第6話

「ソプラさん」

「ん? どうしたのメルちゃん?」

「ご相談がありまして」

「カイちゃんのこと?」

「はい。私、奴隷を辞めたいのですが、どうすればいいでしょうか」

「前までだったら辞められたと思うけど、あんなやり取りの後じゃ無理だわ」

「そう、ですよね……」

「でも、なんで奴隷を辞めたいと思ったのよ」

「私、カイ様の役に立ちたくて、奴隷になったのですが、カイ様がいなくなってしまうのがイヤなんです」

「魔法のことね?」

「はい」

「確かに、あたいも使ってほしくないわ。でも、あたいがここにいるのはカイちゃんの魔法のおかげだし、仕方ないと思うわ」

「そうですよね。私、どうしたらいいんでしょうか……」

「他人をコントロールして変えるのは無理。だから自分で行動するのよ。自分自身ならコントロールできるし、最善を尽くすことができる」

「……はい」

「命を救ってもらったことがあるんでしょ? あたいなら、カイちゃんにお礼としてエッチなことしてあげる」

「だ、だ、ダメです! ソプラさんがカイ様とエッチをするなんて!」

「なんで?」

「とにかくダメなものはダメです!」

「へぇー、どうしてカイちゃんとエッチなことするのがダメなのかなぁ? あたいのこと嫌いなの?」

「そんなことありません!」

「じゃあ、なんで?」

「えーっと」

「メルちゃん、いい。カイちゃんが他の女と仲良くなって、エッチなことするのがイヤなんでしょ?」

「はい……」

「その気持ちは何ていう言葉で表すの?」

「……好き」

「そう。メルちゃん、このまま指をくわえて黙っていると、他の女にカイちゃんを取られるわよ」

「うぅぅぅぅ」

「カイちゃんは堅物なんだから、メルちゃんの力で溶かしてあげないと」

「ソプラさん。私、どうすればいいのでしょ……」

「言葉で伝えられないなら、女の武器を使うのよ。メルちゃんは強力な武器持っているじゃない?」


 ◆


 僕が魔法を使うことに対して、メルに命令してから、メルの様子がおかしい。落ち込んだままだと思っていたら、違った。


「カイ様!!」

「うわっ!」


 次の町に繋がる道を歩いていると、急にメルが僕の腕に絡みついてきた。


(むにゅって、メルの柔らかい感触に僕はもう耐えられないよ)


「メル。当たっているんだけど」

「何がですか?」

「お胸が」

「へへぇー。当てているんです!」



〈ケケケ。こりゃいいや。これは堕ちたも同然。次の宿で襲っちまおうぜ〉

〔ダメです。主従の関係でそんなことをしてはなりません。やるならば平等な立場で〕

〈ほう、奴隷を解放すればやりたい放題なんだな〉

〔解放すれば、彼女のお願いで、あの魔法は使いづらくなりますよ〕

〈そんなの騙せばいいんだよ。気にすんな、カイ〉

〔神は誠実さを求めています。わかっていますよね? カイ〕


(もう、どうしたらいいんだよ!!)



「ソプラっち、なんだか嫁が積極的な気がするんだけど」

「いいんじゃない? カイちゃん、ガードが堅いから積極的にいかなきゃ」

「だよな。カイの野郎、変なところで真面目なんだよな。俺みたいに女を楽しめばいいのに」

「へぇー、カイちゃんと違ってリックちゃんは楽しんでいるのね」

「そうなんだよ。何度も娼館に誘ったけど、全然食いついてこないんだよ」

「カイちゃんらしいわ。あっ、そうだ。オーガキングを倒してくれたお礼に気持ちいいことしてあげようか?」

「いや、遠慮しておくよ。情が湧いて、依怙贔屓えこひいきしてしまうようになったらパーティーバランスが崩れるからな」

「ふーん。そういう考え方もあるんだ」

「まあな。娼館の方が後腐あとくされ無くていいからな」


 ◆


 道中、魔獣が出てくるが問題ない。三人の連携も取れているし、メルも考えて位置取りをしてくれる。そして次の町に着いて、宿を取ろうとすると、


「お客さん、何人だい?」

「四人でお願いします」

「四人ね。一人部屋も二人部屋も空いているがどうする?」

「みんな。一人部屋でいいよね?」


「ほら、メルちゃん」

「ひ、一つ二人部屋でお願いします!」

「いや、一人部屋の方が……」

「奴隷は主人の傍でお世話するのが当たり前です!」

「リック、ソプラ――」


「カイ、いいんじゃね? 今に始まったことじゃないし」

「あたいもいいと思うわよ」


(神よ。僕をゆるたまえ)


