第19話
「カイ氏、今いいかい?」
国立研究所での生活に慣れ親しんだ頃、僕は一階のエントランスでメイビスに声をかけられた。
「大丈夫だけど、どうしたの?」
「あのね。みんなでピクニックに行きたいなって思っているんだ」
「珍しいね。研究は落ち着いたの?」
「いや、まだ忙しいよ」
「ああ、気分転換にピクニックに行くのか」
「うん。研究に必要なダンギン石を取りに行きたいかなって思っているんだ」
(ピクニックって研究の為なんだね)
「ちなみにピクニックに参加するメンバーは?」
「カイ氏のパーティー「青りんごワイン」のメンバーかな」
「おいおい。シロエは連れていかなくていいのかい?」
「うーん。ゴブリンが出るかもしれないから、連れていくのは――」
「メイビス兄さん!」
シロエが売店からこちらに来る。
「アタシも行きたいです!」
メイビスは僕と顔を合わせてから、困った表情でシロエに言った。
「でも――」
「メイビス兄さんはアタシのことを仲間外れにするんですか!」
「メイビス、シロエもこう言っているし、みんなで行こうよ」
僕がそう提案すると、メイビスは肩を落とし、シロエがピクニックに同行することを了承した。
「カイ氏。出発は明日でいいかな?」
◆
「と、いうわけなんだ。みんなどう?」
「もちろんあたいはOK!」
「オレもいいぜ」
「私もピクニックに行きたいです」
「旦那様♪ おいらも♪」
ギルドで打ち合わせをし、今日のクエストはキャンセル。みんなで明日のピクニックの為の買い出しへ行くことにした。
「レジャーシートだろ。あと弁当はどうすんだカイ?」
「シロエに人数分のお弁当を用意してもらおうと思っている」
「そうか。それならあとは飲み物だな。エールは冷えていないから厳しいな」
「大丈夫よ、リックちゃん。メイビスちゃんは氷魔法が得意だからエールを冷やすのは朝飯前よ♪」
「そうなのか。ソプラっちがそう言うなら、エールも買っていこうか」
こうして明日の為の荷物を準備した後、僕らはギルドに戻り、受付で荷物を預けることにした。
「じゃあ、僕は一度研究所に戻るね。出発時間が決まったら連絡する」
◆
「あっ、カイ兄さん」
「買い出し終わったよ。集合場所を冒険者ギルドにしたんだけれど、シロエは場所わかる?」
「はい。ここから西に歩いて、北へ進んだ後、東に行ってから南下すればギルドがありますよね?」
(シロエ。それだとここに戻ってくるよ)
「ちょっと違うかな。西に三区画歩いてから、北に進めばギルドがあるよ」
「わかりました」
「じゃあ、メイビスに出発時間を確認して一緒に行こうか」
「はい!」
僕はメイビスに出発時間を相談する為。彼が手伝っているチームの研究室へ行く。
「すみませーん。メイビスいますか?」
何人かの研究員がこちらに振り向き、メイビスは試験管を置いてから、こちらに来てくれた。
「カイ氏。どうしたの?」
「明日の出発時間を相談しようと思って」
「朝四時にしようかと思っていたんだけれど」
(メイビス早すぎるよ。リック達が起きていないよ)
「早いな。もう少し後にしない? リック達起きていないと思うんだ」
「じゃあ、四時半でどう?」
(もう少しって三十分なんだね)
結局、僕が粘って、ギルドに六時集合となった。
「もしもし、リック。聞こえる?」
『カイか? 集合時間決まったか?』
「うん。朝の六時」
『早すぎじゃね?』
「これでも頑張ったんだよ。最初朝四時だったんだから」
『いやー、神官も魔導師の教授も朝早いんだな』
「ははは。集合場所は冒険者ギルドね」
『わかった。ソプラっちにはオレから連絡するか?』
『大丈夫よ~♪ リックちゃん、聞こえていたから』
『私も聞いていました』
「じゃあ、みんな明日よろしくね」
◆
翌朝、僕はお祈りを終え、一階のエントランスへと向かう。
「おはよう。シロエ――ん? メイビス、これ何?」
「バーベキューセットだよ。研究室で借りることができたから二セット借りてきた」
(バーベキューセット一つでいいと思うんだけど)
「合計六人だから一つで充分じゃない? 持ち運び大変でしょ?」
「大丈夫だよ。ボクの
(空の魔法? 『
そう思っているとシロエがメイビスに言った。
「メイビス兄さん。テントが無いです。二つテントを借りてきてください」
「あっ、そうだね。今借りてくる」
その後メイビスはテントを借りに行く。僕とシロエはメイビスが来るのを待ち、彼が来しだい一緒にギルドへと向かう。ギルドの入口ではメルとソプラが待っていて、ギルド受付ではリックが預けていた荷物を受け取っていた。
「おはようリック」
「おう、これで全部だ。カイ、教授は?」
「教授?」
「ああ、氷魔法の得意な教授だよ」
「メイビスのことね。それなら外で待っているよ」
