第3話 嫉妬
私と恵美子の関係は1年間続き、私は、大学卒業、そして、就職した。
コンピュータ・ソフト会社に入社した私は、研修期間後、コンピュータ技術センターに勤務を命じられた。
それは、地方勤務だった。
だから、今までのように恵美子と会うことが出来なくなる。
私が会社からの辞令を見せて寂しがると、恵美子は、「お姉さん。がんばってね」と笑顔で私を励ましてくれた。
しかし、恵美子こそ私と会えなくなることを悲しんでいたのだった。
コンピュータ技術センターは、豊橋にあった。
広大な工場の敷地の一角での勤務が始まった。
私は、会社指定のアパートに暮らすことになった。
同期の仲間も同じアパートで孤立感は無かったが、恵美子と会えないことが非常に寂しかった。
からっ風が吹き荒れる夜、アパートの廊下のくもりガラスに、外の街灯により映し出される木の葉の揺らめきを見ると、私は、寂しさにいっそう心を痛めた。
噂では、コンピュータ技術センターに勤務になった場合、少なくとも3年間は、本社に戻れないということだった。
そんな話が仲間との間で話題になる度に、恵美子に会いたくて、いてもたってもいられなくなるのだった。
何か事件が恵美子の住む都市で発生すれば、恵美子の身を案じ、大きな事故が起きれば、恵美子が巻き込まれなかったか心配した。
私は、恵美子との手紙のやりとりだけが唯一の楽しみとなった。
私たちは、1週間に1回、手紙を交換した。
恵美子の丸い文字は、可愛い便箋に書き込まれていた。
そして、恵美子がつけていた香水の香りが便箋から漂ってくるのだった。
お姉さん、元気でがんばっていますか?
私は、相変わらずです。
でも、寂しい。
だめだめ、これは言ってはいけないことでした。
ごめんなさい。
さて、私は、エレクトーン教室に通うことにしました。
前から習いたかったの。早く上手になって、お姉さんに弾いて聞かせてあげますね。最初の練習曲は、『恋は水色』なの。
私の恋は、水色(ブルー?)なんかじゃない。バラ色よ。
そう、お姉さんとの恋は、ハッピーなの。
私、一人でがんばっています。
でも、でも、お姉さんに会いたい。
触れ合いたい。
これって、私のわがまま?
お姉さん。
私は、高校の修学旅行で京都に行けなかったの。体調壊して。
それでね。私のお願い。
お姉さんと京都へ旅行したい。
今度の連休に会いたい。京都で。
私のお願いです。私のわがままなの。
それでは、お姉さん。
身体に気をつけて、お仕事がんばってね。
お姉さんのエミより
私は、恵美子の手紙を読むとすぐに筆をとり、恵美子への手紙の返事を書いた。
エミちゃん、お手紙ありがとうございます。
私は、エミちゃんからの手紙を、もらえる世界一の幸せ者です。
エミちゃんが元気でいてくれることは、私にとって、かけがえの無い幸せです。
エレクトーン聴きたいな。
『恋は水色』もエミちゃんが奏でると、『恋はバラ色』ですね。
私とエミちゃんの恋は、バラ色。バラ色にしたい。
エミちゃん。
会いたい。
エミちゃんに会いたい。
私も同じ気持ち。
遠距離恋愛じゃないけど、私とエミちゃんの関係は、恋人同士だよね。
それも親密な。
今度の連休、是非是非会いましょう。
私、京都でのスケジュール計画しておくから、新幹線の豊橋の駅で待ち合わせましょう。
そして、二人で京都へ行こうね。
今から、楽しみに指折り数えて、エミちゃんに会えることを待ち望みます。
エミのお姉さんより
私は、恵美子との始めての旅行に心を弾ませた。
そのときの私にとって、ただ、ただ、それだけが、生きがいであった。
生きる目標と言っても過言ではなかった。
何を見ても何を聞いても、恵美子の『恵』の文字に結び付けていた。
それほど、頭から離れない存在になっていたのだった。
私は、毎日の仕事に追われ、そして、一心にがんばった。
仕事が辛くても、恵美子に負けないように頑張らなくていけないと思った。
週休二日の休日も私にとっては意味の無いものであった。
どうせ、アパートに一人で居てもつまらなかったし、なにしろ、恵美子のいない長い時間をどう過ごして良いのか見当もつかなかった。
