第19話

「ソプラ姉さん。この人達はどうするんですか?」

「そうねぇ」

「ここって公営ですよね? 町長さんに事情を聴いた方がいいと思うんですけれど」


「カイを見つけ出すことの方が先決だ。コイツらは放っておく」


 オレは嫁達と宿の食堂で夕食を摂っている。厨房にある食材を使って、シロエが夕食を作ってくれた。嫁が「私も作ります!」って言っていたが、ソプラっちと協力して全力で止めた。


「主様♪ あの白いの燃やしていい?」


「うーん」

「クロちゃん。燃やすとあたいの鼻がやられるから止めてちょうだい」

「そうですね。でもソプラさん、あれはどうしましょうか?」


 薬物の処理について嫁とソプラっちが話していたのでオレは提案する。


「使えないように床に撒き散らせばいいんじゃね?」


 ◆


 翌朝。オレらは宿を出発し、馬車の停留所へ向かう。


「メイビス兄さん、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ、シロエちゃん。メイビスちゃんは強いから、そんじょそこらの野郎なんて目じゃないわよ」


「へぇー、アイツ強いんか?」

「そう。リックちゃんより強いと思うわ」

「なら、敵には回したくないな」


 ソプラっちにアイツの方が強いと言われて正直ムッとしたが、それよりもカイだ。嫁も心配しているし、冷静になくてはならない。


「ふう、あとどのくらいで馬車が来る?」

「リックちゃん、あと三十分後って書いてあるわ」


 馬車の停留所で国立研究所へ行きの馬車を待つ。馬車が来ると、すぐさま俺らは馬車の中に乗り込んだ。


「国立研究所行きだよな。運賃はいくらだ?」


 ◇◆◇◆


『ここに寝かせてください』

『これでいいですか?』

『はい』

『彼は高位の回復魔法の使い手です。研究に役立つと思うのでよろしくお願いします』

『わかりました』

『これで、ボクはここの研究員になれますかね?』

『はい。実験が上手くいけば――上司に報告をしてから、あなたを研究所所長しょちょうに推薦したいと考えています』

『ありがとうございます。これで夢が叶えられます』


(そうか――僕は実験に使われるのか……)


 ◇◆◇◆


「お客さん。国立研究所に着きましたぜ」


 オレが馬車を降ると、目の前には城みたいな建物があった。「流石国立」と思いながら、カイが無事であることを祈った。


「リックちゃん」

「ああ、研究所の連中にカイのことを聴こうぜ」


 研究所の門をくぐり建物の入口へと向かう。建物の中に入ると売店があり、婆さんが弁当などを売っていた。


「すまん、婆さん。今いいかい?」

「なんだい? 見慣れない顔だけれど、初めてかい?」

「まあな。それで聞きたいことがあるんだが」

「歳かい? もちろん永遠の十六歳だよ」


(どう見ても十六歳じゃないだろ)


「ここに若い男が来なかったか? 優男でカイって名前なんだが」

「若い男? あぁ、魔導師が来たね。何でもここの職員になりたいとか何とか」


(アイツだ。カイと一緒じゃないのか?)


「その魔導師はどこにいる?」

「もう帰ったはずだよ」

「そうか」

「それよりも何か買っていくかい? この弁当、研究バカ達に評判がいいんだよ」

「そうだな。じゃあ弁当四つお願い」

「あいよ」


 カイとメイビスの二人が、一緒に事件に巻き込まれたと思っていたが、どうやら違うみたいだ。


「あの」

「どうしたんだい? お嬢ちゃん」

「メイビス兄さん――魔導師の方は今どこにいるかわかりますか?」


 シロエが婆さんに聞いている。


「わからんよ。それよりもアンタ、この売店の手伝いをしないかい? 跡継ぎがいなくて困っているんだよ。かわいいアンタなら研究員の男どもにも人気が出るよ。売り上げアップ間違いなし!」


(初対面なのに、スカウトするんだな。この婆さん凄いな)


