ヒロインだっていつでも笑顔でいられないですよね(ラスボスからの感想)
ん?
外に出たところで、ふと見覚えのある人物が視界に入った。直感とでもいうのか、シャルロッテはすぐさま自分の姿を隠す。
遠目から見てもわかる。ラルフ王子の毒見係のテオだった。今日は手元にいくつかの野草を持っている。料理に用いられるハーブ類などシャルロッテも知る有名どころだ。
あとは黄色く蒲公英に似た小さな花だ。あれは、なんという名前だったか。記憶を辿ろうとすると、彼のそばに別の人物が駆け寄って来た。
テオの頭よりふたつ分ほど背の低い少女だ。髪をうしろでまとめあげ、メイド服姿の彼女はなにかを彼に訴えかけている。シャルロッテはふたりの会話に意識を研ぎ澄ます。
「テオはなにもしてないよね? 大丈夫なの?」
大きな瞳を揺らし、頬にはそばかすを散らばせた少女は必死だった。彼女の顔はかすかに覚えている。シャルロッテの世話を焼こうと現れたメイドの中のひとりにいたはずだ。
実際に会話もしていなければ、世話も焼かれていない。納得して彼らに意識を戻す。
「だから、なにもないって言ってるだろ」
少女に対し、テオは眉根を寄せ不快感を声にも表情にも乗せている。
「だってテオ。まだ仕事があるって言いながらさっさと寝ちゃってたでしょ? 疲れているんだよ。このままだと、テオがやめさせられちゃう」
「そのときは、そのときだ」
吐き捨てるテオに彼女は縋りつく。
「そんなこと言わないで。ねぇ、テオはなにもしてないよね?」
最後には泣き出しそうになる少女の姿は、むしろ相手の逆鱗に触れたらしい。
「アナ、いい加減にしろ。仕事に戻れ!」
一方的に言い捨て、テオはさっさとその場を後にする。少女はしばらくその場にたたずんでいた。
彼女の名前にも聞き覚えがある。たしか以前、マルコがテオとの別れ際に『アナによろしくな』と告げていた。
兄妹という感じでもなかったが、彼らが親しいのは周知の事実なのだろう。
ただの痴話喧嘩ってわけじゃなさそうだけれど……。
シャルロッテは思考を深めようとして、途中で放棄する。
ま、私には関係ないわね。
さっさと気持ちを切り替え、アナの横をすり抜け裏庭に向かう。
視線を落としたままのアナだったが、シャルロッテが通り過ぎたのに気づき、彼女の後姿を目で追った。そのことにシャルロッテが気づいたのかは定かではない。
お目当ての薬草をここ数日探しているが、見つけられないので、もしかするとそもそも植えていないのかもしれない。
広大な敷地内に数多の種類の植物だ。マルコに聞けば早いのかもしれないが、彼とも会っていない。なければないでかまわないか、と結論付け部屋に戻ろうと思った。
そのとき誰かが近づいてくる気配を感じ、フィオンを警戒していたシャルロッテはとっさに身を潜める。
ややあって草陰の中からエマが現れた。息を切らした彼女は両手で顔を覆い、肩を震わせている。一体何事かと思いつつシャルロッテは遠巻きに彼女の様子をうかがった。
「なんで? こんなにうまくいかないの?」
悲しというより悔しさが滲む声でエマは吐き捨てる。フィオンに向けるものよりも幾分か低い声色で、もしかすると彼女は怒っているのか。
「やっぱり彼女がいるから?」
そう言ってエマはすぐそばにあった草垣に咲く花を乱暴に摘み上げ、足元に放り投げると、なんのためらいもなく踏みつけた。さすがにこの行動にはシャルロッテも虚を衝かれる。
小説で読んだヒロインは、花も動物も慈しむ清廉潔白な人物だった。
ストレスをぶつけるように何度も花を踏みつぶし、呼吸を整えたエマはその場を去って行く。
はー。アイドルの裏側を見たというか。聖女もなかなかストレスが溜まる立場なのかもしれないわね。
そっと移動し、エマが踏みつけた花のそばまで寄る。その上にシャルロッテが手をかざすと、土と一体化していた花は空気に溶けていった。
それにしても彼女はどこから現れたのかしら?
ここにやってくる道を通ってきたわけではなさそうだ。キョロキョロ辺りを見渡すと、シャルロッテの背丈よりもやや低めの植物が密集して生い茂っている草垣の間に、わずかな隙間を見つける。
もしかして彼女、ここから来たのかしら?
気になり間に顔を入れて覗けば、自然にか人為的にか、小道のようなものが続いており、シャルロッテはしばし悩む。ややあって好奇心が勝り、身を屈めて前に進んだ。エマになにがあったのかはこの際、どうでもいいのだがこの先になにがあるのかは気になる。興味本位以外のなにものでもない。
非常時に備えての脱出ルートかもしれない。湿った葉の香りや通るたびに枝同士が擦れる音など子どもの頃の好奇心をくすぐられる。
突き進むと、あっという間に開けた場所に出た。井戸のある小さな一画で、そこには見たこともない花が咲いており、さらには先客がいた。
「お前……」
「そう、しかめ面をしなくてもいいでしょ? ごきげんよう、王子さま」
一応、挨拶をしたが相手はすぐに顔を背ける。そこにいたのはラルフ・ツヴァイテンス・ファートゥム。次期国王と名高い第二王子だ。
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