同期の仲間達は、テニススクールに通ったり、会社のクラブ活動に、休日の持て余した時間を使っているようであった。
しかし、私は、同じようにする気持ちにはなれなかった。
同期の中に一人だけ懇意にしていた同性の人がいたが、あくまでも仕事上の話しかできず、感覚が恋愛とかには程遠く、悩みとか、恵美子との気持ちを相談するような相手にはなり得なかった。
私は、しだいに孤独になり、その代わり、仕事に打ち込んだ。
残業も厭わず、持て余すしかない休日も出勤して、自分の気持ちを紛らわせたのだった。
そして、連休がやってきた。
私は、旅行の準備を整えた。
私は、豊橋の新幹線ホームで約束の車両を待ち構えた。
私は、予め伝えておいた花柄のワンピースを着て、髪の毛もまとめないで、肩に流していた。
それは、私の苦手とする女性らしい格好だったが、恵美子の始めての私に対するリクエストであった。
恵美子の乗った列車がホームに入ってきた。
恵美子は、車内から私を見つけると大きく手を振った。
白い帽子を被っていた。
その姿は、私にとっては新婚旅行に向かう花嫁の姿に思えたのだった。
この旅行は、私たちにとって、新婚旅行なのだろうか。
そうだ。私とエミの新婚旅行なのだ。
私は、自問自答していた。
私は、列車が止まり、ドアが開くのを待った。
恵美子は、座席から立ち上がって、嬉しそうに手招きしていた。
私たちは、二人席に納まり、真ん中の肘掛を上げて寄り添った。
恵美子は、甘えるように頭を私の肩につけて、手をつないできた。
会話は、必要なかった。
列車が動き出し、それから、しばらくの間、私たちは、何もしゃべらずお互いの温もりを感じあっていた。
恵美子は、ピンクのミニスカートで、太腿を露にしていた。
「お姉さん。ほら、こんなに冷たい」
恵美子は、私の手をとって、太腿に密着させた。
ツルッとしたストッキングの感触の下から恵美子の冷たい太腿が感じられた。
「冷やしちゃ、いけないよ。大丈夫?」
私は、そう言って、恵美子の太腿から膝頭を手で擦ってあげた。
恵美子を見ると、瞳を閉じて、私の方に顔を向けていた。
私は、ゆっくり顔を近づけた。
と、そのとき、車内販売のワゴンがやって来た。
恵美子も私も身体を離し、お互いに苦笑いをしたのだった。
京都に着くと、私たちは、タクシーを使って定番の清水寺に向かった。
「これが、清水の舞台なのね」
恵美子は、秋晴れの青い空をバックに嬉しそうに言った。
「エミちゃん、下を見てごらん」
そう言って、私と恵美子は、少し身をのりだして見下ろした。
「わーっ。怖い」
恵美子が、私に摑まってきた。
「清水の舞台から飛び降りたつもりで、なんて、良くいうでしょ。私もエミちゃんに最初のデートを申し込んだとき、こんな感じだったんだ」
私は、そう言って微笑んだ。
恵美子は、笑顔で私を見つめていた。
それから、私たちは、本堂の裏手にある地主神社に歩いた。
鳥居の下には『えんむすびの神』と書いてあって、良縁祈願と書いた看板が立ててあった。
私は、本殿前の守護石まで来ると、
「エミちゃん、この左右の石、一方の石から一方の石へ目を閉じたまま歩くことができる?」と言って、まず私がやってみた。
「お姉さん。上手」
そう言って、恵美子はパチパチと手を叩いた。
「今度は、私の番ね」
恵美子は、瞳を閉じると唇をキュッと結んだ。
そして、恵美子も無事に歩くことができた。
恵美子は、振り返ると笑顔で私の顔を見つめた。
「エミちゃん。うまく歩けるとね、恋の願いが叶うんだって」
私は、恵美子の手を引いて歩き出した。
それから、私たちは、清水焼や骨董品のお店を見て回った。
恵美子は、旅情を満喫しているようであった。
私も恵美子との旅を十分に満喫していた。
夕方早々に、予約しておいた京都駅前の観光ホテルにチェックインした。
私が、フロントでサインをすると、恵美子は、いつかと同じように、覗き込んで、
「お姉さん。チェックインできて良かったね」と言った。私も、
「良かったね」と言って微笑んだ。
私たちは、京都市内が一望できるホテルの最上階のラウンジでディナーをとった。
窓越しに見える夜景が美しかった。
しかし、それにも増してテーブル上のキャンドルの光に映し出された恵美子が、美しく、妖艶にさえ思えた。
