第6話

 僕は孤児院のシスターから古い教典を借り、宿屋に行った。みんなで食事をした後、各々の部屋に戻り、僕は教典を転記していく作業に取り掛かる。一時間ほど経ち、休憩していると扉がノックされた音が聞こえた。


コンコンコン


「はい。空いてます」


ガチャ


「カイ様」

「メル。こんな時間にどうしたの?」

「その、あの……リックさんが私達の部屋に来て」

「ああ、酒盛りしているのね」

「はい。それで……」

「いいよ。ここでゆっくりしていってよ」

「はい。あの、カイ様。今日は助けてくれてありがとうございます」

「いや、ホント良かったよ。メルが無事で」

「はい……カイ様のベッドに腰掛けてもいいですか?」

「いいよ。リックのベッドじゃなきゃ大丈夫だよ」


 メルがベッドに腰掛ける。僕は中断していた転記の作業を続けた。


(ここが共通しているから……)


 どのくらい経っただろう。教典を転記する作業が終わりベッドを見ると、僕のベッドでメルがスヤスヤと寝ていた。

 僕は少し笑い、彼女の近くに腰掛ける。彼女の頭を撫でていたら、メルが起きて、僕を抱きしめた。


「カイ様」

「お、起きてたの?」

「はい……」

「急にどうしたの――わっ!」


 メルが僕を抱きしめながら倒れる。彼女の顔が近くにあり僕はドキドキしてしまった。


「メル!」

「私、知らない人に抱かれそうになりました。初めてをそんな人にあげるなんてイヤです」

「メ、メル。落ち着いて!」

「私はあなたの奴隷です。だから」



〈ケケケ。そのままやっちまえよ〉

〔ダメです彼女は取り乱しているだけです〕

〈関係ねぇよ。なっ、カイ〉


(僕は――)


バダーン!


「イヤッホー、カイちゃんも飲みましょ!」

「そうだぞ、たまには――」


 リックとソプラは僕らを見て、


「ゴメンねぇ。いいところを邪魔して」

「よっ! カイ。男を見せろよ!」


 僕はメルと顔を見合わせる。メルの顔が紅くなっていき、僕も顔が熱くなっていくのがわかった。リックとソプラが部屋を出ていくのを見て、


「メル。一緒に向こうの部屋にいこうか」

「はい……」


 僕はリック達の飲み会に参加することにした。もちろんお酒は飲まない。メルは自分のベッドへ行き、目を瞑って横になっていた。


(飲み終わったら、リックを部屋まで運べるかな)


 ◆


 僕らの旅は続く。魔獣を倒しながら、町から町へと。僕は宿に泊まるたびに、教典に書かれていることから、精霊に関する本の解析を行う。解析が半分ほど終わった次の日に、事件が起こる。


「カイ。なんかこの道、おかしくないか?」

「確かに、まるでどこかに誘導しているみたいだ」

「カイちゃん達もそう思う? あたいの勘がヤバいって言っているわ」


 僕らは警戒しながら森の中を進み、開けたところで湖が現れた。


「綺麗な湖だな」

「カイ、泳ごうぜ!」

「バカ。警戒を解いちゃいけないだろうよ」


 僕らが湖に着くと物音がし、振り向くといつの間にか五体のオーガに囲まれていた。


「お、随分と大勢だな。久しぶりに腕がなるぜ」

「リック、ソプラ、後ろが湖だから気をつけて」


「カイちゃん、いつも通りでいい?」

「いつも通りでいいけど、オーガと湖の位置を考えながら戦って」

「おっけー」


 戦いが始まった。僕はオーガ達にデバフをかけ、リックとソプラにはバフをかける。リックが槍を振り回しオーガをなぎ倒していき、ソプラはオーガの顔面に蹴りを入れていく。


(オーガキング!!)