「そうか。教授にエールを氷魔法で冷やしてもらいたいのだが」
「現地でもいいんじゃない?」
「そうだな。おーい、ソプラっち! 話していないで荷物運ぶの手伝ってくれ」
荷物も揃い、僕達はダンギン石のある山へと出発した。
◆
「結構、良い所だね、メル」
「はい。私の住んでいた所と雰囲気が似ています」
「そうなんだ。メルの住んでいた所も見てみたいな」
僕は山を登りながら、頭の上にクロードを乗せたメルとたわいもない話をしていた。ソプラはシロエと話していて、リックとメイビスは周りの様子を警戒しながら歩いている。
「ゴブリンが出てくると思ったけど、いないな」
「そうだね、リック」
「ん? あれは何だ?」
「何?」
リックが見ている方に視線を向けると、遠くに水色やピンク色などのスライム達がたくさんいた。
「主様♪ あれは何でしょうか?」
「何でしょう? カイ様、わかりますか?」
「スライムだよ。あんなにたくさんいるのは初めて見るよ」
「スライム! わー♪ おいら、友達になりたい!」
クロードがスライムのいる方へ飛んでいく。辺りの草を食べていたスライムはクロードの存在に気づき、驚いて蜘蛛の子を散らすように逃げた。そんな中、こぶし大の小さなスライムが石に
(ああ、そうか。スライムは火が苦手だもんな)
「クロ、こっちに戻ってきて!」
「旦那様?」
「いいから、すぐこっちに来て」
クロードは首を傾げながらこちらに来る。
「何かあったんですか旦那様?」
「スライムは火が弱点なんだよ。クロードが近づくと最悪死んでしまうかも」
「えーー! じゃあ、おいらスライムと友達になれないじゃん!」
「そういうことだ」
クロードはガックリしている。僕は残っているスライムを見ると、どうやら小さいスライムが苦しんでいるようだった。
(転んだからダメージがあるのかな?)
僕はスライムに駆け寄ると、小さなスライムの前に水色とピンク色のスライムが立ちはだかった。
「あのね。僕は回復魔法が使えるんだ。その小さな子はダメージを受けているよね。助けてあげたいんだ」
僕がそう言うと、水色とピンク色のスライムがなにやら相談し、小さいスライムの両脇へ動く。
「ありがとうね。ねえ、君。痛くない?」
小さいスライムは少しだけ頷いているように見えた。
「今、ヒールかけるからね」
僕は小さいスライムにヒールをかけると、小さいスライムは光った後、ピョンピョンと飛び跳ねた。それを見た、水色とピンク色のスライムは僕の所に来て、プルプルと震え、お礼を言っているようだった。
「もしかして、その子の両親?」
二匹のスライムはコクリと縦に動く。
「そうなんだね」
(あれ? どうしたんだろ?)
二匹のスライムが逃げたあと、また僕のところにやってくる。
「ついて来いってこと?」
あたかも「そうだよ」と言っているみたいだった。僕は少し悩み、みんなに相談した。
「スライム達がついて来いって言っているみたいなんだけど、行ってもいいかな?」
「ふぅ。オレはいいぜ」
「面白そうだから、あたい行きたい」
「カイ様。クロードがいるので、私どうしたらいいのか……」
「スライム達とある程度距離を取れば大丈夫だよ。メルも来て」
こうしてダンギン石を取る前に、僕らはスライム達について行くことにした。
草むらのエリアから森の奥へ。しばらくスライムについていくと岩山があり、僕らは洞窟らしき穴を見つけた。
「これって……」
仲間らしきスライムが洞窟の中から出てくる。何匹かのスライムはこちらを見て、僕らに洞窟の中に入るよう、言っているように見えた。
「メイビス、行っても大丈夫かな? ゴブリンの巣かも」
「うーん、どうだろ。行ってみないとわからないな」
「じゃあ、オレが偵察するか?」
「大丈夫だよ、リック。それなら僕が行く」
「そんなこと言うなよ、カイ。男ら三人で行こうや」
僕とリックとメイビスで洞窟の中へ入る。そこにはスライム達がひょこひょこと動いていて、岩肌は
「
「メイビス、これ
僕は岩肌に触れてみる。リックは物珍しそうに岩肌を観察していた。
メイビスは天井を見上げ、僕に言った。
「これだけ魔銀があったら、一生遊んで暮らせるよ」
「そうなんだ」
「どうするかな――研究所に報告するか」
僕は辺りを見回し、ゴブリンの気配が無いことを確認する。
「リックさ、ソプラ達を呼んでもらってもいいかな?」
「おう、呼んでくる」
しばらくの間、ソプラ達が来るのを待つ。視線を下に向けるとスライム達が「奥へ来て」と言っているみたいだ。どうやら僕らは歓迎されているようだ。
「わー、スゴイ。シロエちゃん、綺麗だね」
「そうですね。アタシ初めて見ました」
ソプラ達がやってきた。メルはクロードに気を使いながらこちらに来る。僕はスライムと共に奥へ行くと、そこには元気のないスライム達がたくさんいた。