ワイングラスを持ち、「乾杯」と言って微笑み合った。
「エミちゃん。今日は、幸せな時間をありがとう」
「私も、お姉さんから一杯もらったわ」
「エミちゃん。こうして二人でいると、私、落ち着くの」
「お姉さん。私もよ」
恵美子の瞳は、ワインによって少し潤んでいた。
頬もピンクに染まっていた。
私たちは、お互いを見つめ合っていた。
予約したのは、ダブルの部屋であった。
恵美子がシャワーを浴びているバスルームに私は入って行った。
「エミちゃん。びっくりした? 大きなバスルームだから、いっしょにね」
私は、そう言って、シャワーの下の恵美子の横に立った。
私は、恵美子の肩をそっと抱き寄せ、キスをした。
何か月会えなかったのだろうか。
私は、久しぶりに恵美子の唇の感触を味わった。私は、恵美子から一旦離れた。
「エミちゃん。お姉さんが、身体を洗ってあげるね」
恵美子の弾けそうな素肌にぬるぬるとしたソープが纏わりつき、バスルームの柔らかい光の中で艶々と反射した。
すると、恵美子の膝が、がくっと折れ、恵美子は私の肩に両手でつかまった。
私は、恵美子の髪を上げて白いうなじから耳たぶを唇で愛撫した。
そのとき、恵美子がピアスを着けていることに気が付いた。
さらに、もう一つ穴が開いてることも知った。
私は、恵美子がピアスの穴を開けたことを知らなかった。
恵美子のことは、何でも知っていると思い込んでいた私は、私の知らない恵美子を感じた。
そして、バスタオルで恵美子の身体を拭いてあげた私は、そのまま大きなベッドに導いた。
私は、恵美子の身体のすみからすみまでを知り尽くしていた。
そして、私は、知らず知らずに恵美子の身体に異変がなかったか、舌という触手で検査しているのであった。
私は、肉体的に恵美子が女になったような気がした。
恵美子には、男性を拒否してもらいたかった。
私だけのもので、私にだけ身体を許してもらいたかった。
「お姉さん」
恵美子が呟いた。
「何? エミちゃん」
私は、恵美子の横に寄り添った。
恵美子が私に見せたのは、あの真顔だった。
「お姉さんは、男の人、好きになったことある?」
私は、心臓を掴まれたような思いであった。
やはり、恵美子には、何か変化が起きているのだと思った。
私は、姉の立場を繕った。
「エミちゃん、好きな人が出来たの?」
「ううん。違う。私の好きな人は、お姉さんだけよ。違うの」
私は、ほっとした。恵美子は、誰にも渡さない。
「じゃ、なぜそんなことを、私に聞くの?」
「私、お姉さんに女性らしくしてほしいの。今日、私のお願いした服装してくれた。お姉さんとっても女らしくて素適だったわ」
「ありがとう、エミちゃん。でもね、私、男の人を好きになる以上にエミちゃんのことが好きなんだ」
「お姉さん、嬉しいけど、私、ある男の人から好意を持たれているの」
再び、私は、奈落の底に突き落とされた。
恵美子の変化とは、異性から受ける意識により起こった心の変化だった。
私は、こういう日が来ることを覚悟していた。
恵美子の美しさを男達が放っておく筈が無いだろうと思っていた。
「お姉さんと私は、いつまでこういう関係を続けられるのかしらって、この頃思うことがあるの」
「許されれば、いつまでも……」と私は、呟いた。
「お姉さん。やっぱり、お姉さん、女性にならなくてはいけないわ」
まさか、今夜、そんなことを、恵美子に言われるとは、予想もしなかったことだった。私は、敢えて平生を装い恵美子に言った。
「エミちゃんの気持ち分かった。ありがとう」
私は、気持ちが萎えてしまい、もはや、恵美子を抱く気になれなかった。
恵美子は、私の手を握ると寂しそうに私の方を見つめていた。
私は、それに対して微笑むことも無く黙って恵美子を見つめ返していた。
しばらくすると、恵美子は瞳を閉じて眠りについた。
私は、眠れなかった。
こうして、離れていた二人が、やっと会えて、一糸も纏わぬ姿で寄り添っているのに、私の心は、孤独だった。
私の恵美子が、いなくなってしまったような心細い気持ちで一杯だった。
翌朝、私は、寝不足気味であったが、恵美子は、元気一杯だった。
