第14話

「この先に私の幼馴染、エリックの家があります」


 僕らはローザの実家であるミレー子爵邸へ向かう途中、ローザの幼馴染の家に寄ることにした。ローザと共に幼馴染の家に近づく。そこに着くと男の人が庭で何やら作業をしていた。そしてこちらを見て驚く。


「エリック! エリック! こっちに来い!」


 男の人が大きな声で叫んだ後、家から一人の少年が出てきた。


「エリック!」


 少年が出てくると同時に、ローザは少年に駆け寄る。


「ローザ?」


 ローザはエリックの胸に飛び込む。エリックは驚いていた。


「ローザ、生きていてたの? 死んだって聞いていたんだけど」

「うん、生きてる。お化けじゃないよ」

「良かったぁ。無事だったんだね」


 エリックからは安堵の表情が伺える。


「私、お義母達によって、娼館に売られたの」

「娼館に売られた? どういうこと? ローザ」

「お義母達が贅沢な暮らしを続けていて、宝石やドレスなどを買うためのお金が無くなったみたいなの。それでお金を工面するために、私が売られたの」

「なんてことを」

「うん」

「とにかく無事で良かった」

「あのね。あの人達が助けてくれたの」

「そうか……ローザを助けてくれてありがとうございました」


 エリックがこちらを見て、頭を深々と下げる。


「ローザはこれから子爵邸に戻るのかい?」

「ううん。あんなことがあったから行きたくない」

「じゃあ、うちに来ないか? ローザと結婚したい」

「ごめん」

「えっ」

「エリックとは結婚できない」


 ローザは俯き、エリックはショックを受けているようだった。


「なんで……」

「私、娼館にいたから、ここに来るために身請けされることを選んだの。だから、あそこにいる人の専属嬢なんだ」


 エリックはこちらを見る。そしてリックから、


「そうだ、オレが買った。彼女はオレの専属嬢であることは間違いない」


 エリックの表情は青ざめている。


「あの人に抱かれたのか……」


 時間が止まる。エリックはローザを離し、リックの所まできた。


「あなたがローザを買ったんですよね?」

「ああ、そうだ」


「お願いです。お金を払いますから、彼女を自由にしてください」

「エリック! 私、白金貨二枚で買われたの。そんなお金ないでしょ?」


「白金貨二枚……ホントなのですか?」

「そう、白金貨二枚だぞ。引き渡すのなら白金貨二枚を払ってくれ」


 エリックは俯いたあと何かを決心して、リックを見る。


「お願いです。家を売るよう両親に頼みます。時間がかかっても白金貨二枚を用意しますので、彼女を自由にしてください」


 リックは僕らを見る。そしてそのあとエリックに言った。


「そうだな――、このあとオレら、ローザの実家に行く。義母ってヤツがムカつくから、オレらがぶっ潰す。金品を巻き上げるから、足りない分の差額を払ってくれ」

「えっ。差額でいいんですか?」

「ああ、そうだ」

「是非お願いします!」


 リックはエリックとのやり取りを終え、こちらに戻ってきた。


「リックちゃん。突っ走りすぎ」

「ソプラっち、ごめん」

「あたいら、そこで暴れなきゃいけないんでしょ?」

「すまん」

「まったくぅ」


「カイ」

「いいよ。これも何かの縁、人を殺さなければ手伝うよ」

「すまない」

「だってそうしないと、貸したお金返ってこないんでしょ?」


 リックは苦笑いしている。


「申し訳ない。利子付けて返すから」


 クロードはメルの周りを舞っている。エリックはローザの元に行き、手を繋いだ。エリックの案内で家に入り、これからのことを話し合うことにした。


 ◆


 エリックの家のリビングで、リックはローザに話しかける。


「ローザを嵌めたのは義母でいいんだな?」

「そうです。でも夕食で襲われた時、周りの人は誰も助けてくれませんでした」

「そうか……。そこにいたのは?」

「お義母様の他にはお父様とお義姉様がいました。それと給仕きゅうじの人達も」

「そうか……じゃあ、捕まえるのは親父も含め三人でいいんだな? 給仕のヤツらは立場が弱くて何もできないだろうから」

「そうですね……私を売ることを決めたのは、あの方達ですから」


 僕らはローザを連れて、ミレー子爵邸に行くことにした。そのことを聞いた彼女の表情はすぐれない。だが捕まえる義母達が誰だかわからないから、子爵邸に行きたくはないだろうけれど、彼女に協力してもらうようお願いした。


