第22話
サキュバスとの戦いがあった数日後。僕はメイビスの様子を見に、彼の部屋へ行った。
「メイビス、入るよ」
部屋の中に入ると、シロエがメイビスの体を拭いていた。
「カイ氏、どうしたの?」
メイビスがそう言うと、シロエは手を止め僕の方を見た。
「体調はどうかなって、旅に出れそうかな?」
「もう大丈夫だよ。ありがとうね、心配してくれて」
「うん。じゃあ、明日にでも出発していいかな?」
「カイ氏、今からでも大丈夫だよ」
そんなやり取りをメイビスとしていると、宿屋の主人の声が部屋の外から聞こえた。
「神官様! ライカンスロープの女に客が来ていますぜ。どこにその女はいますか?」
(ん? ソプラに客? 誰だろう)
僕は部屋の扉を開け、主人に説明する。
「今、旅の準備のために買い出しに行っています。もうそろそろ戻ってくると思いますが」
「そうですか――神官様、対応してもらえませんかね。ちょっと厄介な相手でして」
(厄介? 何だろ)
「そんな大変な人が来ているんですか?」
「はい。男爵の家臣だそうで」
「男爵? ノーキン男爵の家臣ってことかな?」
「そうです。俺ら平民には上から目線でちょっと嫌な相手なんですよ。神官様なら、そうならないかと思いまして」
「わかりました。そういうことなら、応対しますね」
「ありがたい。お願いします」
僕は宿屋の主人と共に宿屋の食堂へ向かう。食堂には数名の騎士達が待っていた。
「すみません。お待たせしました」
騎士達が僕を見る。
「騎士の皆様方、ソプラ――ライカンスロープの子は買い出しに行っていまして、用件は僕の方で聞きますが」
僕がそう言うと、大柄の男が不遜な態度で言う。
「お前には用はない。そのライカンスロープの娘を早く連れてきてくれ」
「何でですか?」
「男爵様の意向だ。お前には関係ない」
「いえ、パーティーメンバーなので、関係あります。リーダーとして――」
「そんなことはどうでもいい。早く連れてこい」
(話が通じない。これか主人が言っていたことは)
僕が呆れていると、ちょうどソプラが帰ってきた。
「カイちゃん、ただいまー。あれ?」
「おかえりソプラ。この人達はノーキン男爵の騎士みたいで、ソプラに用事があるみたいなんだ」
「あたいに?」
ソプラにそう聞かれると、大柄の男が答えた。
「ソプラという者。喜べ、男爵様の令息の妾候補としてスカウトしに来た」
「へぇー。それで?」
「妾になれば、四食昼寝付きの贅沢な生活ができるぞ」
(四食か……。おやつが入っているのかな?)
「あんたたち、急に何なのさ。ちなみにその男爵令息って男はイイ男なの?」
「失礼な! 我が主を見下すとは無礼にもほどがあるぞ」
「ふーん。まっ、どっちでもいいけど。今、あたいは旅を楽しみたいの」
「いいから、準備してこい。馬車を待たせてある」
(強引だなぁ)
「カイちゃん、どうする?」
「うーん。メイビスも回復したし、どちらにせよノーキン男爵の所に行くんでしょ? 専用の馬車があるなら、それに乗っかってもいいと思うよ」
馬車に乗る前に、男爵様の騎士の一人に聞いた。何故ソプラがスカウトされたかというと、この間のサキュバスとの戦いで、槍の猛攻を躱し続ける凄い女がいたと、住民が男爵様に進言したそうだ。その説明を聞いて腑に落ちた面もあったが、彼らのこちらの意向を無視する強引なやり方には納得がいかなかった。
◆
「みんな忘れ物無いよね?」
僕らは準備をし終え、馬車に乗り込む。ノーキン男爵の所に直通なので、メイビスにとっては渡りに船だと思う。
「メイビス良かったね」
「そうだね。この町に長居したから、少しでも早く着かないと」
馬車の旅は順調。途中、魔獣が出てもノーキン男爵の騎士達が余裕で仕留めていく。僕らは何の心配をすることもなく、無事にノーキン男爵邸近くまで行くことができた。
「ここで降りろ。この先に妾の選定の会場がある」
(妾の選定?)
そんな言葉に疑問を持ちつつ、僕は馬車を降りる。
「カイちゃん。面白そうだから、ちょっと行ってくるね」
そう言うと、ソプラは騎士達に連れていかれ、建物の中へと入っていった。
「なあ、カイ。オレらも建物の中に入ろうぜ。どんな所だか、気になってしょうがない」
「まあ、いいけど」
僕らは建物の中に入ろうとするが、入り口には騎士達がいて、入れそうな雰囲気では無かった。
「カイ氏。ボクの
「そんなことできるの?」
「国立研究所にカイ氏を運んだことがあるから、たぶんできるよ」
(ああ、僕は寝ている時に
そんな話をしていると、一人の男性が僕らに話しかけてきた。
「そこの魔導師様。ひょっとして国立研究所の方でしょうか?」
そう問われたメイビスが「そうです」と答えると、その男は言った。
「遠路はるばるありがとうございます。わたしはノーキン男爵の次男のエディー・ノーキンと言います。あなた様は?」
「メイビスだよ。エディー氏、久しぶり」
「えっ。メイビスなのか? いやー、久しぶりだな」
「そうだね。数年前の
(夜会――で、メイビスは男爵令息の知り合い。ひょっとして)
「メイビスは貴族なの?」
「あっ、みんなには言っていなかったね。ボクは実家を継がない三男なんだよ」
(マジ?)
