第17話

 シロエが同行することになってからは、野営で一晩過ごすことを避け、できるだけ馬車で移動することにした。馬車の出発まで町に数日留まることも増えて、国立研究所までの道のりに時間がかかるようになったが、これも旅なので充分に楽しもう。


「カイさんは回復魔法を使えるんですね」

「うん。そうだよ」

「アタシ、聖女見習いなのに回復魔法を使えないんですよ」

「そうなの?」

「はい。噂によると聖女見習いでも使える人がいるみたいで、何だか羨ましいです」

「そうなんだ。なんなら僕が回復魔法を教えようか?」

「いいんですか!」

「うん。母さんに回復魔法を教わったからね。教えられるよ」

「やったー!」


 ◇


「ソプラっち。何だか嫁がふくれっ面しているんだけど」

「あっ、ホントだ」

「何であんなに不機嫌なんだ?」

「きっと、カイちゃんがシロエちゃんに付きっきりだからだと思う。ほら、クロちゃんもシロエちゃんの頭の上に乗っかっているし」

「なるほど。嫉妬か」

「自分の周りにいた人が他の人のところに行ったらそうなるわよ」

「おい、すごい形相でカイのことにらんでいるぞ」

「あたい、声かけてくるわ。メルちゃーん!」


 ◆


「じゃあ、宿を探すか」


 僕らは町から町へと旅を続ける。町に着くといつものようにリックがそう言い、宿を探すことに。


「この町の雰囲気独特だね」

「そうですね。カイ様」


「なんか不思議な匂いがするわ」

「そうなのソプラ?」

「えぇ」


「カイ。ここの宿なんてどうだ? 公営って書いてあるし」


 宿を見つけ、僕らは部屋を取る。お腹もすいていたので、一階の食堂で食事を摂ることにした。


「はい、お待たせ。ランチセット五つね」


 ランチセットがテーブルに運ばれてからすぐに、ソプラが僕らに言った。


「なーんか、変な匂いがする」

「そうなの?」

「うん。よくわからないけど、食べ物の匂いとは別の匂いがするの」

「そうなんだ」


「旦那様」

「何? クロ」

「おいらもオカシイと思う」

「そうなのか」

「うん。だからね――」


 次の瞬間、炎が立ち上がる。クロードがやらかしたのがわかり、見るとランチセットは黒焦げになっていた。それを見てメルが怒る。


「クロード。勝手なことをしない!」

「でも主様。この食べ物オカシイよ」


「お客さん! 何があったんだ?」


 店の人が険しい表情でこちらに来た。僕は慌てて弁明をする。


「す、すみません。口喧嘩をして魔法を使ってしまいました」

「(ちっ)そうなのか」

「はい。他のお客さんにも迷惑をかけると思いますので、一旦外へ出ますね」

「他の客のことは気にせんでいい。代わりを持ってくるぞ」

「いえ。迷惑だと思うので、一度ギルドに行きます」

「あいよ。気をつけてな」


(まあ、悪態をつくのもわかる。ホントごめんなさい)


 ◆


 昼食を後回しにし、僕らはギルドへと向かう。歩きながら周りを見て感じたことは、この町は他の町より何故かピリピリとした雰囲気を帯びていることだった。


「ソプラ、さっきの食事のことなんだけれども」

「カイちゃん、どうしたの?」

「何かおかしいって言っていたでしょ?」

「そう、あれは変だわ」

「そのことについてギルドで情報収集したいのだけれども、どうかな?」

「いいわよ」


「オレもいいぜ」

「私も大丈夫です」


 クロードはメルに「カイ様を無視してはダメでしょ」と言われていたが、気にせず楽し気にメルの周りを舞っている。僕らは食堂をあとにし、ギルドへと向かった。


 ◆


「すみません。魔石の換金をお願いします」

「はい。魔石をここに出してください」


 いつも通りギルドの受付で魔石を取り出す。


「少々お待ちください」


 魔石の換金が終わるまで待っていると、ソプラが男の冒険者から声をかけられていた。


「ソプラ氏」

「えっ。メイビスちゃんじゃない!」

「久しぶり。元気だった?」

「この通りピンピンしているわよ。他の人は?」

「あぁ。ボク以外のパーティーメンバーは死んだよ」

「えっ」

「ダンジョンで女の人を助けてさ。助けてくれたお礼にエッチなこと沢山してあげますからって言われて、みんな宿屋に戻ったんだ。ボクは丁重にお断りをして、図書館で調べものをしていたんだけれど、宿屋に戻ったらみんなミイラになっていたよ」