「いえ、結構です」

「そうかい。気が変わったら声をかけてちょうだい」


「なあ、婆さん。さっきの言っていた魔導師以外に若い男は来なかったか?」

「少なくとも正面玄関からは来ていないね。研究員ばかりだよ」

「正面玄関――他に入口はあるのか?」

「あるよ。研究所の西側に。まあ、あそこは検体を搬入する所だから行っても意味が無いと思うけど」

「検体だと!」


 オレは婆さんに思わず詰め寄る。


「カイは――その検体とやらはどこに行く!」

「ちょっと落ち着いて。まったくもう」


 婆さんに言われて、間合いをとる。


「どこの階へ行くかはわからない。ただセキュリティーが強いから、闇雲に回っても意味が無いと思うわ」

「ふぅ。どうにかならないか、婆さん」

「そうねえ。心当たりのある研究員に聞いてみるかい?」


 オレが婆さんとやり取りをしているとソプラっちが声をあげた。


「メイビスちゃん! ここにいたの?」


 振り返るとヤツがいた。


「無事だったのね。よかった、今何をしているの?」

「ああ、夕食を買いに来たんだよ。ここの弁当が美味しいって聞いていたから」


「なあ」


 オレはメイビスに言う。


「カイはどこだ?」


 ヤツはオレに向かって鋭い視線を送る。


「知らないって言ったら?」

「てめえをぶん殴る」


「ちょ、ちょっと待ってリックちゃん。メイビスちゃんを何で殴るのよ?」

「コイツがカイを攫ったんだ。なあ?」


 オレはメイビスに問いかける。


「知らないよ」

「じゃあ、何でギルドに一緒に行ったはずのカイがいないんだ? おかしいだろ!」

「宿に戻ったんじゃない? 戻らなかったの?」

「はあ? 『これからまた情報を集めにギルドに行くから、一緒に来てほしいんだ』ってカイに頼んでいたろ! カイはどこだ!」

「面倒くさいなあ。お婆さん、今度弁当を買いに来るからまた後でね」


 メイビスがきびすを返して玄関を出ようとした。オレはヤツの背後に近づき殴りかかる。


かわされた!)


「ボクと戦うんだ。いいよ、殺し合おうか」


「リックちゃん、メイビスちゃん。落ち着いて!」

「メイビス兄さん!」


 ソプラっちもシロエもコイツが敵だってわかっていない。嫁だけだな。オレの味方なのは。


「オレに喧嘩を売ったんだ、覚悟しな」


 オレはかつて魔法使いと戦ったことがあった。魔法使いは基本的に身体能力が高くないから魔法を使われる前に一気に攻めれば余裕で勝てる。はず――、


「おりゃ!」


 蹴りを繰り出すが、余裕で躱される。とにかく懐に入らないといけない。槍を構え、ヤツの動きを読む。


(ローザ姉のときみたいに、カイを見殺しにするわけにはいかない)


 胴に槍で突きを入れるが、氷の板が現れてダメージを与えられない。


「ちょっとリックちゃん! 止めて」

「ソプラっち! カイの命がかかっているんだ!」


 玄関前の庭での戦い。時間をかけてしまったら負ける。


『アイシクルランス!』

「ふっ!」


 目の前に現れた氷の槍を、槍でさばくく。思ったよりも攻撃が速い。


(コイツ強い)


「おりゃ!」


(これも躱されるのか――)


 ヤバい。このままだとヤラれる。そう思っていると嫁の顔が浮かび、恥を忍んで彼女に頼んだ。


「嫁さん! コイツの氷を何とかしてくれ!」


 次の瞬間、クロードの炎がメイビスに襲い掛かる。ここはクロードと一緒に戦わないと勝てないだろう。


(何で無傷なんだよ)


 炎が消えたあとには、何食わぬ顔をしたヤツがいた。


凍結フローズン!』


 足に氷が纏わりつく。足を取られたんじゃ、もう勝てない。


(ソプラっち、何してんだよ! 仲間だろ!)


