ラスボスとして盛り上げてくれるつもりでも中途半端なものはいりません

 シャルロッテに与えられた客間は、食事などの最低限の用事以外、基本的にメイドは訪れない。彼女自身が必要ないと追い返したのもあるが、それ以上に……。


「おいっ、なんだこれはっ!」

 朝も早い時間から黒豹が吼える。彼の存在も人が寄りつかない原因だろう。唸る獣をよそにシャルロッテは淡々と椅子の上に立って背を伸ばし、窓辺に薬草を吊るしている。


「え、乾燥させようと思って」


 悪びれもせず彼女は答えた。白くて丸いふわふわとした花がびっしりと逆さ吊りにされている光景はカーテンと呼ぶには杜撰すぎる。


 むしろ絞首刑を連想させるのは気のせいか。別の箇所では違う薬草が並び、部屋は様々な草っぽい匂いが漂っていた。お世辞にもいい香りとは言いがたい。


 ヘレパンツァーは獣の姿をしている分、鼻が利いて鬱陶しいのが実情だ。不満を込め悪魔は呟く。


「そろそろ追い出される日も近いな」

 やってくるメイドが毎回、顔をしかめるのも無理はない。シャルロッテ本人は喜々としてやっているが、嫌がらせかなにかと思われても無理はないだろう。


 そのうちなにか魔術を始めるか、召喚するのではないかとひそかに怯えられている。王家の恩人とはいえ、彼女やはり魔女なのだと。

 実はそれも含めシャルロッテの思惑なのだとしたらたいしたものだが、おそらく彼女は自分の欲望のまま好きに過ごしているだけだ。


 シャルロッテは椅子からとんっと軽やかに飛び降りる。続けて束ねていた髪をほどき、肩を鳴らした。

 今日の彼女の出で立ちは薄墨色のシンプルなワンピースで、使用人さえ着そうもない地味な格好だがシャルロッテとしてはおおむね満足だ。


「ま、そろそろ潮時ね。王子さまに接触しようと思ったけれどなかなかガードが固いみたいだし、フィオン・ロヤリテート団長は相変わらず鬱陶しいし。欲しい情報はだいぶ得られたから今回はこの辺でお暇しましょうか」


 そこでシャルロッテはヘレパンツァーに改めて向き直る。

「最後にもう数種類、手に入れたい薬草があるの」

「知らん。行くなら勝手にしろ!」

 付き合いきれないと言いたげにヘレパンツァーはそっぽを向いてベッドで丸くなる。正直、あの姿だけを見れば彼が地獄帝国でも位の高い悪魔だとは誰も思わないだろう。


 それを口にはせず、シャルロッテはひとり部屋を出る。するとドアのすぐ前には色々と物が散乱していた。


 踏みつけられた赤い花びら……フルーフの花弁が散らされ、まるで血を連想させる。共に錆さびた釘や針、短い蝋燭も打ち捨てられていた。


 ここ数日、こういった調子で彼女の部屋の前は荒らされている。どう見ても好意を寄せられているわけではない。むしろ逆だ。


 ゾクゾクと背中が震え自然と口角が上がり、紫水晶の瞳が細められる。妖しく笑う様は魔女そのものだ。


 最初はやり方からして同業者かとも思ったが、そのわりに詰めが甘い。ドア越しに何者かの気配をよく感じていたが、それでいてシャルロッテに直接害が加わるような行動は今のところない。


 まったく、なにがしたいのかしら?


 ふと自分の敵意を向けてきたエマの顔が浮かぶ。しかし、その考えをすぐに打ち消した。

 相手の目的がわからないし、自分に特段害もないと判断し、とくに対策も講じず適当に泳がせている。

 この惨状をいちいち片付けるのも面倒で、基本そのままにしていたら訪れたメイドが気づけば綺麗にしてくれている。


 そうしたところで、こうやってまた懲りずに荒らされるのだ。いたちごっこに加わる気はなく、シャルロッテは汚れた床を尻目に慣れた足取りで城の裏手に回った。


 すれ違う使用人の反応は様々で、興味深そうにシャルロッテを見る者もいれば、あからさまに訝しげな顔をする者もいる。

 なにを思われても、彼女に自ら話しかける人間もいないのでシャルロッテとしては気にも留めない。


 もしかするとこの中に、自分の部屋の前で地味に工作している犯人がいるのかもしれないが、追及するほどの気持ちも興味も湧かないのが正直なところだ。


 私のラスボスとしての肩書きを盛り上げてくれるにしても、イマイチなのよね。

 そう思ってフィオンの気配を探りつつ、いつもの薬草園へ向かう。

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