「ミイラ?」

「サキュバスの仕業だと思う。おかしかったんだよ、ダンジョンの途中で女性が一人で倒れているなんて」

「そう……。じゃあ、メイビスちゃんは今一人なの?」

「うん。ところでこの人達は?」

「あたいのパーティーメンバー。あっ、シロエちゃんは違う」


 シロエは嬉しそうな表情で、メイビスに話しかける。


「メイビス兄さん、お久しぶりです」

「久しぶり。元気だった?」

「はい」

「あれ? 確か教国へ行ったはずだったよね?」

「途中で馬車が襲われ、攫われて奴隷になっちゃった。ははは」

「奴隷って」

「殺されそうになったところをソプラ姉さんが助けてくれたんです」


「あたいだけじゃないわよ。パーティーメンバーを紹介するね。この人がリーダーのカイちゃん」


 僕はメイビスを見る。見覚えのある顔で、確かソプラが追放されたときに、追放に反対していた人だ。


「初めまして、カイと言います」


「で、この槍使いがリックちゃん」

「槍使いじゃなく、ランサーな。おっす、よろしく」


「ハーフエルフのメルちゃん。カイちゃんの奥さんなの」

「初めまして」


 クロードが紹介されるのかなと思っていると、メイビスが自己紹介をした。


「初めまして、ボクはメイビス。ソプラ氏とは前にパーティーを組んでいたんだ」


 僕はメイビスの今のパーティーメンバーが気になって彼に聞いてみる。


「他のパーティーメンバーはどこにいるんですか?」

「今はパーティーを組んでいないよ。もう組まないと思う」

「組まない?」

「Sランクを目指していたんだけれど、目指すとなるとクエストの難易度が上がってね。死ぬ可能性が高くなるって感じたからね」

「ああ。確か、国立研究所の研究員になるのが目標でしたよね?」

「何でそれを?」

「ソプラから聞きました」


 メイビスの話によると、Sランクに上がるのがキツイと感じていたところパーティーメンバーが亡くなったので、研究員になるための別の方法を探しに、この町に来たのだと言う。


「薬の研究で猛毒かどうか調べるために検体が必要なんだ。聞くところによると、この町から国立研究所に検体がたくさん送られているらしい。その情報を集めようと思ってギルドに寄ったんだ」

「そうなんですか。それで何かわかったのですか?」

「この町のゾンビ通りにいる人達が検体として送られるらしい。今からそこに行こうと思ってね」

「ゾンビ通り……」


 僕はこの町の独特の雰囲気がそのゾンビ通りによるものだと思い、みんなに言った。


「みんな、そのゾンビ通りに行かない? ちょっと気になったんだ」

「いいぜ。どうせカイのことだから、ゾンビを何とかしたいって思っているんだろ」


 僕らはギルドをあとにし、ゾンビ通りへと向かう。ゾンビ通りに差し掛かる手前で、ソプラが言った。


「あの匂いがする」

「あの匂い?」

「そう、食事をしようとしたでしょ? あの食べ物から感じた微かな匂いと同じだわ」


「ほう。ソプラっちがそういうのなら、メシは食べなくて良かったな。オレらゾンビになってたかもしれん」


 リックの言葉で、僕は背筋が凍った。もし食べていたら、そしてあの食堂で食事をした人達がゾンビになったと思ったら気が気でなかった。


「ねぇ、クロードはどう思う?」

「同じ匂いだよ♪ 主様」


 そんな話をしていると、僕らはゾンビ通りに着いた。そして僕は通り様子を見る。


(なんだこれ……)