「俺も行きます。ローザを不安な気持ちにさせたくない」

「エリック……」


 ◇◆◇◆


「ソプラっち」

「どうしたのよ?」

「ローザの、いやクズ達を、オレとソプラっちでやっちまおう」

「どういうこと?」

「ローザがそいつらを裁けば、彼女はこれから先、罪悪感に苛まれるかもしれない。それとカイに相談したら、神とか何とかでこいつらを許そうとするだろう。だからオレらで汚れ役をやらないか?」

「そうね。カイちゃんには返しきれない恩があるし、いいわよ」


 ◇◆◇◆


「お母様、ローザはどのくらいの値段で売れたのでしょうか?」

「金貨百五十枚よ。思ったよりも高く売れて良かったわ」

「すごーい。お父様にも言わなきゃ」

「これから言うわ」


「どうした? 二人して笑顔で。あっ、そうかローザのことか。どのくらいで売れたんだ?」

「金貨百五十枚。これで新しい宝石も買えるわ」

「おいおい。宝石は沢山あるだろう、夜会用のドレスの新調や化粧品に使う方が優先だろ」

「あなたはわかってないわね。王族や公爵家と繋がりを持つには、財力があるってアピールしなきゃいけないのよ。この子の婚約者はまだ決まっていないんだから」

「ははは、そうかそうか。王族と婚約したら最高だな」

「ふふふ。でしょ~」


「お母様、私、部屋に戻っていますね」


 ◇◆◇◆


「ローザ。ここの邸宅がそうか?」

「はい」


 僕らはミレー子爵邸に着いた。豪勢な建物の中には、給仕の人達が働いているのが見える。そしてクロードはメルの所から飛び立ち、僕らの計画無関係に邸宅の中へと勝手に入っていった。


「メルさ、クロに勝手に行動しないでって後で言ってくれる?」

「はい。わかりました、カイ様」


 クロードが行った後、僕らも玄関へと向かう。すると建物からクロードが現れ僕らの所に戻ってきた。


「主様!」

「クロード。どうしたの?」

「おいら、中にいるみんなが外に出るよう、いろいろな部屋に火をつけたんだぁ。ほめてほめてぇ♪」 


(あああ、何してんだよ!)


「クロ。部屋に火をつけちゃったの?」

「そうだよ、旦那様」

「あのね。家は普通燃やしちゃダメなの」

「えーー、ダメなの?」

「そう。住むところが無くなるでしょ」


 メルは抱き着いていきたクロードを宥めている。


「カイ。交渉は後にしよう、とりあえず中にいるヤツの救助だ」

「わかった。ソプラ! 両親が出てきたら、捕まえといて」

「OK!」


 僕とリックは子爵邸の中に入っていく。そして大きな声で、


「火災だ。みんな逃げろ!」

「早く逃げて!」


 給仕の人達は驚いて、顔を見合わせている。彼女達は状況がつかめたのか、屋敷の中にいる人達に声をかけていた。


「上に行こう!」


 一階、二階は大丈夫であろう。僕らは三階に上がり、各部屋を回ってみた。


「火災だ。お前ら逃げろ!」

「えっ、火災ですか?」

「そうだ。だから早く――」

「お嬢様が――行かなきゃ」


 給仕の人がどこかに行こうとしている。それをリックが止め、こう言った。


「そいつはオレが助けるから、お前ら早く逃げろ」

「あ、あ、この上の部屋にいると思います」

「わかった。カイ! 行くぞ!」


 ◇◆◇◆


(お母様はホント宝石が好きなのね。私は宝石よりも良い人に出会いたいけど)


