第5話
僕は孤児院のシスターから古い教典を借り、宿屋に行った。みんなで食事をした後、各々の部屋に戻り、僕は教典を転記していく作業に取り掛かる。一時間ほど経ち、休憩していると扉がノックされた音が聞こえた。
コンコンコン
「はい。空いてます」
ガチャ
「カイ様」
「メル。こんな時間にどうしたの?」
「その、あの……リックさんが私達の部屋に来て」
「ああ、酒盛りしているのね」
「はい。それで……」
「いいよ。ここでゆっくりしていってよ」
「はい。あの、カイ様。今日は助けてくれてありがとうございます」
「いや、ホント良かったよ。メルが無事で」
「はい……カイ様のベッドに腰掛けてもいいですか?」
「いいよ。リックのベッドじゃなきゃ大丈夫だよ」
メルがベッドに腰掛ける。僕は中断していた転記の作業を続けた。
(ここが共通しているから……)
どのくらい経っただろう。教典を転記する作業が終わりベッドを見ると、僕のベッドでメルがスヤスヤと寝ていた。
僕は少し笑い、彼女の近くに腰掛ける。彼女の頭を撫でていたら、メルが起きて、僕を抱きしめた。
「カイ様」
「お、起きてたの?」
「はい……」
「急にどうしたの――わっ!」
メルが僕を抱きしめながら倒れる。彼女の顔が近くにあり僕はドキドキしてしまった。
「メル!」
「私、知らない人に抱かれそうになりました。初めてをそんな人にあげるなんてイヤです」
「メ、メル。落ち着いて!」
「私はあなたの奴隷です。だから」
〈ケケケ。そのままやっちまえよ〉
〔ダメです彼女は取り乱しているだけです〕
〈関係ねぇよ。なっ、カイ〉
(僕は――)
バダーン!
「イヤッホー、カイちゃんも飲みましょ!」
「そうだぞ、たまには――」
リックとソプラは僕らを見て、
「ゴメンねぇ。いいところを邪魔して」
「よっ! カイ。男を見せろよ!」
僕はメルと顔を見合わせる。メルの顔が紅くなっていき、僕も顔が熱くなっていくのがわかった。リックとソプラが部屋を出ていくのを見て、
「メル。一緒に向こうの部屋にいこうか」
「はい……」
僕はリック達の飲み会に参加することにした。もちろんお酒は飲まない。メルは自分のベッドへ行き、目を瞑って横になっていた。
(飲み終わったら、リックを部屋まで運べるかな)
◆
僕らの旅は続く。魔獣を倒しながら、町から町へと。僕は宿に泊まるたびに、教典に書かれていることから、精霊に関する本の解析を行う。解析が半分ほど終わった次の日に、事件が起こる。
「カイ。なんかこの道、おかしくないか?」
「確かに、まるでどこかに誘導しているみたいだ」
「カイちゃん達もそう思う? あたいの勘がヤバいって言っているわ」
僕らは警戒しながら森の中を進み、開けたところで湖が現れた。
「綺麗な湖だな」
「カイ、泳ごうぜ!」
「バカ。警戒を解いちゃいけないだろうよ」
僕らが湖に着くと物音がし、振り向くといつの間にか五体のオーガに囲まれていた。
「お、随分と大勢だな。久しぶりに腕がなるぜ」
「リック、ソプラ、後ろが湖だから気をつけて」
「カイちゃん、いつも通りでいい?」
「いつも通りでいいけど、オーガと湖の位置を考えながら戦って」
「おっけー」
戦いが始まった。僕はオーガ達にデバフをかけ、リックとソプラにはバフをかける。リックが槍を振り回しオーガをなぎ倒していき、ソプラはオーガの顔面に蹴りを入れていく。
(オーガキング!!)
