じっくり訂正したいのでお時間いいかしら?

 周囲を気にしながらシャルロッテは城の外に出た。

「そうコソコソする必要はないんじゃないか?」

 黒豹姿でシャルロッテに抱きかかえられているヘレパンツァーが静かにツッコむ。


「私だってコソコソしたくないわよ! でもフィオン・ロヤリテート団長に見つかったらまたつきまとわれるじゃない」

 彼は自分を見張ると言っていた。好きにすればいいと思ってはいるが、実際まとわりつかれるのは、それはそれで面倒だ。


 彼の気配がないのを確認し、シャルロッテは足早に歩を進める。夏を前にした爽やかな風が吹き抜けて新緑の香りが鼻を掠める。グランツ王国には四季はあるものの梅雨は存在しない。


山間部なのでスコールに似た突然の雨はあるが、水は木々の根から土を通して川に流れ、大きな災害もなく比較的穏やかな気候だった。


 城の裏手にある庭は、下手すれば迷子になりそうなほど広く、野生に生えたものから小まめに手入れされたものまで様々な植物で彩られている。


 一角には灰色の柱と屋根で囲われたガゼボがあり、おそらく薬草園だと見当がついた。シャルロッテはそこを一目散に目指す。


「クリーアにハイレンの実。これはなかなか立派ね」

 ヘレパンツァーを抱えた状態でシャルロッテは意気揚々と一つひとつを確かめ呟く。鎮痛効果や解熱作用、滋養強壮など薬師が必要とするものばかりだ。


「詳しいな」

「魔女だもの。薬草に関してはある程度はね」

 一度ヘレパンツァーを地面に置き、シャルロッテは気になった薬草を遠慮なく摘んでいく。


「さすが城が管理しているだけあって、かなりの種類がそろっているわね。しかも育てるのが難しいものまで……どうせなら煎じるか乾燥させるかして持って帰ろうっと。呪術に仕えそうなものもあるし」


 上機嫌なシャルロッテに大志、ヘレパンツァーはやれやれといった面持ちで辺りを見渡す。豹になっている分、視界は低いが目も鼻も利く。

 ふと独特の香りを放つ花に気づいた。そちらに自然と顔を寄せると、上から声が降ってくる。


「あ、フルーフ」

 一際弾んだ声でシャルロッテはヘレパンツァーの前にある花の名を告げた。腰を落として、植物と目線を合わせる。


 薄い紅色の花は中心部が黄色く、それを囲うようにして縦長の花弁があり、萼もしっかりとしている。ピンッと高く上に細く伸びた葉は濃い緑色で先は鋭く、形状は水仙に似ている。


「これ、葉に止血効果があって、傷口に当てて包帯代わりに使うといいとされているの。……でも私が欲しいのはこっち」

 そういってシャルロッテは優しくフルーフの茎を手折たおり、赤い花を手中に収める。


「花には毒があってね。おそらく城では、捨てているだろうからいただいてもかまわないでしょ」

「毒殺にでも使うのか」

 ヘレパンツァーが尋ねると、シャルロッテはフルーフの花冠をそっと口元に近づけ、彼に視線を寄越さずに笑った。


「どちらかといえば呪術にね。色々応用が利くのよ、これ。やり方によっては、この花ひとつで相手を地獄に突き落とせる」

 物騒な内容とは裏腹に、シャルロッテはウキウキとフルーフを摘んでいく。コロコロ変わるシャルロッテの表情は、正直見ていて飽きないが、ヘレパンツァーとしては植物に興味はない。


 億劫な気持ちで一度その場で身を丸めようとした。ところが何者かの気配を傍で感じ、耳を立て勢いよく体勢を整える。それはシャルロッテも同じで、すぐさま立ち上がり辺りを窺った。


「誰?」

 厳しい声色で聞くも、返事はない。敵意も殺気も感じられなかったから通りすがりの城の者か。フィオンだと一瞬思ったが、彼なら気配を消してもっと近くまで来るだろう。 


 しばらく気を緩めずにいると、今度こそはっきりと誰かが近づいてきたのがはっきりとわかる。


「お嬢さん。あんた、こんなところでなにをしているんだい?」

 現れたのは初老の男性だった。白が交じった髭ひげを口周りに生やし、長めの眉毛が目の端を覆いかけている。


 使い込まれた茶色い帽子をかぶり、鶯色の長いシャツにズボン。格好は農夫そのものだが、ここにいるということは城仕えをしている庭師か。

 瞬時に彼について考察し、シャルロッテは警戒した雰囲気を解く。


「あまりにも珍しい植物がたくさんあるから見せてもらっていただけよ。この花綺麗だし、もらっていってもかまわないかしら?」

 さも許可を取ろうと思っていたという素振りで、シャルロッテは摘んだフルーフを彼に差し向ける。しかし男は渋い顔になった。


「必要なのは葉だからかまわないが、お嬢さん、その花には毒があるよ」

「ええ、知ってるわ」

 躊躇いもなく答えると、男はシャルロッテを改めて見つめ、脳内でなにかを繋げた。


「紫の目……ああ、あんたが噂の魔女さん、いや聖女さまかい。王家のために身を盾にして騎士団に手を貸したという」


 感謝と尊敬の合わさった眼差しに、シャルロッテの笑顔がわずかに引きつる。

「いろいろ情報が混同しているみたいだから、じっくり訂正させてもらってもかまわないかしら?」

「もう諦めろ」

 ヘレパンツァーがすかさず口を挟む。すると彼の姿を見た男の目が大きく見開かれた。


「これは驚いた。魔女の使い魔は本当に黒猫なんだね……」

 今度は、ヘレパンツァーの赤い瞳が怒りに揺れる。

「はいはい、いちいち訂正するのは諦めなさい」


 さっきのお返しとばかりにシャルロッテは彼を制す。男は口をぽかんと開けて、シャルロッテと黒豹のヘレパンツァーを交互に見た。

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