 クロードの援護があって、足に纏わりついた氷が解けていく。


「ちょっと! メイビスちゃんも止めて!」

「邪魔するなら、ソプラ氏にも容赦しないよ」


 今の戦力じゃコイツに勝てない。せめてカイのバフがあれば――。


(こん畜生ちくしょう!)


「主様! ホント、あの人に攻撃し続けていいの?」

「カイ様の命がかかっているの!」

「わかったよ♪」



「みんな何をしているの? こんなところで派手に喧嘩しちゃマズいよ」



 カイの声が聞こえた。声のした方を見ると、カイの姿があった。


(生きてた――無事だ、良かった。はっ!)


 危ない。戦っている最中さいちゅうだった。オレがメイビスに向き直すと、ヤツは何故かポカーンと啞然あぜんとした表情をしていた。


「何でここに?」


 そうメイビスは呟く。


「まあまあ、説明するから。取りあえず喧嘩は止めて」


 ◇◆◇◆


 僕はリック達の喧嘩を止め、売店の近くにある椅子に座る。僕の両隣にメルとリック。メイビスの両隣にはソプラとシロエが座った。


「どこから言えばいいかな――まず、僕は彼に眠らされてここに連れてこられた」


 ソプラとシロエは信じられないといった表情をしている。


「彼がここの職員になるためには、この研究所に役立つこと、協力することが必要なんだ」


 メイビスは俯いている。


「協力したからって、職員になれるとは限らないけれど、彼はどうしてもここで研究したいという思いが強かったんだと思う」

「それで、カイは実験台になるつもりなのか?」


 リックからそう聞かれたので、僕はみんなに言う。


「実験台というよりかは、僕にしかできないっていうか――」


 僕は研究室での出来事を話し始めた。


 ◇◆◇◆


「うっ、うーん」

「気づきましたか。聖者様」

「ん? 聖者?」

「はい」


 僕はベッドから体を起こす。


「あなたは?」

「申し遅れました。わたくし、この研究所の研究員で第三班の班長をしている者です」

「そうですか」

「聖者様。起き抜けのところ申し訳ありませんが――」

「何ですか?」

「聖者様の黄金おうごんすいを頂ければと思いまして」

「黄金水?」

「はい。平たく言うとオシッコでございます」

「はい?」

「我が班では、戦闘時に自動回復するポーションについての研究をしています。そのポーションの材料として、高位の回復魔法の使い手のオシッコに着目しました」

「はぁ……」

「本当は聖女様の黄金水が良かったのですが」


(ダメでしょ、それは。研究とはいえ変態だよ)


「聖女様が行方不明で、自動回復するポーションの研究ができないままでいました」

「はい……」

「そこで、聖女様の代わりに高位の回復魔法の使い手を探していたんです」

「そうなんですね」

「聖者様は『女神の息吹ゴッドネスブレス』を使えると聞いたのですが」

「そうですが、もうその魔法は使いません」

「そうでしたか」

「そうです。命を削る魔法なので」

「やはり、聖者様は高位の回復魔法が使えるのですね」


 どうやらこの研究室では様々な種類のポーションについての研究をしていて、その中でも自動回復ポーションの研究がとどこおっているらしい。そこで何かないかと思案したところ、回復魔法の使える人を見つけて協力を仰げばよいと考えたらしく、そこで僕に白羽の矢が立った訳だ。

 研究で使いたいものは、オシッコの他に、髪の毛、爪、お風呂の残り湯など、マニアックなものが多かった。


「おお! 回復魔法だけでなく付与術エンチャントも使えるのですか!」

「そうですね。付与術エンチャントは父譲りで」

「そんなに優秀なお方なら、是非とも子種の提供もお願いしたいです」


(子種ってアレだよな。断ろう)


「それはできません。僕には妻がいますので」

「そうでしたか。では離婚なさってはいかがでしょうか? 奥さんがいないなら大丈夫ですよね?」


(ああ、この人マッドサイエンティストだ。研究が楽しくて仕方ないんだな)


