同じ場所に現れたものの興味の対象がまったく違います
なんとなく先ほどのエマの姿と彼がここにいることで事態は察した。
自分には関係ないし、あえて口出しもしない。シャルロッテは気にせず、咲き誇る花に意識を向けた。透き通るような青色の花が可憐に揺れている。
造花を思わすほどに人工的な色味だ。しかし腰を落としてよく観察すると、これは間違いなく自然のものでシャルロッテの知らない花だった。
花弁は五枚。独特の香りはなんとも言えない。
「なんなんだ、今日は。聖女に続いて魔女まで」
鬱陶しそうにラルフは吐き出す。どうやらシャルロッテの予想は当たっているようだ。
「さっさと戻れ」
嫌悪感の滲む声が降ってくる。付き人がそばにいないところを見ると、お忍びなのかもしれない。
「はいはい、物思いに耽っているところ悪かったわね。ちなみにこの花、初めて見るんだけれど、なんて花?」
不躾に質問すれば、ラルフからは鋭い視線が返ってきた。返答はないかと思われたが、意外にも彼の形のいい唇が動く。
「ネリアだ。最近、見頃を迎えた」
「ネリア?」
『マルコには、ネリアの世話もあるだろう』
聞き覚えのある単語なのは、テオの言葉だ。おそらくこの花を指していたのだろう。立ち上がってラルフを見れば、彼は視線を花に戻した。
「この城で生まれた新種らしい。他の花との共生も難しく、育てるのも難儀だが母が好きで、マルコが丁寧に世話をしてここまでになったんだ。母からその名前も取られた」
「へー」
マルコからの情報で彼の母の名が“ミルネリア”だったと思いだす。あのときのマルコとテオとの会話がこれで合点がいった。
おそらくラルフのお気に入りだと話していたのは、 この花なのだろう。
「他国から嫁いだ母は、慣れない城暮らしで疲れたときに、ここで癒されていたらしい。他と相いれないこの花に自分を重ねたのか、晩年、床に臥せ自力で来られなくなると自室までこの花を持ってこさせるほどだった」
「お母さんの思い出の花ってわけね」
シャルロッテが返すと、饒舌だったラルフが再び渋い表情になった。
「馬鹿にしたければ、好きにすればいい」
「は?」
思わぬ発言にシャルロッテは素で聞き返す。ラルフの眉間の皺はますます深くなり、苦虫を噛み潰したような顔になった。
しかし美形が崩れはしないので、顔が整っているのは得だな、とシャルロッテは違う方向で思考を巡らせる。
「わかっている、俺は国王の器ではない。優秀で人望もある兄が、本当は次期国王にふさわしかった。家臣たちも本音ではそう思っているだろう」
そこで一呼吸忍ばせ、ラルフの口角が上がる。綺麗だが自嘲的な笑みだった。
「仮にも国王になろうっていう人間が、いまだに母との思い出を引きずって夕餉時にこの花を近くに持ってこさせたり、わざわざここに足を運んでいたりするなど滑稽極まりないからな」
「まー、卑屈」
吐き捨てたラルフに対し、シャルロッテは正直な感想を物申した。ラルフは怒りを通り越して、目を白黒させている。シャルロッテは腰に手を当て、彼を見据えた。
「死者を偲んでなにが悪いの? お母さんが好きだった花……いいじゃない。死者はなにもできない。結局、生きている人間の中でその存在がどう受け継がれていくかよ」
凛とした声が響き、風が吹き抜ける。互いの髪が同じ方向へとなびき、それはすぐに止まった。
物語冒頭で亡くなった身としては、せいぜい他のキャラクターの口から語られるか、回想でしか自分は登場できない。それはそれで冗談ではないので、こうしてせっせと死亡エンドを回避し、ラスボスとして存在と名を刻みつつ好きに生きるために画策しているわけなのだが。
とはいえ第二王子の母と冒頭開始で消えたモブ聖女では扱いに天と地ほどの差はあるだろう。現に彼の母はもう亡くなっているのだ。
シャルロッテはおもむろに唇を動かす。
「だからあなたも、ここで自己憐憫に浸ひたるくらいなら、いっそのことこの花を新たな王家の紋章にしてやるってくらいの気概を見せてみれば? 王になるんでしょ? ある意味、チャンスじゃない」
そこでラルフの表情が心なしか緩み、呆れたと言わんばかりにため息をついた。
「……お前は、変わった魔女だな」
「そうかしら? だって私はラスボ……世界一の大魔女として必ず名を残して、(物語の中で)地位を確立させてみせるから。少なくとも、あなたより長く語り継がれるくらいの存在になるつもりよ」
不敵な笑みと共に告げると、ラルフの表情が厳しくなる。しかし先ほどまでとは違い、冷たさは和らいでいた。
「それは王家に対する宣戦布告か?」
「そう受け取ってくれると光栄だわ。私が悪役として人々の名にしっかり刻まれるためには、権力ある人間に極悪非道として認定してもらわないとならないもの」
いい流れになってきたわね。
内心でワクワクしているとラルフは軽くため息をついた。
「お前の野望に手を貸す気はない」
予想外にもラルフはあっさりと一蹴する。シャルロッテは不満げに顔を歪めた。
「まったく。さっき謁見の間で見せた敵意はどこにいったのかしら?」
どうしてこうも自分の周りには契約した悪魔を含め、思い通りにいかない連中ばかりなのか。
「そうだな。話し過ぎた」
自己嫌悪というほどでもないが、意外そうにラルフは呟いた。ひとり言なのか、声をかけられたのかシャルロッテは判断できない。
「お前の前にやっていた聖女は、突然現れたかと思うと、ここでなにをしているのか、どうしたのかと尋ねてきて鬱陶しくて仕方がなかった。だからさっさと追い払ったんだ」
なるほど。先ほどのエマの態度は、ラルフを心配したのにとりつく島もなく無下に扱われたからなのか。
「それなのに、どうしてお前にはこうも余計なことを……」
「それはしょうがないわよ。彼女はあなた自身に興味があって、私はあなたにはまったく興味がないもの」
ラルフ自身、不思議だと言った様子で話すので、シャルロッテははっきりと言い切る。シャルロッテの言葉にラルフはこちらを見て、目を丸くした。
「私はこの花が気になっただけよ」
だからネリアが好きなラルフは、花についてはつい口が滑ったのだろう。
「ま、どっちみちひとりの時間を邪魔して悪かったわね。失礼するわ、王子さま」
ひとまずここは去ろうと彼に背を向けようとする。正直、ネリアについてはもう少し詳しく調べたいし、なんなら摘んで帰りたい衝動もあるのだが、彼の前ではそれも難しいだろう。シャルロッテもそこまで無粋ではない。
「おい」
ふとラルフに呼び止められ、まさか自分の目論見がバレたのでは、とシャルロッテは顔には出さずに彼に目を向けた。
「なに?」
「ひとつ言っておきたいんだが……」
そこでラルフが言いよどむ。彼にしては珍しい。しかしシャルロッテは別のことが気になった。
「あなた、やっぱり顔色が……」
元々色白のラルフだが、どちらかと言えば真っ青だ。シャルロッテが駆け寄ろうとしたのと、彼がその場に膝をついたのはほぼ同時だった。
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