 お金のことを話した後、私は部屋に戻りベッドの上でくつろいでいた。


(そうだ。ローザのドレスも仕分けしないとね。私に合うドレスはあるかな……)


 私は奥にあるローザの部屋へと行った。部屋の中に入り、ローザの私物を物色し始める。


(やっぱり落ち着いた色のドレスが多いわね。もう少し豪華なドレスは無かったかしら)


 ドレス探しに夢中になっていると、後ろの方からパチパチとした音が聞こえた。


(なんだろ? えっ)


 振り返ると部屋の入口に炎が上がり、その周辺も火で覆われていた。


(ウソ……)


 突然のことで私は呆然としてしまったが、逃げ場所が無い。絶望した。これから焼かれて死ぬんだと……、


「あ、あ、だ、誰かー!」


 ◇◆◇◆


(火がだいぶ回っている……)


『誰かー!』


 僕らが上の階に上がると奥にある部屋の扉が物凄い勢いで燃えている。そしてその部屋の方から女の人の叫び声が聞こえた。


「カイ! 急ぐぞ」

「わかった」


 リックが炎の中に飛び込み扉を壊す。遅れて部屋に入ると部屋一面が炎に覆われ、その奥に女の子がいた。


「落ち着け、今助ける。カイ、ホーリーアローを壁にぶっ放してくれ!」

「壁に?」

「そうだ。そこから飛び降りる」

「わかった『ホーリーアロー!』」


 僕は壁に向かって、ホーリーアローを放つ。壁が音を立てて崩れていくと同時に、リックは女の子の元へと行った。


「ここから飛び降りるぞ」

「えっ」

「聞こえたのか?」

「でも……」

「じゃあ、オレに捕まれ。衝撃を吸収してやる」

「え、え」

「もう! 抱えるぞ」

「ひぃ」


 リックが女の子をお姫様抱っこしている。僕も飛び降りるため崩れた壁の所へ行った。


「リック、大丈夫なの?」

「お前がヒールしてくれれば大丈夫だ」


 リックの判断に驚いたが、すぐに僕らはそこから飛び降りた。


(痛っ!)


