第2話 憧憬

 金曜日、2回目のデートの日が来た。

私は、午後の最後の講義を終えると、約束の滝の広場に急いだ。講義が延びたので、私は気が気で無かった。

今日は、早めに着いて恵美子を待つことが出来ないかもしれないと思った。

地下街の人ごみを掻き分けるようにして私は走った。

午後6時5分にやっとのことで滝の広場に到着した。

大勢の人が待ち合わせをしている中、恵美子の姿を私は必死で探し求めた。

しかし、恵美子はいない。

急な事情で来られなくなったのだろうか。

私は、不安と焦燥感で足がもつれそうになりながら恵美子を探した。

それほど大きくない地下の広場だったので、一周すれば恵美子がいないことは明白だった。

私は、落胆し、息を切らし、少し酸欠状態に陥っていた。

すると、私の背中が誰かにつんつんと突かれた。

 「お姉さん。5分の遅刻ですよ」

振り返ると、そこには悪戯っぽい瞳で私を見つめる恵美子が立っていた。

私は、びっくりしたが、泣き出してしまいそうに嬉しかった。

 「エミちゃん。どこにいたの? 私、もう、エミちゃんがいないから心配になって……」

 「あのね。私、隠れていたの。そうしてね。お姉さんの後ろをつけて歩いていたの」

 「もう。なんていう悪い子でしょ。この悪戯っ子め」

そう言って、私は、恵美子の手を掴んだ。そのまま、私たちは、手を繋いで歩き出した。

 「お姉さん。寮長さんにね。私、今夜、実家に帰るって、外泊の申請をしてあるの……」

私は、その言葉に胸がきゅんとした。

その日がこんなに早く二人に訪れるとは、予想もしていなかったのだ。

 「エミちゃん。それって、嘘ついたの?」

恵美子は、黙って頷いた。

 「エミちゃん。今夜は、私と朝までいっしょにいられるの?」

大きく頷き、恵美子は言った。

 「お姉さんは、大丈夫なの? 伯父さんが心配するでしょ」

 「私は、大丈夫。だって、信用されているからね。20歳過ぎたら自分で責任とれって」

 「じゃ。今夜お姉さんとずうっといっしょにいられるのね」

恵美子は、嬉しそうに言った。

 「でも、エミちゃんは、未成年だからちょっと心配。私は、いけないお姉さんだね」

 「そんなことないわ。だって私のお姉さんといっしょにいるんだもの。それに、私も来年は、もう20歳よ。少しぐらいのお酒はいけるんだから」

 「エミちゃんを、今夜、お預かりいたします」

私は、繋いでいる手に少し力を入れた。すると、恵美子も握り返してきたのだった。


 私たちは、ファストフードの店で食事をとることにした。

銀行では、お金が商品であることや、1円でも計算が合わないと合うまで再計算を繰り返し、帰れなくなることなど、店内の喧騒の中で、恵美子は快活に話した。

私は、子供っぽい恵美子と、学生とは違う社会人としての恵美子のギャップを感じた。

そして、私の知り得ない世界の話は、私にとって新鮮な刺激となって伝わってきた。

恵美子は、私に話すことが嬉しくて仕方が無いようで、次々にいろいろな話を私に聞かせるのであった。

私は、聞き役に回り、そんな恵美子を見つめた。

恵美子のメークは、この前会ったときより、今夜は大人びていた。

ブラウン系のアイシャドウは、恵美子の大きな瞳をひときわ美しく見せた。髪も軽くウェーブがかかっていて、恵美子が笑うと、それに合わせてゆっくりと揺れた。

私はというと、ストレート・ヘアをゴムでまとめてポニーテールにしているのは、いつもと変わりなかったが、今夜の真珠のピアスは、私の持っているアクセサリーの中で一番アダルトなものだった。


 しばらくして私たちは、ますます若者達で賑わい出した店をあとにした。

地上に出ると、夜のとばりが下りた繁華街は、無数のネオンサインで着飾っているようだった。

いつしか恵美子は、私の腕に手を回して歩いていた。

私は、シティホテルを目指して歩いた。二人とも押し黙ったまま歩いた。

ふと、恵美子に目をやると、不安そうな面持ちで私を見つめていた。

私は、恵美子をぐんぐん引っ張ってホテルのフロントに到着した。

 「ツイン空いてますか?」

私は、緊張していることを、恵美子に悟られたく無かったから、精一杯自然に声を出した。運良く部屋は空いていた。

そして、宿泊手続きのためサインを求められた。

私は、『松本千里・恵美子』と記入した。

恵美子は、サインを覗き込むように見て、

 「お姉さん。お部屋空いていて良かったね」

と、甘えるように言った。私も、

 「うん。良かったね」と言って微笑んだ。

キーを受け取ると、私たちは、エレベーターに乗った。

また、二人とも押し黙ってしまった。

エレベーターを降りて、絨毯の廊下をゆっくり歩いた。

そして、ドアを開けて暗い部屋に入ると、窓のレースのカーテンから外の光が薄っすらと差し込んでいた。

私の後から恵美子が部屋に入ると、私はドアのロックを行い、チェーンをかけた。

そのまま、二人は、どちらかともなく唇を求め合った。

恵美子の唇はとても柔らかかった。

さっきのバニラシェークの味がした。

私の心臓の鼓動は早くなり、身体は熱く、それは、くらくらするほどであった。

 いつしか雨が降り出していた。窓ガラスをたたく雨音がした。

雨の水滴が幾筋もガラスを伝わって流れるのが、レースのカーテンの間から見えた。私は、恵美子の身体の温もりを感じながら、喜びを全身に記憶した。

恵美子は、私の腕の中で瞳を閉じて小さな寝息をたてていた。

私は、恵美子の前髪を額から耳へ撫で上げてやった。

 「エミ。愛しているよ……」

私は、小さな声で言った。

 「エミは、私のもの。誰にも渡さないよ」

私は、恵美子の首から頬を撫でた。

すると、恵美子の閉じていた瞳が、大きく見開いた。

 「私は、お姉さんのものよ。そして、お姉さんは、私のもの……」

恵美子の手が伸びて私の頬を撫でた。

そして、再び、二人は唇を重ねた。

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