寝るか分かんないし! 迷惑な女にはなりたくなかったんだ!?』
『言い訳だな』
『正直に言います。おはようメッセージならいいかなと思って送ったけど夜中の三時でした。それで今みたいにあれこれ言い訳して自分でもキモイと思ってメッセージ取り消しました』
『私は一人でなにをやってるんだ?』
『幻滅して言葉もないか』
『……お願いだ。なにか言ってくれ』
『やっぱり今のナシ! 聞きたくない!』
『お願いだから捨てないで……』
「まいったな。面白くなってきてる自分がいるぞ」
このまま放っておいたらどうなるんだろう。
そんな好奇心が首をもたげる。
生憎それ以上の連投はなかった。
その代わり。
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
『美神沙苗がメッセージを取り消しました』
「なるほど~。こんな感じで怪文書が出来上がるんだ」
ともあれ、そろそろなにか送らないと可哀想である。
とりあえず優斗は。
『おはよう美神さん』
と送った。
『おはよう小丸君!』
瞬時の返信。
『すまない。妹が私の携帯でイタズラしたらしい。全く困ったものだな』
「この状況でまだ誤魔化せると思ってるんだ」
その事に驚きつつ。
『美神さんって妹いたんだ?』
ちょっと間が空き。
『嘘ですごめんなさい。妹はいるけどやったのは私です』
「白状するなら最初から言わなきゃいいのに」
呆れるのを通り越してなんだか可愛く思えてきた。
『素直でよろしい』
何も考えずにそう送った。
途端に返事が止まる。
優斗は急に不安になった。
「……調子に乗っちゃったかな」
僕なんかが美神さんに『素直でよろしい』だなんて!
いったい何様のつもりだろう!
不安はあっと言う間に膨れ上がり、なにか言い訳をしたくなる。
それで優斗は気づいた。
「これは美神さんの事を笑えないな」
恋人とラインをする。
ただそれだけの事がこんなに大変だなんて知らなかった。
なんて思っていると。
『私の事嫌いになってない?』
『なってないよ』
と優斗は返した。
『本当に?』
『本当に』
『こんなに連投したのに?』
『それくらい僕の事が好きなんでしょ?』
『そうなんだ! それくらい君の事が好きなんだ! 好きで好きでたまらなくて付き合えたことが嬉しすぎてつい徹夜してバカみたいにメッセージを送ってしまった! あぁ! こんなに朝が待ち遠しかった日はないよ!』
なんて返そうか悩んでいると。
『ごめんなさい調子に乗りました』
「ふふっ」
なんだか笑ってしまった。
『美神さんって実は結構変な人だよね』
『そんな事はない! 私はいたって普通だ!』
『そんな風には思えないけど』
『小丸君の前だけだ! 君が私を変人にするんだ!』
『じゃあ付き合わない方がよかった?』
『………………小丸君は意地悪だ』
なんだか背筋がゾクゾクした。
『美神さんに対してだけだよ。君が僕を意地悪にしてるんだと思うな』
間が空く。
またすぐに不安になる。
『嫌いになった?』
『ますます好きになった!』
『変な美神さん』
『どうやら私はちょっとだけ変人の才能があったらしい』
『ちょっとじゃないと思うけど。学校行く支度するからまた後でね』
『了解だ!』
気付けば憂鬱な気分は跡形もなく消え去って、むず痒いような温かさが胸いっぱいに広がっていた。
「彼女がいるってこういう感じなんだ」
悪くはない。
というか良い。
かなりいい感じだ。
「そりゃみんな彼女欲しがるわけだよね」
なんとはなしに納得する。
と、再び沙苗からのメッセージ。
『窓の外を見てくれ』
「?」
優斗の部屋は二階にある。
言われた通りに外を見ると、制服姿の沙苗と目が合った。
『待ちきれなくて来ちゃった。一緒に学校に行こう!』
「わーお」
空いた口が塞がらない。
昨日聞いた話では、沙苗の家は反対方向のはずだ。
だから一緒には帰れないねと話したばかりである。
『訂正。嫌いじゃないけど、ちょっと怖いなって思いました』
携帯を片手に笑顔で手を振っていた沙苗の表情が強張り、涙目でバタバタ手を振りながらなにかを訴える。
優斗はシャッとカーテンを閉め。
『それじゃ、また後で』
それだけ送って携帯をベッドに放った。
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