 地面についたとたんに足に衝撃が加わった。骨が折れていないことを確認し、リックの所へ行く。


「カイ。いてぇんだ。早くヒールを」


 僕は急いでリックにヒールをかける。リックのしかめっ面が消えると、女の子がリックに声をかけた。


「大丈夫ですか!」

「大丈夫だ。それよりここから離れよう」


 ◆


 僕らは子爵邸の敷地から外へ出る。するとそこにはソプラがいて、ローザの両親と思われる人たちが縄で縛られていた。


「リックちゃん、カイちゃん、この人達がそう。その子は?」

「ここの令嬢だと思うぞ。なあ、そうだろ?」


「はい。お父様とお母様は……」


「貴様ら、早く縄をほどけ!」

「そうよ。貴族にこんなことしたらどうなるか、わかっているでしょうね」


 僕らは捕縛した子爵達に抗議される。どうやら自分たちが何をしたのか、わかっていないようだ。


「すまんな、お前も縄で縛る」


 リックはローザのお義姉さんも後ろ手に縛る。彼女は抵抗せず、縄で縛られている両親を見つめていた。子爵達も彼女のことを見て――、


「な、ローザ、なぜここにいる?」

「ウソでしょ。あなた娼館にいたんじゃないの?」


 子爵達の視界に飛び込んできたのは、お義姉さんの前に立つローザの姿だった。


「もう、あなた達とは家族ではないです。私はあなた達を許すことができない」


「許すことができないだと? 何を言っているんだ?」

「そんなことはいいから、早く縄を解いてちょうだい」


 ローザは家族の前でギュッと手を握っている。家族にやられたことが、余程悔しかったのだろう。


「おい、おっさん、わかってんのか!」


 リックが子爵に蹴りを入れる。


「うっ!」


「ローザ、カイ。こいつらはオレとソプラっちに任せてくれないか? っていうかオレらがやる」

「わかったよ。リックがそういうなら」


「ローザは?」

「もう考えたくないので、お願いします」

「交渉成立」


 リックから指示があったので、僕らは子爵邸からエリックの家まで帰ることにした。リックのことだから、僕らが手を出さなくてもよい、そのようにしたかったのだろう。


 ◇◆◇◆


「なあ、お前さん方。娘を娼館に売るとは貴族としてどうなんだ?」


「そんなことは、あんたに関係ない。それよりも縄を解け!」

「口減らしで子供を売っている村もあるでしょ? 私達貴族なんだから、そっちを捕まえなさいよ」


 どうやら、オレの言っていることが伝わらないみたいだ。


「あのな。オレはローザを白金貨二枚で買ったんだ。お前さん方が得た利益があるだろ? それを含めて白金貨二枚分の金を寄越せ」


「何を言っている!」

「あんたが勝手に買ったんでしょ! 私達には関係ないじゃない!」


「ソプラっち。こいつらムカつくから、吹っ飛ばす。殺しそうになったら止めてくれ」

「ホントに? お金が手に入ればいいんじゃないの? あたいリックちゃんを止める自信ないわ」

「まあいいや。そういうことだ。おっさん!」


 オレは子爵の顔目がけてに蹴りを入れ、子爵夫人の体を足で突いた。


「やめてください!」


 オレは義姉ちゃんに止められる。


「お願いです。両親を殺さないでください。金貨百五十枚はあります。足りない分は私……、私、何でもします。だから両親を殺さないで」


「じゃあ、お前はオレの奴隷な」


「なにをバカなことを言っている! 奴隷とはなんだ!」

「そう! やめてちょうだい。あなたは何様のつもりなの!」


 オレはこの両親バカに本当に呆れた。ローザには何をしてもよくて、こいつはダメなんか? ローザもお前らの娘だろ。


「なあ、義姉ちゃん」

「はい」

「オレの奴隷になれるか?」

「私、ローザに酷いことをしました。娼館に売られることになっても、奴隷になったたとしても――お願いです、両親は!」

「そうか――じゃあ、お前はオレの奴隷ってことでよろしく」

「はい、わかりました」

「じゃあ、早速だがオレからの命令な」


 長く美しい髪の間から見える、彼女の表情は暗い。


「この領にオレの故郷の村があるから、お前はそこの管理――いや、建物を潰して霊園を作ってくれ。死んだらその場所に骨を埋めたいんだ」


 彼女はオレの顔を見て、言う。すると彼女は顔を上げ、


「じゃあ――」

「勘違いしないでくれ。またここに来た時に、そうなっていなかったら皆殺しにする」


「何を言っている!」


 わかっていないようなので、オレは父親の喉元に槍を突きつける。


「死にたいみたいだな」

「ひぃ」

「死にたくないなら、言うことを聞け。わかったか!」


「リックちゃん、給仕の人達はどうするの?」

「何も悪いことしていないだろうから、オレらは手を出さんでもいいだろ」

「そうね」


 こうしてオレは金貨百五十枚を受け取った上に、子爵邸から宝石など見つけて自分の物にした。


「じゃあな、子爵。ソプラっち、行こうか」

「はいはい。あっちに着いたらお金返してね」

「おう。嫁とソプラっちには先に返すつもりだ」

「宝石を売るまで、カイちゃんに返済を待ってもらうってことね」

「まあな、そういうこった」


「あの!」

「なんだ?」

「火災から助けてくれてありがとうございます」

「おう。じゃ、義姉ちゃん、墓だけよろしくな」


 オレとソプラっちは子爵邸を後にして、カイのいる所へ行くことにした。

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