昨夜のことが、夢だったのではないかと思うくらいに、恵美子は、快活にしていた。私も気を取り直して恵美子に接した。
午後には、恵美子と別れなくてならない。
せめて、いっしょにいられる間だけでも楽しくしていなければいけないと思った。
私たちは、嵐山から嵯峨野を回り、目一杯観光し秋の京都を満喫した。
私の目には、京都の美しさもさることながら、恵美子の美しさが力強いものに思えてしかたなかった。
恵美子は、私という束縛から離れることが出来たと思っているのだろうか。
私は、心の中で思いを巡らすばかりだった。
帰りの新幹線の中、私たちは、口数も少なく座席に座っていた。
寝不足と疲労から私自身、睡魔に襲われ、うたた寝することもあった。
ただ、私が「また、旅行しようね」と言った言葉に、恵美子が笑顔で頷いてくれたことが、私にとって非常に大きな幸せだった。
列車が豊橋に到着した。
私は、降りると素早く恵美子の座っている窓に走った。
ホームで発車のチャイムが鳴り響いた。
恵美子は、窓際で私に手を振っていた。
恵美子の口が「お姉さん、がんばってね」と言っているのが、見て読み取れた。
私は、大きく頷いた。
涙が出そうに寂しかった。
別れ際、恵美子の手だけでも握っておけば良かったと思った。
私は、新幹線が小さくなるまで、ホームで見送っていた。
恵美子が、窓越しに言った『がんばってね』は、仕事のことなのか。
そうでは無く、『女性になれるように、がんばってね』ということではなかったのだろうか。
私は、複雑な気持ちで、孤独なアパートに帰って行った。
その後、恵美子からの手紙が少なくなった。
毎週のやり取りが、2週間に1回になり、そして、1か月に1回になっていた。
しかし、私は、天然ガス・プラントのプロジェクトに参加することになり、その仕事の忙しさで、寂しさを紛らわせることができた。
そんな中で、受け取った恵美子からの手紙は、私を再び困惑させることになったのだった。
その手紙には、恵美子が男性と夜の港にドライブに行き、そこでキスをしたということが書かれていた。
その男性とは、京都で恵美子が言っていた、恵美子に好意を寄せている人らしかった。
恵美子は、
『キスしたの。でも、夜の海、とても気持ち悪かった……』
と、書いていた。
恵美子が、私以外の人間、それも男性とキスをした。
恵美子の柔らかなピンク色の唇は、私だけのものにしておきたかった。
『私は、お姉さんのもの。そして、お姉さんは、私のもの』
と、言っていた恵美子は、いったいどこへいってしまったのか。
私は、いてもたってもいられない心境であったが、どうすることも出来なかった。為す術もなく、私の頭の中では、妄想が広がっていく。
恵美子は、もはや唇を奪われ、否、唇を許した。恵美子自身の了解のもと、男と二人で夜の海へデートをした。
キスだけでは無いのかもしれないし、すべてを許したのかもしれない。
私の思いは、頭の中でぐるぐると空回りし、止まることが無かった。
私は、恵美子への手紙の返事を書くことが出来なかった。
しらじらしく、気にしない振りをしても変だし、だからと言って、その夜の詳細を問い詰めるようなことも出来なかった。
ある日、豊橋支社長が、コンピュータ技術センターを訪れて、同期の私たちに労いの会を開いてくれることになった。
同期の私たちは、入社して1年半が経とうとしていた。田舎のことだから、しゃれた店も無く、アパート近くの焼肉屋で宴会は行われた。
同期は、全員で5名だった。
配属当初は六名であったが、1名が脱落し、退社していった。
そして、女2人と男が3人となった。
宴会は、勤務終了の夕刻から始まった。
アルコールが回り、支社長に対して話しやすくなった一人が、
「いつ、本社に戻していただけるのでしょうか?」
と、私たちの一番の問題を質問した。
彼は、強く本社勤務を懇願していたのだった。
すると、支社長は、
「きみねぇ。そういうこと、言ってるようじゃ。だめなんだよ。今、新聞読んでも多いだろ? 先行き不安で一家心中とか……」
と、彼の質問には、答えなかった。
私は、彼に助け舟を出した。
「でも、私たちに明確な勤務期間を伝えていただければ、目標にもなりますし、仕事への集中度も違ってくるように思えます」
