意外な一面を聞いてもとくになにも感じません

 男はまず、簡単な自己紹介を始めた。彼の名はマルコ。代々王家の庭師として使え、この城にある植物は野菜などの食用のものも含め、膨大な知識と共にすべて把握している。


「あ、なら探している薬草があるんだけれど……」

「どれだい?」


 シャルロッテやヘレパンツァーに畏怖や疑惑の念を抱くことなく、マルコは彼女たちに親切に接した。


 魔女といえども、先に刷り込まれたシャルロッテの前情報のおかげもあるのかもしれない。シャルロッテもシャルロッテで遠慮など微塵もなく、いつも通りのマイペースだ。


 マルコの解説を受け散策していると、再び人の気配を感じる。前から歩いてくる男性の姿を捉え、先に反応したのはマルコだ。


「やぁ、テオ。どうした?」

 シャルロッテと同年代かやや年上か。よく日に焼けた浅黒い肌に細くつり上がった目は、お世辞にも愛想がよさそうな雰囲気ではない。


 現に彼は知り合いであろうマルコに対しても、眉ひとつ動かさず無表情のままだ。

「薬草の香りを確かめるついでに、フェンデルに言われて野菜の出来を確認しにきただけさ」


 思ったよりも声には少年っぽいあどけなさも残っている。マルコは納得したのと同時にがっかりした面持ちになった。

「そいつは精が出るね。しかしフェンデルも野菜に関しては、わしに聞いてくれればいいものを」


 長年の庭師としてのプライドが傷ついたのか、その微妙な機微を察して、テオはすかさずフォローを入れた。

「忙しいと思ったんじゃないか? マルコには、ネリアの世話もあるだろう」

 ネリアがなにを指すのか不明だが、テオの指摘にマルコの顔がわずかに曇ったのをシャルロッテは見逃さなかった。


 テオはふいっと顔を背け、マルコに背を向ける。さっさと歩き出すテオにマルコは投げかけた。


「テオ! 無理はするなよ。体調が少しでもおかしいと感じたら、遠慮せずに周りに報告するんだ。あとアナによろしくな」

 テオはなにも答えずに去っていく。


「……彼は何者?」

 ややあってシャルロッテはマルコに切り込む。彼は乾いた髭を指で撫でつけつつ答えた。

「彼は同じく城仕えをするテオ。たしか二十歳くらいだったかな?」

「彼は薬師なの? 薬草がどうとか言っていたけれど」

 さっきの会話から推測した見解をシャルロッテはマルコにぶつける。細身だったのを考えると、力仕事を任されている感じではなかった。


 さらに年長者のマルコに対して口振りなどからそれなりの地位のある仕事なのだろう。しかしマルコはゆっくりと首を横に振った。


「……いや、彼は毒見係だよ」

 わずかにシャルロッテの紫の瞳が揺らめく。


「毒見係は彼だけじゃないが、テオは主にラルフ王子の毒見を務めているんだ。彼が話していたフェンデルは料理長さ」

「それで薬草の香りを確かめる、と」

 マルコが彼に体調を気遣ったのも納得だ。


「テオは鼻も舌も人一倍繊細で敏感なんだ。その才を王家に買われたのもあるし、なにより王子が彼を信頼している」

「へぇ。あの王子さまが命を預けるほど信頼を寄せているとはよっぽどね」

 不敬罪にもとれる発言だが、マルコは苦笑するだけで聞き流す。


「彼の伯父も毒見係をしていてね。ラルフ王子の母、ミルネリアさまにその腕を買われていたのもあるんだろう。身分の差はあれどもお互いに幼い頃から知っているだろうし」

 話半分にシャルロッテの関心は薬草へと移っていた。しかしマルコが真剣な表情で話を続ける。


「魔女さん、ラルフ王子は他者への振舞いに誤解を受けるところもあるが、本当は優しい方だよ。我々みたいな下々の者にもよくしてくださる」

 聞き流そうとも思ったが、年長者だからか、マルコの持つ雰囲気がそうさせるのか、シャルロッテは彼の言葉に自然と耳を傾けた。マルコの言い方はどこか切なそうでもある。


「私は王子のお食事時に彼のお気に入りの花をお持ちする役目も仰せつかっていてね。その際、何度か年もあって花器をひっくり返してしまったこともあった。でも、あのお方は私を咎めもせず気遣ってくださったんだ」


 自分の不甲斐なさを噛みしめているのか、マルコは唇を震わせ、とんでもない罪を犯してしまったかのような言い方だった。実際、彼の立場としてはありえないのだろう。


 しかしシャルロッテとしては、そんなことで?というのが本音だが、さすがその場で口にするほど愚かでもない。


 それにしてもあの王子に花を愛でる趣味があるとは、そっちの方が彼女にとっては意外だった。

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