「ソプラ! 左にオーガキングが!!」

「えっ」


 オーガキングがソプラを捕まえる。ソプラの頭を殴り、無力化したあと、胴体に噛みついた。


「ソプラ!!」

「バカやろ!」


 リックがオーガキングに近づき、間合いを取る。


「カイ。バフを五倍で頼む」

「えっ」

「こいつは早く仕留めなきゃならん」

「わかった」


 僕はバフをかけ「ダブルグラビティ」をオーガキングにかける。ダブルグラビティでオーガキングが傾いたところすぐに、ソプラに「ハイヒール」をかけた。ソプラは意識を取り戻し、


「ぎぃやあぁぁ!!」


 体の痛みで叫び、悶え苦しむ。その間にリックがオーガキングの喉元を突き刺し、オーガキングはその場に倒れ込んだ。僕は急いでオーガキングの脇にいるソプラへ駆け寄る。


「リック、後は頼む」

「カイ。まさかお前アレを」

「ああ、そうだ」

「それはやめろよ!」

「いや、僕はやる」


 僕はバフを自分にかけ、呪文を唱える。


われは契約す。が命の欠片かけらを豊穣の女神に捧げ、この者の全ての痛みを癒せよ。『女神の息吹ゴッドネスブレス!!』」


 ソプラが光に包まれ、回復し飛び出した臓器が元に戻る。そして僕の意識は暗転した。


 ◇◆◇◆


「あたい助かったの?」

「ああ、そうだ。カイのお陰でな」


 私はカイ様に守られながらオーガ達との戦いを見守っていた。カイ様はソプラさんを助けた後、その場に倒れてしまった。


「カイ様!」


 私はカイ様のもとへ駆け寄る。カイ様はまるで人形のような表情をしていて、意識を失っていた。


「カイ様! カイ様! 起きてください!」

「嫁さんよう。こいつすぐには起きないが、三日も寝れば目覚めるぞ」

「よかった~」

「いや、良くないぞ」

「えっ」

「あの魔法を唱えると寿命が縮むんだよ」


(寿命が縮む? どういうこと?)


「リックちゃん、ごめんポーション頂戴ちょうだい

「ソプラっち、ちょっと待ってな」


 リックさんの言っている意味がわからなかった。ポーションを飲んでいるソプラさん。カイ様を背負うため荷物を整理するリックさん。私はただ呆然としていた。

 ソプラさんが湖で血を洗い流したあと、私達は次の町へと急いだ。


 ◆


「値段が少し高めだが、この宿にするぞ」


 町に着き、行き交う人に良い宿屋の場所を聞く。宿屋では四人部屋が取れたので、みんなでカイ様の様子を見守った。こまめに体を拭く。そしてリックさんからこう言われた。


「ポーションを飲ませ水分補給しなきゃならない。オレがやってもいいが、口移しは嫁がやるか?」


 私に迷いは無い。リックさんにやり方を教わり、一日七回、カイ様に口移しでポーションを飲ませた。


 あの日の戦いから二日経った午後。


「メ、メル……」

「カイ様!」


「おう気づいたか、馬鹿野郎」

「ソプラは無事か?」

「今、ポーションを買いに行ってもらってる」


「ただいま戻りましたぁ――カイちゃん!」


 私の脇を通り、ソプラさんはカイ様に抱き着く。


「ありがとう――本当にありがとう――」

「ソプラ、体は大丈夫かい?」

「えっへん。もう、バッチリ!」

「よかった」

「パーティーに誘ってくれて、命まで救ってくれて、カイちゃんには足を向けて寝れないわ……」


 ソプラさんの泣いている姿を初めてみた。


「カイ様」

「メル……」

「お願いです。もうあの魔法は使わないでください!」

「メル。それはできないよ。僕は「女神の息吹ゴッドネスブレス」を自分の意志で使うから」

「イヤです! カイ様の寿命が縮むなんてイヤです!」

「メル。今後一切そのことは言うな。命令だ」

「でも……」

「主人の命令だ」

「……わかりました」


 目から涙が溢れてきた。視界がぼやけ、カイ様の表情が良く見えない。


 カイ様と初めて出会った日。カイ様は私の命を救ってくれた。私はこの身を捧げ、カイ様のお役に立つことを心に誓った。奴隷になることが役に立つ最善の手段だと考えていたが、奴隷だからカイ様の意志に抗うことができない。優しいカイ様はこれからも自分の寿命と引き換えに、多くの仲間を助けていくだろう。

 カイ様の寿命が縮んで私の元からいなくなる。そんなのイヤだ。カイ様がいなくなったら私はどう生きればいいの。私は奴隷になったことを初めて後悔した。

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