 そこには立ちながら上半身を揺らしている人達がいた。口からよだれを垂らし目は死んでいて、生きてはいるが、まるでゾンビのようだった。


「薬物中毒者か――」

「メイビス、何か知っているの?」

「ある薬を過剰摂取すると、あんな感じになるって聞いたことがある」


 僕らはゾンビ通りを歩く。僕はどうしてもこの人達を救いたかった。


「キュアをかければ助けられるかな」

「ちょっと待てカイ、薬をやっているヤツらを助けるのか?」

「うん。もしかしたら宿屋の食事が原因でゾンビにされたのかもしれないから」


 僕は立ち止まっている人達にキュアをかけるが、効いている感じはしなかった。


(父さんとの約束で「女神の息吹ゴッドネスブレス」は使えないしな――そうだ)


「もしもし、父さん。カイだけど」

『久しぶり。どうした?』


 僕は念話の指輪を使い、父さんにこの人達を救える方法があるかどうかを聞いた。


『救えるかどうかはわからないが、薬の効果にデバフをかけたらどうだ?』

「デバフ?」

『魔法にもデバフが効くだろ。薬にもデバフが効けば、デバフとキュア組み合わせで回復するのでは? お前両方使えるだろ』

「わかった。やってみるよ、父さん。ありがとう」


 父さんとの話を終えると、リックが声をかけてきた。


「カイ。まさか『女神の息吹ゴッドネスブレス』を使うつもりじゃないだろうな?」

「それは使わないよ」


 僕は父さんの言ったことを試してみる。数人にデバフをかけながらキュアをかけたが、助けることができた人とそうでない人がいた。きっと、薬を摂取してから長い時間が経った人には魔法をかけても効果が無いのだろう。