「ソプラ! 左にオーガキングが!!」
「えっ」
オーガキングがソプラを捕まえる。ソプラの頭を殴り、無力化したあと、胴体に噛みついた。
「ソプラ!!」
「バカやろ!」
リックがオーガキングに近づき、間合いを取る。
「カイ。バフを五倍で頼む」
「えっ」
「こいつは早く仕留めなきゃならん」
「わかった」
僕はバフをかけ「ダブルグラビティ」をオーガキングにかける。ダブルグラビティでオーガキングが傾いたところすぐに、ソプラに「ハイヒール」をかけた。ソプラは意識を取り戻し、
「ぎぃやあぁぁ!!」
体の痛みで叫び、悶え苦しむ。その間にリックがオーガキングの喉元を突き刺し、オーガキングはその場に倒れ込んだ。僕は急いでオーガキングの脇にいるソプラへ駆け寄る。
「リック、後は頼む」
「カイ。まさかお前アレを」
「ああ、そうだ」
「それはやめろよ!」
「いや、僕はやる」
僕はバフを自分にかけ、呪文を唱える。
「
ソプラが光に包まれ、回復し飛び出した臓器が元に戻る。そして僕の意識は暗転した。
◇◆◇◆
「あたい助かったの?」
「ああ、そうだ。カイのお陰でな」
私はカイ様に守られながらオーガ達との戦いを見守っていた。カイ様はソプラさんを助けた後、その場に倒れてしまった。
「カイ様!」
私はカイ様のもとへ駆け寄る。カイ様はまるで人形のような表情をしていて、意識を失っていた。
「カイ様! カイ様! 起きてください!」
「嫁さんよう。こいつすぐには起きないが、三日も寝れば目覚めるぞ」
「よかった~」
「いや、良くないぞ」
「えっ」
「あの魔法を唱えると寿命が縮むんだよ」
(寿命が縮む? どういうこと?)
「リックちゃん、ごめんポーション
「ソプラっち、ちょっと待ってな」
リックさんの言っている意味がわからなかった。ポーションを飲んでいるソプラさん。カイ様を背負うため荷物を整理するリックさん。私はただ呆然としていた。
ソプラさんが湖で血を洗い流したあと、私達は次の町へと急いだ。
◆
「値段が少し高めだが、この宿にするぞ」
町に着き、行き交う人に良い宿屋の場所を聞く。宿屋では四人部屋が取れたので、みんなでカイ様の様子を見守った。こまめに体を拭く。そしてリックさんからこう言われた。
「ポーションを飲ませ水分補給しなきゃならない。オレがやってもいいが、口移しは嫁がやるか?」
私に迷いは無い。リックさんにやり方を教わり、一日七回、カイ様に口移しでポーションを飲ませた。
あの日の戦いから二日経った午後。
「メ、メル……」
「カイ様!」
「おう気づいたか、馬鹿野郎」
「ソプラは無事か?」
「今、ポーションを買いに行ってもらってる」
「ただいま戻りましたぁ――カイちゃん!」
私の脇を通り、ソプラさんはカイ様に抱き着く。
「ありがとう――本当にありがとう――」
「ソプラ、体は大丈夫かい?」
「えっへん。もう、バッチリ!」
「よかった」
「パーティーに誘ってくれて、命まで救ってくれて、カイちゃんには足を向けて寝れないわ……」
ソプラさんの泣いている姿を初めてみた。
「カイ様」
「メル……」
「お願いです。もうあの魔法は使わないでください!」
「メル。それはできないよ。僕は「
「イヤです! カイ様の寿命が縮むなんてイヤです!」
「メル。今後一切そのことは言うな。命令だ」
「でも……」
「主人の命令だ」
「……わかりました」
目から涙が溢れてきた。視界がぼやけ、カイ様の表情が良く見えない。
カイ様と初めて出会った日。カイ様は私の命を救ってくれた。私はこの身を捧げ、カイ様のお役に立つことを心に誓った。奴隷になることが役に立つ最善の手段だと考えていたが、奴隷だからカイ様の意志に抗うことができない。優しいカイ様はこれからも自分の寿命と引き換えに、多くの仲間を助けていくだろう。
カイ様の寿命が縮んで私の元からいなくなる。そんなのイヤだ。カイ様がいなくなったら私はどう生きればいいの。私は奴隷になったことを初めて後悔した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます