プロローグ

第1話 人生とはままならないものって、誰の言葉だったかな?

「ああ。もう!なんでこんな状況になってんだい!」


 狭いコクピットの中でヤクモ・タチカワは頭を抱えていた。通信からは悲惨な報告とも取れない叫びや嘆きが聞こえ、機体の標準装備されている360°を確認できるモニターには味方の機体や艦船が爆発に飲み込まれ、数時間前まで作業をし、生活していたデスクがある拠点も攻撃と、味方の誘爆によって残骸と言ったほうが良いだろう。


 「タチカワ中尉!操縦を代われ!アナタは基礎訓練しか受けてないだろうが!」


 「横からうるさいわ!」


 応急処置だけはしていた正規パイロットである大尉が狭苦しいコクピットの壁に貼り付けられながら、声をかける。しかし、その心配とも、文句ともとれる言葉にヤクモは怒鳴りつけて返した。

 任せろと言いたげなパイロットではあったが薬品で痛みを抑えているだけであり、腹に力を入れて声を張っているようは見えるのだが、どんなに好意的な見方をしたとしても、操縦できる身体の状態には見えることはだろう。それに今は呑気に代わっているヒマなどない。

 なにせ四方八方、光線、砲弾、ミサイル、爆発が溢れている。階級が上の大尉殿相手とは言っても、礼儀や序列を守っていたら命が助かるモノも助からない。 一通り叫んだ正規パイロットである大尉も理解している様で数度のコクピットの揺れに巻き込まれてしまうと言葉を飲み込んで黙った。


 「こんな後方の拠点が攻撃されるなんて誰がわかるってんだ。」


 いや、奇襲ってそんなもんだろう。と、ヤクモはどこか他人事のように心の中でツッコみつつも、迫る敵機を2機を流れ作業のように撃墜すると唖然とする大尉を他所に戦線を全速力で離脱するのだった。




   ―――こんな状況になる一日前。つまりは昨日のこと。






 「タチカワ中尉。昨日頼んでた仕事はどうなった。」


 いつも通り与えられたデスクの上でボンヤリしていたヤクモ。どう見ても仕事をしているように見えない彼の視界に、ヒョッコリと五十歳を少し超えた上官が現れて手を出してきた。


 「あ、はい。先程終わりました。どうぞ。」


 「相変わらず覇気やがないねぇ。仕事は出来るんだから、もう少し進んで仕事をもらったり、昇進のために頑張る気はないのかね?」


 渡されたデータの中身を確認し、呆れつつも嫌味の様な言葉をつづける上官。仕事を評価してくれるのは嬉しいのだが、他人に対して出世や自分の価値観をチクチク言ってくるのはどうにもヤクモは苦手だ。いや、この場所に来るまでに関わってしまった『意気軒昂』。もしくは『やる気満々』の連中に比べればかなりマシではあった。


 「あと数年で退官するんで大丈夫ですよ。幹部学校を卒業してから10年。そうすれば、恩給や保険もついてきますし、ある程度の仕事さえしていればノンビリ晴耕雨読の人生を送れますから。」


 軍人の名誉とか、国家への忠誠心とかに燃える崇高な軍人が居たら殴り飛ばされるような事を話すヤクモに上官は更に呆れて、次の仕事を渡して自分のデスクに戻っていった。


 「相変わらずのやる気のなさ。もったいない。統合幹部学校をそこそこの成績で出たのに、欲というか。やる気がないというのは、負けた人たちは悔しいでしょうね。」


 横のデスクにいる年上の同僚に嫌味を言われるが、


 「出世の速度は大して変わりませんよ。それに幹部学校の成績も中の上ですから、上には上がいますし、幹部学校でも目立たなかったんで。」


 中途半端な成績の人間を、そんなに気にするほどの人がいるわけ無いでしょう。と、鼻で笑って返すヤクモ。別に敵を作りたいわけではないし、自分なりに国家や自国の文化に愛着はあるが、自分が無理して行動や忠誠を尽くす気がないのだ。

 イライラし始めた同輩から逃げるために、早めの夕食に向かうのだった。




 「別に昼行灯を気取るわけでもないんだけどなぁ。」


 自室でおにぎりにかぶり付くヤクモは思わず言葉をこぼした。別にやる気ないのに出来る俺はスゲー!と格好を付けたいわけでもないし、自分の癖があって、その癖も強く見えることもそれなりに理解しているつもりだ。しかし、大部分の軍人や周りの熱量に合わせる気もない。


 「ぶっちゃけ我ながら難儀な人間なんだろうなぁ。」


 でも、改める気もないヤクモは残ったおにぎりをお茶で腹に流し込んで、仕事という名の時間つぶしに戻るのだった。







※宇宙暦・・・西暦2500年に地球連邦の結成及び月への移民が開始された事により制定された新暦。劇中の始まりは宇宙暦2500年であり、西暦ならば5000年。その中で数回の大戦争と、国家の興亡や統廃合が行われ、現在は大きく5つの勢力に別れている。


※統合軍・・・陸海空及び宇宙軍の4軍を統括する統合本部直属の軍。他の軍より一段上であり、エリートでもあり、出世や昇任の登竜門的な立ち位置ではあるが激務や妬み嫉みなどのストレスや体調不良で4軍に異動するものや、退官するものが多く、他の軍より恩給と義務期間が短い。



※2024/10/24 150字ほど修正

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