 ◆


 宿の部屋に入り、僕は気を紛らわすため、精霊に関する本の文字の解析に集中して取り組んだ。

(うーん。ここなんだよなぁ、どう解釈すればいいんだろ)


「カイ様」

「なんだい」

「湯あみの準備ができました。お背中お流しします」


(おう、もうこんな時間か)


「ありがとう」


 僕は服を脱いで椅子に座り、メルが背中を拭いてくれるのを待つ。


むにゅ


(もう! 狂暴なんだよ! 勘弁して)


「メルさ」

「なんですか?」

「当てなくていいから、布で拭いてくれ」

「あっ! そうでしたね」

「メル、僕を誘惑しない。主人の命令だ」


 僕はメルの感触の雑念を払う。そして、彼女に言う。


「だいぶ解析できてきたよ」

「精霊の本ですか?」

「ああ。エルフでも四精霊を契約できない人がいるみたい。場合によっては一つしかね」

「契約ってそういうものなんですね」

「ハーフエルフに関する記述がないから、契約できるか何とも言えないけれど、一つくらい契約できるんじゃないかな?」

「そうなんですね」

「うん。一つでも契約できれば、メルも自分自身を守ることができる」

「もし一つも契約できなければ、どうすればいいでしょうか?」

「今までと同じで大丈夫だよ」

「ずっと近くにいていいんですね?」

「当たり前だろ」


 湯あみを終え、僕らは寝る準備をする。メルを見ると顔と肩が月に照らされ、幻想的な雰囲気に彼女は包まれていた。


「カイ様」

「なに」

「いつでもこっちに来て良いですからね」

「ああ」

「覚悟はできていますから」


(僕は覚悟ができていない)


 僕は彼女を本当に好きなのか。本能のままに彼女に手を出して本当にいいのか。わからない。僕はベッドの上で横になった。


(ひつじを数えよう。ひつじが一匹。ひつじが二匹――)


 ◆


(ひつじが三万三千四百六十三匹。ひつじが三万三千四百六十四匹。ひつじが三万三千四百六十五匹――)


 ◆


 チュン、チュン、チュン、


(眠れた)


 僕は起き上がり、メルを見る。やっぱり彼女は綺麗で、いつの間にか近づいて、彼女の頭を撫でていた。


「おかあさん……」


 彼女は寝言を言っている。僕はこれからも彼女の傍にいようと思った。他に頼れる人がいないから、せめて僕だけでも彼女を支えてあげよう。そう考えた。


(メル、一緒に頑張ろうね)


 ◆


「よっ! カイ! ゆうべはお楽しみだったのかい?」


(リックさぁ)


「何もなかったよ」

「ん? そうなのか?」

「うん。そうだよ」


「はーあ。これじゃ、メルちゃんも報われないわ。何のために二人部屋にしたのか」

「ソプラ。僕は彼女を大切にしたいんだ。支えてあげたいんだよ」

「あのね、カイちゃん。大切にするっていうのは手を出さないことだけじゃないの。優しく抱いてあげるのも大事なことなのよ」

「えっ、そうなの?」

「はぁ。リックちゃん、なんとか言って」


「カイ。手を出さないと、他の男に持っていかれるぞ」


「おはようございます」

「メルちゃん、おはよう」

「ソプラさん。何の話をしていたんですか?」

「カイちゃんがメルちゃんに手を出さないのは問題だ、って話をしていたの」

「えーーっ! わ、わ、私――」


「おう、そろそろメシ食うぞ。その話は後だ」


 いつもと変わらない朝食。僕がメルを見ると、彼女は視線をそらす。その様子を見て、僕は自分に問いかける。僕は彼女のことを本当に好きなのかどうか。ただ一つ言えることは彼女が僕を慕ってくれるのなら、僕は彼女のために行動をしたい。その思いだけは間違いない。

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