私の発言に対して支社長は、少し吐き捨てるような口調で、
「松本くんだったな。きみは、女性で大変かもしれない。都会のオフィス街でおしゃれにランチという訳にいかないからね、ここは。それに、彼と会えないのが、辛いんじゃないの?」
私は、沈黙した。
私の会いたいのは、彼では無く、彼女なんだ。
しかし、そんな大切な彼女とも、こんな所に勤務になったおかげで…… そこまで、考えて、私は、恵美子との今の状況を、他人のせいにしてはいけないと思った。
恵美子は、自らの行動で私を裏切ったのだ。
私が、考えていると、支社長がビール瓶を持って、私のグラスにすすめてくれた。
私は、もうそれ以上何も言うことなく、温いビールを飲んだ。
そして、宴会は、終わったのだった。
私は、その後、恵美子への手紙を書こうと思い、何度もペンを取ったが、書くことが出来なかった。
そして、月日は経ち、その後、恵美子からも手紙は来なかった。
季節は、春。
生物の活動が盛んになる季節がやってきた。
しかし、私の心は、冷え冷えとしていた。
少しでも、気分を変えたいと思った私は、中古車を買った。
スタイルは、どうでも良く、ただ走れば良かった。私を乗せて、走ってくれればそれで良かった。
そして、休日に、一人でドライブを楽しんだ。
一人で運転していると、助手席に恵美子が座っていてくれたらいいのにと思うことがあった。
私は、白いボディーの車に真っ赤なシートカバーをつけて、カーステレオのボリュームを大きく鳴らし、渥美半島を走り回った。
海岸を走るとき、全開にした窓から吹き込む潮風が私の髪を強く撫でた。
ただ走るだけのドライブは、行き先に目的は無かった。
そして、運転しているとき、ほとんど恵美子のことを考えていた。
恋路が浜では、恵美子と砂浜をいっしょに歩いてみたいと思ったり、海岸でサーファーがサーフィンをしていると、恵美子といっしょにサーフィンにチャレンジしてみたいと思った。
なんでも恵美子とともにと、考えてしまうのだった。
広々としたメロン畑の中の真っ直ぐな道を、私は、時速80キロで突っ走った。
アクセル・ペダルを軽く踏むだけで、速く走ることができることが、私にはたまらなく爽快だった。
このまま、風になって飛んでいけたらどんなに素晴らしいだろうと思った。
そんなとき、一瞬だけ恵美子のことを忘れた。
私は、ロングの髪を、ソバージュにした。
色は、栗色。精一杯のお化粧、真っ赤なルージュ。
フリルのついたスカートを穿いて、街を歩くこともした。
それは、女性らしくなるようにがんばってみるためであった。
かかとの高いハイヒールを履いて、髪をなびかせて颯爽と歩いてみると、男の視線を感じた。
私は、少しそれが面白いと思った。
男の気を引くことが滑稽に思えた。
女性らしくとは、姿、形では無く一般的に言うところの女らしい心ということであるのは良くわかっていた。
女らしいとはどういうことか定義がはっきりしないが、所謂に男とつがうということが基本のように思った。
女がソケット、男がプラグで一対として納まることが基本だとすると、男と女は、その基本によりそれぞれの立場の感情を派生させることで男らしいとか女らしいという状態が現れてくるように思った。
だから、私には女らしくするということが無理なことだった。
私は、やはり女の子を求めていた。
けれども、恵美子のような女の子が、いる筈も無かった。
おしゃれとか、アクセサリーなど、女の子が興味をもって費やすお金は、私にとって無用なもので、必要以上にはお金を使わなかった。
だから、会社から振り込まれる給料や残業代などが銀行に貯まる一方だった。
お金を出して、女の子を買うことができたら、私は、そうしていたかもしれなかった。
男が、お金で女を買うように、私も同じようなことをしてみたかった。
しだいに、私は、恵美子以外には、もう、人を愛することは出来ないと思うようになっていた。
私は、女として、同性の恵美子を愛し続けなければならない。
私は、恵美子に会いたいという気持ちが、制御できないほど強くなっていった。
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