(ああ、この子達も治してくれってことか)
「ちょっと待ってね。順番にヒールかけるから」
僕は一匹一匹にヒールをかけて治していく。回復した小さいスライムは両親らしきスライムに駆け寄っていき、何匹かは僕の足に絡みついてきた。
「カイ、随分と人気者だな」
「ははは、そうだね」
リックに言われ振り向くと、メイビスは顎に手をやり何かを考えている。
「こんなスライム見たこと無い。ここにいるスライムの生態はどんな感じなんだろう」
「この洞窟がスライム達の村なんだね。メイビス、ここって魔銀鉱山って言ったらいいのかな」
「うん。カイ氏の言う通り、この魔銀鉱山に棲みついているんだろうね」
魔銀鉱山の素敵な空間、僕らはまるで夜の星空の中を歩いているようだった。
「ソプラっち達、迷路みたいだからはぐれるなよ」
「わかったわ。ねぇ、メルちゃん。スライム達が怯えないように、あたいとシロエちゃんの間に入って」
スライムに連れられ、みんなで奥へ行く。そして開けた広い空間に、赤色、青色、緑色の大きなスライムがいた。
(ここの
三匹の大きなスライムは分裂し、極々小さなスライムになって規則正しく並んだ。
≪お主ら、何をしに来た≫
並んだ小さいスライムが光り、文字が浮き出る。突然のことに僕らがビックリしていると、何匹かのスライムが長に事情を話しているようだった。
≪助けてくれたのか≫
≪仲間を治してくれてありがとう≫
次々と光る文字を見て、僕は応えた。
「いえ、そんな大したことじゃありません」
≪お礼をしたいところだが≫
≪ここには何もない≫
僕は辺りの岩肌を見て、スライムの長に聞いた。
「ここの魔銀は取らない方がいいですよね?」
≪そうだな≫
≪そのままにしてもらえると≫
≪助かる≫
「わかりました」
≪それとお主らに頼みがある≫
「何でしょう?」
≪欲深き人間が多い≫
≪ここが知れ渡ると≫
≪仲間が安心して≫
≪棲める場所が無くなる≫
≪他の人間には≫
≪言わないでくれ≫
「メイビスいいよね? 研究所が調査するのはマズいと思うんだ」
「それなら国王陛下にここを守ってもらえるよう嘆願書を作ろう。国立公園に指定すれば、生態系が維持されると思う」
「あっ」
「カイ氏、どうしたんだい?」
「父さんが国王陛下と知り合いなんだ」
「えっ」
「父さんは勇者パーティーのメンバーで、国王陛下に信頼されているみたい」
「そうなのか? それならカイ氏の方で父親に頼んでもらえる? 嘆願書を作っているところを研究所の人達に見られたら、話がややこしくなる可能性があるから」
「わかった、聞いてみるよ。スライムの長、国王陛下にここを守ってもらうよう、僕の父さんに頼んでもいいかな?」
≪人間の王か――。頼めるか?≫
「はい。少しお待ちいただけますか?」
僕は念話の指輪を使い、父さんに呼びかける。
『もしもし、カイか? どうした?』
「父さんにお願いがあるんだけど」
『何だ?』
「国立研究所から少し離れた場所に、スライムの棲んでいる魔銀鉱山があるんだ。それでその魔銀鉱山のスライムを保護するために、国立公園に指定してもらうよう国王陛下に頼めないかな?」
『それは環境保全の為か?』
「そう。スライムの長からお願いされて――何とかなるかな?」
『わかった。国王陛下に話をしてみる。おおよそでいいから場所を教えてくれ』
僕は父さんに魔銀鉱山の場所を教えて、後は任せることにした。するとその話を聞いていたスライムの長に言われる。
≪すまぬな、お主。ありがとう≫
「いえ。どうなるかわかりませんが、父さんならやってくれると思います」
「カイ。ここで、バーベキューしないか? こんな綺麗な場所で食べることなんか、なかなかできないだろ?」
「リックさぁ。スライム達が火が苦手なの知っているでしょ? それに匂いに釣られてゴブリンなどの他の魔物が来たら、ここのスライムが大変なことになるよ」
「そっか――残念」
「スライムの長。そろそろ僕らここから出ますね」
≪入り口まで案内させよう≫
長はそう光ると、元の赤色、青色、緑色の大きなスライムに戻った。何匹かのスライムに命令する。僕らはそのスライムの後について行き、洞窟の入り口へと向かった。
「カイ。ちょっとだけ、魔銀を貰おうぜ」
「良くないと思う」
「バレやしないって」
「バレるとかバレないとかの問題じゃないよ」
「まったく、相変わらず堅いヤツだな」
「カイちゃん、見てみて、これ綺麗でしょ」
「綺麗だけど、小さいヤツでも持ち帰りは無し」
「えー、カイちゃんのいけず」
リックやソプラが魔銀を持って帰ろうとするので、それを阻止する。そしてしばらく歩き、僕らはようやく洞窟の入り口まで戻ってきた。
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