「メイビスが貴族だなんて、ビックリだよ」
「そうかな? カイ氏の父親の話を聞いたら、そうでも無いと思うんだけれども」
(はい。そうでしたね。僕の父さんは勇者パーティーのメンバーで国王陛下に信頼されていましたね)
「教授。頼んで、中に入れてもらおうぜ」
リックがそう言うと、それを聞いたメイビスはエディーに言った。
「一緒に旅をしてきた子が、ここで妾の面接を受けるみたいなんだ。みんなどうしても、その様子が見たいって」
メイビスのお願いにエディーは暗い表情をした。
「そうだったのか……。すまない」
「エディー氏、どうしたの?」
「……案内する」
僕らはエディーのおかげて、建物の中に入ることができた。
◆
「ここから見える」
エディーが連れてきてくれたのは、闘技場の一角にある割と良さげな桟敷席だった。
(うわー、たくさんいる。百人くらいかな。この中から妾を選ぶの?)
「エディー氏、ありがとうね」
メイビスはエディーにお礼を言うが、エディーの表情は暗いままだった。
「メイビス、すまない」
「どうしたの?」
「これから、彼女達は戦うことになるんだ」
(戦うって――ああ、より身体能力の高い女性を選ぶためにか)
「そうなんだ」
「「「キャーー!!」」」
メイビスがそう返事をした瞬間。女性の叫び声が聞こえたので下を見ると、オーガキングの背中が見え、闘技場にいる女性達がオーガキングに怯えているのがわかった。
(えっ、オーガキングって――まさか)
僕はエディーに聞く。
「この女性達はオーガキングと戦うの?」
「ああ、そうだ。三人から五人になるまで戦ってもらう」
(そんな――死者が出るでしょ)
僕が再び闘技場に目線をやると、戦う姿勢を見せた数人の女性の中に、ソプラがいるのが見えた。僕は思わずエディーに言う。
「どういうことだよ!」
「これが兄貴のやり方なんだ」
「エディー氏、これはいただけない」
メイビスの言葉にエディーは俯いた。
「メイビス。あのオーガキングを何とか倒せない?」
「魔法を放つことはできるけれど、外したら死者が出る」
(そうだよな。僕もホーリーアローを当てる自信が無い)
「教授さんよ。オレをあの中に
リックがメイビスに問いかける。
「できるよ」
「じゃあ、頼むわ。カイ、
リックは単騎でオーガキングと戦うつもりだと感じた。僕は彼にバフをかける。
◇◆◇◆
「何か凄いわね」
あたいは妾の候補の選び方が、どうなっているのか気になりながら歩くと、開けたところには数多くの女性がいた。
「この中からどうやって選ぶのかしら?」
会場の中にいた女性達は状況を把握したいのか、周囲の人達と相談をしていた。あたいも状況把握のために聞きたかったが、そんな時間は与えてはくれなかった。
「「「キャーー!!」」」
(オーガキング! ウソでしょ。こんなところにオーガキングがいるなんて。いくらなんでもみんな死んじゃう)
あたいは急いで前に出た。こうなったら戦うしかないとそう思ったからだ。
(一緒に戦ってくれそうなのは数人か)
オーガキングがこちらを睨む。戦う気でいる女性達も恐怖に怯えているのがわかった。実際、あたい自身も足が震えている。
(でも、やらなきゃ!)
数秒が物凄く長く感じる。あたいが構えたままでいるとオーガキングが
(マズい。逃げなきゃ)
「おう! ソプラっち! 下がりな。ここはオレがやる。女共を安全な所へ避難させてくれ」
「リックちゃん!」
目の前にリックちゃんが現れた。助かった。何とかなるかも。あたいはオーガキングをリックちゃんに任せ、会場にいる人たちに避難するよう指示をすることにした。
◇◆◇◆
「おうよ。てめぇの相手はオレだぜ」
(しまった。バフ五倍でかけてもらえばよかった)
他の女はソプラっちが何とかしてくれるだろう。オレは目の前にいるオーガキングに集中することにした。
「Uohooo!」
オーガキングの拳が振り降ろされる。オレは左後ろに避け、オーガキングの拳が地面に当たる。オーガキングの顔が地面に近づいたので、オレはオーガキングの目にを狙いを定めた。
「食らえぇ!」
オレがオーガキングの片目を潰すと、オーガキングが目を押さえながら暴れ出し、間合いに入ることが難しくなってしまった。
(やっちまったな)
そこからはオーガキングはオレだけを狙って、手や蹴りやらを繰り出してくる。
(ほいっと)
オーガキングの攻撃を躱し、チャンスを伺う。すると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お待たせ~♪ おいらも戦うよ♪」
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