「離婚しませんし、子種の提供もしません」

「そうですか――残念です」


 ◇◆◇◆


「といった感じなんだ。リック達が喧嘩をしていた状況をみると、彼は僕の体を検体として実験台にするものだと思い込んでいたみたいだね」


 僕がメイビスを見ると「そうです」といった目をしていた。


「それで。カイはどうするんだ? まさか、コイツの研究者への道を開くために、全力で研究に協力するわけではないだろうな? って、お前のことだから協力するんだろうな」


「うん、そのつもり。それでメルに相談なんだけれども」

「カイ様、何でしょうか?」

「しばらくここで寝泊まりしようと考えているんだ。もちろん日中はメルと一緒に過ごす。夜遅くから明け方までの時間は離れてしまうけど。どうかな?」

「はい。念話の指輪もありますし、カイ様がそれを望んでいるのなら大丈夫です」

「ありがとうね。メル、愛しているよ」

「はい、私も愛しています」


「カイも嫁も、ここでのろけないでくれる? 恥ずかしいんだけれど」


 この後もみんなと話し合い、僕らはしばらくこの町に滞在することにした。


 ◇◆◇◆


 午前五時 起床 採尿、瞑想、お祈り。


「今日はクエストの日か」


 ◆


 午前七時 売店へ


「シロエ、おはよう」

「おはようございます。カイ兄さん」

「メイビスは来た?」

「いえ、まだです」

「早く捕まえないと、女子研究員に取られちゃうよ」

「もう! やめてください」


「カイ氏、おはよう」

「おはよう、メイビス。昨日遅かったって聞いていたけど早いね」

「研究がイイ感じなんだ。鉄は熱いうちに打て。かな」

「そうなんだ。頑張ってね」

「ありがとう、カイ氏もね」


 ◆


 午前八時 ギルドにて


「おはようメル」

「カイ様。おはようございます」

「リック達は?」

「ソプラさんは遅れてきます。リックさんは見ていません、おそらく娼館に泊まったかと」

「ははは、リックは相変わらずだね。クエストボードを見に行こうか」

「はい」


 ◆


 午前九時 クエスト


「Sランクは遠いなぁ」

「どうしたの? リック、Sランクとかこだわってなかったじゃん」

「アイツに歯が立たなかったのが悔しくてね」

「確かにメイビスは強かったね」

「今日は暴れてやる」

「ははは」

「サポートよろしくな」

「わかっているよ」


 ◆


 正午 ギルドにて昼食


「思ったより、魔石取れたね」

「カイちゃん。あたい欲しい物があるんだけど」

「欲しい物?」

「オリハルコン製のメリケンサック♪」

「あと靴もでしょ」

「動きにくくなるから、靴は無くてもいいかな」

魔銀ミスライル製なら軽くて動きやすいと思うよ」

「そうねぇ。考えてみる」


 ◆


 午後 メルと街散策


「あれが食べたいです!」

「クレープか」

「何にします? 私はチョコクレープにします」

「じゃあ、僕はバナナクレープで」

「二人で半分こにしましょうね♪」


 ◆


 夕方 みんなで夕飯


「シロエとメイビスはジュースでいいんだよね?」

「はい」

「それでお願い」


「リックは?」

「いつものエールで」


「ソプラは?」

「ワインを貰おうかしら」


「メルは紅茶でいいよね。すみませーん! 注文いいですか?」


 ◆


 夜 研究所にて 入浴、採尿などをしたのち、聖典を読む。お祈り。


「それでさ――メル聞いてる?」

『えっ』

「どうしたの?」

『話が飛びますけど』

「うん」

『子供が欲しいかなぁって』

「メル、旅の途中だからね。落ち着いてからでも」

――――――私は早く欲しいのに

「えっ、何?」

『何でもないですよーだ』


 こうして今日という日が終わる。


「おやすみ。メル」

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