「カイ様。この人達はどうするんですか?」

「たぶん意識が無いだけだと思うから、あとで町の人達に声をかけて助けてもらおう」


 メイビスがいぶかしげに僕を見ているような気がしたが、助けられる人は助けようと通りにいる人達に魔法をかけていった。


「カイ、大丈夫か? 魔力切れ起こす前にやめろよ」

「わかった。もう今日はやめるよ」

「助けることも大事だが、宿屋のヤツらに事情を聴かないとな」

「そうだね」


 僕がリックと話をしているとメイビスが僕に話しかけてきた。


「ねえ」

「何?」

「これからまた情報を集めにギルドに行くから、一緒に来てほしいんだ」

「いいけど」


「カイ。じゃあ、オレらは先に宿屋に戻るわ」

「カイちゃん。メイビスちゃんをよろしくね♪」


 リック達を別れ、僕はメイビスとギルドへ向かう。


「次を右に曲がると近道なんだ」


 そう言われ、ついていくと狭い路地に入った。


安らかなる眠りデープ スリープ


「えっ」


 急にまぶたが重くなり、僕はその場に倒れ込んでしまった。


「すまん。悪く思わないでくれ」


 ◇◆◇◆


 オレらはカイ達と別れ、宿屋へと向かった。


「証拠を見つけないとな。どこにあるんだろ」

「そうね。あたいの嗅覚でも、ランチセット以外あの匂いを感じなかったから、見つけるの大変かも」


 ソプラっちと話しながら宿屋に着くと、早速宿屋の主人の所へ行った。


「よう。マスター」

「いらっしゃい。どうなされましたか?」

「聞きたいことがあるんだ、正直に答えてくれ」

「何でしょ?」

「ゾンビ通りのゾンビを作っているのはお前らか?」


 店主は眉をひそめ、答えた。


「何を言っているんですか、お客さん」

「ここのメシを食わせてゾンビにしているんじゃないかって、言っているんだよ」


 店主の眼光が鋭くなる。


「さて、何のことだか」

「ちょっと厨房を調べさせてもらうぞ」

「お客さん。そんな勝手なことされたら――」


 オレは店主を羽交い絞めにして、ソプラっちに言う。


「ソプラっち。厨房の方をよろしく」

「OK!」


 笑顔でソプラっちは食堂を通り抜け、厨房へと進む。調理人が数名いたが気にせず薬を探し始めた。


「どこかしら?」

「ちょ、ちょっと勝手に入ってこないでください」

「いいじゃない? クロちゃんお願い♪」


 クロードが炎を見せて、調理人を脅す。


「主様♪ こんな感じかな♪ 前よりコントロールが上手くなったでしょ♪」


 嫁は苦笑していた。それからソプラっちが言う。


「じゃあ、みんなで探しましょう」


 ソプラっち達の様子をしばらく見る。嫁は調理器具に興味津々で薬を探しているようには見えなかった。


「主様♪ 主様♪ おいら床を見つけたよ♪」

「床?」


 嫁とクロードの話を聞いて、ソプラっちがクロードの真下にある床を調べ始めた。


「これって、開くんだ」


 ソプラっちは床の扉を開け、中を物色する。


「リックちゃん! 白い粉があるわよ。きっとこれが原因」


 ◆


「こんなところか」


 オレは店主と調理人を縄で縛り、床に転がす。


「リックちゃん、これからコイツらどうするの?」

「カイが戻ってきてから話し合おう。それまで部屋で待機で」

「わかったわ」


 各自部屋に戻り、カイの帰りを待つ。夕方になっても帰ってこなかったので、オレは念話の指輪でカイに連絡をしてみた。


「カイ。聞こえるか。今何してんだ?」


 返答が無い。なので嫁のところに行き、カイのことを聞いてみた。


「リックさん、どうしたんですか?」

「カイのヤツ、帰ってこないだろ。念話の指輪を使ってみたが連絡が取れないんだ」

「えっ」

「嫁は特別なヤツを持っていたよな」


 嫁はカイとお揃いの念話の指輪に向かって、話しかける。


「カイ様。カイ様。どこにいますか?」


 しばらく待ってみたが返答は無かった。嫁が不安そうな表情を浮かべる。


「マズイな。事件に巻き込まれたかもな」


 ◆


「えーー! カイちゃんと連絡が取れないって!」

「そうだ」

「じゃあ。メイビスちゃんも事件に巻き込まれたかもしれないってこと?」

「まあな。それより、カイを探しにいこう。ソプラっち、カイの匂い覚えているよな?」

「だいたいわね。メルちゃん、カイちゃんのパンツ貸して」


 オレらは宿屋を飛び出し、カイを探しにいく。ソプラっちはカイのパンツを嗅ぎながら、早歩きで歩いていく。


「こっちね」


 ソプラっちについていき、しばらく歩くと、着いたところは馬車の停留所だった。


「攫われたってことか」

「リックさん――それって」

「ああ、事件に巻き込まれた。嫁は心配だと思うが、カイのヤツなら、しぶといから何とかなっているって」

「そんな……」


 明らかに嫁は落ち込んでいた。


「リックちゃん、もう今日は馬車が無いみたい。どうする?」

「どうするもこうするも、行き先もわからんし」


「リックさん。カイ様は通りの人達を助けていましたよね? あの人達が近々ちかぢか検体として研究所へ送られることを考えると、この町にいないなら、そこへ連れ去られたのではないでしょうか?」


「カイが研究所の邪魔をしたってことか――それが一番可能性が高いか。仕方ない、宿屋に戻って一晩過ごそう。ソプラっち、次の馬車の出発時間はどうなっている?」

「ちょっと待ってね、時刻表見てみる――明日、朝早くにあるわ」

「わかった。明日の朝一で国立研究所へ向かおう」


 ◇◆◇◆


(ここは?)


 ぼんやりと目を開けると、ここが馬車の中だというのがわかった。何でここにいるのか思っていると、


安らかなる眠りデープ スリープ


(そうか。コイツにやられたんだ)


 反撃することもできず、僕は深い眠りにいざなわれていった。

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