ラスボスの使い魔としてモフモフ真っ黒のその姿は合格です

「怖っ、天然って怖!」

 与えられた自室に戻ってきてシャルロッテはなにかを吐き出すように叫んだ。フィオンのあの肩透かしを食らった感はなんなのか。


 なーにが女性を口説くのは苦手だ、よ。どの口が言っているの。

 あれは相当な数の女性を泣かせてきているに違いない。シャルロッテは確信する。


「お前にも怖いものがあったのか」

 ふと部屋で待っていた相手から返事がある。シャルロッテはそちらに視線を移すと、綺麗に整えられたベッドの上では、ヘレパンツァーが予想外の姿でくつろいでいた。


「パンター?」

 思わずシャルロッテは尋ね返した。そしてベッドに勢いよく駆け寄り、手を突く。

「なにこれ、あなたわかっているじゃない! 魔女の使い魔といえば黒猫!」

 ヘレパンツァーは人間の姿ではなく、真っ黒な獣の姿をしていた。耳をピンと立て、長い尻尾をパタパタとベッドに当てる。


 シャルロッテが抱えられるほどのサイズで、人間時と同じく毛並みは彼の黒髪に似て艶やかで瞳の色は赤だ。ヘレパンツァーは不機嫌そうにそのままの姿で反論する。


「豹だ、黒豹! 猫なんて冗談じゃない。この俺を誰だと思っている!」

「この際、どっちでもいいわ。微妙に残虐っぽいところがラスボスにぴったり。これであなたも伝説のひとつとして語り継がれるわよ」

 抱き上げてよしよしと可愛がっていると突然、ヘレパンツァーが人間の姿に戻る。おかげで形勢が逆転し、シャルロッテは勢いよくベッドに押し倒された。


「あまり舐めた真似をしていると、このままいただくぞ。こうなったのはお前のせいだからな」

「え?」

 赤い瞳に自分が映るほどの距離で悪魔が妖しく微笑む。


「お前と契約した際に、お前は俺の魔力まで奪ったんだ。これは契約内容にはない。術が上手く使えないのもそのためだ。おまけに黒豹Pantherなんて名前までつけやがって……。交わって返してもらおうか」

 シャルロッテは目を白黒させる。そして、ややあってから乾いた唇を動かした。


「……つまり、今のパンターは地獄帝国の総監察官でネクロマンサーの面影もなく、ただの仔猫に似た黒豹に近い、と」

「犯すぞ」

 改めて状況を指摘され、ヘレパンツアァーは吼えた。しかしシャルロッテは彼の下で余裕のある笑みを浮かべる。


「ま、本来の力を失って気が立つのも無理はないけれど、幸いなことにあなたの魔力は契約者である私の中にあるんだからそこまで慌てる必要もないでしょ」

 シャルロッテの言い分にヘレパンツアァーは気を削がれる。最初はとんでもない召喚者だと思ったが、意外と頭の回転も速く馬鹿でもない。事実こうした状況でもシャルロッテは冷静だ。


 なにより魔力を奪われたからとはいえ、無意識に彼女に名を縛られているのが現状だ。そこは悔しいので口にはしないが。

 ヘレパンツァーはゆっくりと体を起こし、シャルロッテに話題を振る。


「で、どうだった? 異世界から現れたという聖女は? ラスボスを目指しているんだ。喧嘩のひとつでも吹っかけておいたか?」

 挑発的な物言いのヘレパンツァーにシャルロッテはあっけらかんと言い返す。


「べつに私自身は彼女と必要以上に関わるつもりはないわよ。まだこっちに来たばかりで誰ともフラグが立っていない彼女に用はないわ。敵対するなら、どちらかというと王子さまの方かしら?」


 国外追放を言い渡されるためには、その立場にあるとラルフにせいぜい自分が危険な存在だと思わせないとならない。いや、実際に行動しなければラルフはシャルロッテを自身の思惑だけで国外追放などにしないだろう。


「これもすべてはフィオン・ロヤリテート団長が余計なことを言ったせいよ! なんなのあの男。さっさと聖女とフラグ立てて恋愛ルートに突入しなさいよ!!」


 怒りに震えるシャルロッテだがヘレパンツァーは理解できない。

 しかしシャルロッテとしては、さも自分を庇っているようで、ことごとくラスボスとしての道を閉ざそうとするフィオンに、腹立たしさが抑えられない。


「聖女さまにはぜひ頑張ってあの意味不明な団長をさっさと落としてほしいところだわ!」

 この際、第二王子か、にっくきブリースターでもいい。他力本願なのはわかっているが、シャルロッテの目指すところにフィオンの存在は邪魔なだけだ。そもそも彼に関しては小説とはまったく違う言動をするので戸惑いが隠せない。


 とはいえヒロインも現れたのだ。シャルロッテが処刑されているという前提がないにしても、とにかく早く小説通り、彼との仲を深め、男連中を虜にして物語を進めていってほしい。


「今のところ、どの男共も聖女に対する好感度があまりないから、彼女にちょっかい出しても私にメリットないしねぇ」

 てっとり早く皆に愛されている聖女に嫌がらせをして憎まれ役として国外追放もいいかと思ったが、ラスボスとしてはどうも小物感が漂う。


 シャルロッテは小さく息を吐き、彼女はベッドから背中を浮かす。


「で、このまま城での好待遇に甘んじるつもりか?」

「まさか。でも機会を見てこちらからなにかしかけるにしても、ある程度の城の内部や実情を探っておく必要があるからね。それに裏の薬草園には珍しい種類の植物がたくさんあるらしいから、使えそうなのはもらっていこうと思って」


 ぱっと明るい顔になったシャルロッテは年相応のものだ。さも当然のようにもらっていくと言ってはいるが、おそらく許可は誰にも取っていない。

 ヘレパンツァーは軽く首を傾げた。


「相変わらず、たくましい女だな。で、さっきの天然が怖いってなんの話だ?」

 シャルロッテはヘレパンツァーより先にベッドから離れ、まだ座り込んでいる彼を静かに見下ろした。再び髪を適当にひとまとめにする。


「私は、あなたみたいなタイプの方が扱いやすいってことよ」

「お前にこの俺が扱えると思っているのか?」

 眉間に皺を寄せ、整った顔を歪めるヘレパンツァーにシャルロッテは面倒くさそうに髪を手櫛で整えた後、彼に手の甲を向けて振った。


「はいはい。じゃ、休憩したならさっさと行動に移しましょう」

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