人の顔を覚えるのは得意だった……はずですが(自信失くしてきた)
「“魔女の髪には魔力が宿る”」
シャルロッテは虚を衝かれる。なぜならそれは彼女が続けようとした言葉だったからだ。
「わかっているよ。だからこの前は大事な髪を切って申し訳なかったね」
申し訳なさそうなフィオンに、シャルロッテは軽く息を吐いた。
「気にしていないわ。それにご覧の通り、もう戻ったから」
見せつけるようにシャルロッテは髪をほどき、高らかに掻き上げた。
絡まりそうで絡まらない彼女の癖のある髪はクローディアとフィオンの間に入った際に、彼の剣によって一部を中途半端に切られた。
ところが、その跡形はまったくない。
「君にはそんな力が?」
「私じゃなくて、たぶん契約者の力ね」
シャルロッテは部屋にいるであろうヘレパンツァーの姿を思い浮かべる。彼と契約したときに自分のものではない大きな力を感じた。
髪の毛だけではなく傷も治っているのは、おそらく彼との契約が影響していると結論づける。
説明した者のフィオンを見れば複雑そうな表情をしていた。そこでシャルロッテは自分の態度と言い分が随分と無遠慮なものだったと気づいた。
「……ごめんなさい。咄嗟のこととはいえ一応、気遣ってくれたのに……」
気まずくも素直に自分の非を詫びると、ややあって頭に温もりを感じた。手のひらの感触がじんわりと伝わってきて、今度はその手を振り払わずにそっと相手を見上げる。
「これは許してもらえるかな?」
「そうね、痛み分けってことで」
穏やかに告げられシャルロッテは自身を納得させる。すると一転してフィオンが真剣な面持ちになった。
「ひとつ、訂正したい」
改まってなんなのか。シャルロッテは彼に意識を戻す。続けてフィオンはシャルロッテから視線をはずさないまま形のいい唇を動かした。
「俺は女性の髪に気安く触れる真似はしない」
わずかに身構えていた分、告げられた予想外の内容にシャルロッテはどっと脱力した。
「なにを言われるのかと思えば……そうそう触っている方が引くわよ」
『魔女の髪を気安く触らないで』
どうやら自分の発言を受けて、相手は律儀に蒸し返してきたらしい。実際、髪に力を入れる女性は多いので、褒めて距離を縮めるためにさりげなく触れるやり手の男性も多いのも井実だ。
「ま、あなたの場合は相手の方から寄ってくるでしょうしね」
「あまり興味ない。女性を口説くのは苦手なんだ」
たしかにフィオンは、数多と浮名を流すタイプにも思えない。現に今シャルロッテに対する触れ方も、女性にというより子どもへの扱いだ。
やっぱりこの外見が問題ありよね。
凹凸のない体つきを見て、シャルロッテは遠い目をした。
異性に絡まれる心配もないし、下手に同性の反感を買うこともない。相手を油断させるためにもなにかと都合がいいのだが、ラスボスとしてはどうなのか。
ギャップ萌え? いや、そんなジャンルいらないし。
「そういえば、ラルフとどこかで会ったことがあると言っていたが、知り合いだったのかい?」
「んー。はっきりとは覚えていないんだけれど、なんとなく知っている気がして……」
物語を読んで、あまりにもイメージ通りだったから? でもそういう感じじゃないのよね。
人の顔を覚えるのは得意な方だ。とはいえ、あそこまで整った顔立ちなら、なにかしら印象に残っているだろう。
会っている? 前世で? 一瞬疑ったが、見た目も性格もあんなふうに強烈な人物はいただろうか。しかし前世に関してはすべての記憶を事細かく取り戻したわけでもない。
小骨が喉に引っかかったような気持ち悪さに顔をしかめていると、ゆくりなくもわずかに顔にかかっていた髪が取られる。
いつの間に距離を縮めたのか、至近距離にフィオンがいて彼は妖しくも魅惑的に笑った。
「それは妬けるな」
彼の言葉にか、行動にか。珍しくシャルロッテは硬直した。その時間わずかコンマゼロ一秒。シャルロッテはそのままの姿勢でぎこちなく聞き返す。
「き、気安く触れたりしないんじゃないの?」
「だから気安くは触ってはいないが」
フィオンの笑顔は相変わらずだが、言い知れぬ黒さを感じるのは気のせいか。声も表情も柔らかいのに抵抗できない妙な圧がある。
そこでシャルロッテは聞きそびれていた話をようやく口にする。
「そ、そういえば、あなたこそ私とどこかで出会ったことがあるの?」
『間違っていないさ。シャルロッテ……君に会いたかった』
『そもそも私たち、初対面よね?』
初めて会ったときのやりとりからすれば、彼は自分を知っている素振りだった。物語の中で、もしかするとふたりはなにか接点があったのか。けれど本編にそんな描写は一切なかった。
混乱しつつ尋ねたシャルロッテに対し、フィオンは不敵な笑みを湛えたままだ。
彼は手に取ったシャルロッテの細い髪を自分の口元にゆるやかに持っていく。
「さぁ、どうだろうね」
なぜ、そこで誤魔化す!?
盛大に心の中でツッコみを入れる。口にできないのは自分の置かれた状況のせいだ。シャルロッテはさっと踵を返した。
「とにかく用事はすんだんでしょ? あなたも騎士団の仕事もあるでしょうし、見張っても見張らなくても私の好きにするから無駄だって先に言っておくわ」
「シャーリー」
フィオンに背を向け歩き出していると、慣れない呼び名が耳に届く。思わず振り返ればフィオンは曖昧に笑った。
「って呼んでもかまわないかな? 今更かもしれないが」
『シャルロッテ』の愛称だろう。他者に呼ばれた覚えはないが、特段おかしくもない。そういえばフィオンは何度か自分をすでにそう呼んでいた。
「べつにかまわないけれど、あまり私と親しそうにしない方がいいと思うわよ。さっきもそう。あなたの立場もあるだろうし」
ありえないだろうが、彼と共に追放される未来など想像したくもない。
正直なところ、彼には自分ではなくエマのところに言っていてほしいところだ。
プリ―スターやラルフに反抗してまで自分を庇って彼にはなんの得があるのか。
「そうだね。呼ぶのは君とふたりだけのときにするよ」
思わぬ切り返しにシャルロッテは、口をぽかんと開けた。そしてフィオンはシャルロッテに大股で近づくと、今度こそいつもの温和な笑顔になる。
「ありがとう。俺の心配までしてくれて。ちょっと用事を済ませたらまた会いに行くよ」
爽やかな笑顔を向け去っていくフィオンの背中を眺めながら、シャルロッテはしばし硬直していた。
ひとまず、人の顔を覚えるのが得意だという自負は今後改める必要があると思い直す。
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