もしや処刑回避で主役カップルのフラグをへし折ってます?
「まったく、君は……」
部屋を出た後でフィオンが大きく息を吐く。彼の立場からすると、先ほどの状況は緊迫めいたものだった。前髪を掻き上げ、短めのダークブラウンの髪が彼の指の間を滑る。
「肝を冷やさせてごめんなさいね。でも頼んでもいないのにあなたが余計な庇い立てをするからでしょ。私はむしろ王家に仇を為す存在として認定されたいんだから!」
ありがた迷惑もいいところだ。不満を露わにするシャルロッテにフィオンは眉尻を下げた。しかしシャルロッテの勢いは止まらない。
「だいたい私を見張るってなによ!」
「あれは、たんに君と一緒にいたい口実だよ」
あっけらかんと返すフィオンにシャルロッテは目が点になる。
どこまで冗談を言っているのか。相変わらず彼の思考回路が読めない。
「やめてよ。あなたは私より聖女と一緒にいるべきよ」
「どうしてだい? 誰のそばにいるのかは俺自身が決める」
だからってどうして自分なのか。
頭を抱えそうになり、ふとある考えに思い至る。
たしか読んだ小説では、シャルロッテを処刑したことに罪悪感を抱いていたフィオンにヒロインが寄り添い、ふたりの距離はぐっと縮まるのだ。つまり……。
「なに? 私が処刑されていないからくっつけないわけ?」
「君はずっと処刑にこだわるね」
好きでこだわっているわけではない。大体、自分のせいだとしてもこの世界で聖女と騎士がくっつくためにシャルロッテが手を貸す道理はない。
フィオンが聖女ではなく自分にまとわりつくのは多少、鬱陶しいがこの際無視だ。
それよりも、はっきりさせておかなければならないことがある。
自分の隣を歩く背の高い男を見上げ、シャルロッテは言い放つ。
「言っておくけれど私は自分の目的のために好きに行動するから。その結果、あなたがどんな扱いを受けようと、私の知ったことじゃないからね!」
自分の行動次第でフィオンの責任が問われ、彼が罰せられる可能性もある。しかしそんな事態を考慮する気などシャルロッテにはまったくない。そこで閃く。
「あ、じゃあ、いっそのこと、そうなったら聖女さまに慰めてもらえば?」
ふたりの距離を縮める新たなきっかけイベントとしてどうだろうかと提案する。
するとフィオンがシャルロッテの手を取った。不意打ちに驚く間もなく距離を縮められ、シャルロッテは自然と目線を上げる。彼の赤みがかった茶色い虹彩が揺れ、シャルロッテを捉えた。
「そうなったら……俺は君と一緒に国外追放を希望するよ」
一瞬の静寂がふたりを包み、シャルロッテはフィオンの手を払いのけた。
「冗談じゃないわよ! ラスボスは私ひとりで十分! そっちはすでに知名度あるんだから余計なことしないでよ」
万が一、エーデルシュタイン騎士団の団長であるフィオンが国外追放などとなったら人々の関心はすべてそちらに持っていかれる。
王家に仇を為し、恐ろしいラスボスとして国外追放されたとしても、シャルロッテの立場がかすんでしまうのは目に見えていた。
なんとしてもその状況だけは阻止すべきだと誓っていると、先ほどのラルフの顔が浮かんだ。
「それにしてもあの王子サマ、頭はそれなりに切れるみたいだけれど、あんな辛気臭い性格で国王になるには少々難ありかもね。でも彼が今のところ王位継承第一候補なんでしょ?」
振られた話題にフィオンは表情を緩め、眉尻を下げた。
「彼には、本当は次期国王になるべく育てられた兄がいてね。誰も彼が王位を継承すると思っていたが、数年前に異国の地へ赴き行方知れずになったんだ。必然的に第二王子のラルフが跡を継ぐことになったんだが、本人は複雑だろう」
思いもよらぬ事態にプレッシャーを感じているのか。あくまでも第一王子の代わりという立ち位置だからか。ラルフの胸中は知らないし、シャルロッテとしても興味ない。
けれどラルフの生い立ちを語るフィオンは騎士団の団長というより、兄貴分として弟を心配する口調だった。
「彼とは、個人的に親しいみたいね」
なんだかんだで、ラルフもフィオンのことは信頼しているのか、先ほどの会話でも気心が知れている雰囲気があった。
刺々しくはあったが、逆に言えばそれがラルフの素でもあり彼にぶつけられる仲なのだと。
「彼の兄と同い年でね。ラルフは今、二十五で俺よりふたつ年下だけれど、同じ師に剣を習い、それこそ兄弟のように育ったんだ」
「なるほど」
最近ラルフの父である国王の体調が思わしくないらしく、公務を代打で執務する機会が増えた身としては、次期国王としての道が、現実味を帯びてきているたわけだ。
王家に生まれ、幼い頃から次期国王の兄を補佐する役目だと叩き込まれてきた彼にとって、兄を失い自分ひとりに降りかかる重圧は相当なものだろう。
先を見据え結婚も急かされているが、本人はまったくその気がないらしくその分周囲が彼の妃や側室候補にとあれこれ画策しているというわけだ。聖女を置くのも伝統であるのと同時に彼の伴侶候補としてもみなされている。
そう思うと私はやっぱり聖女として生き延びなくて正解ね。
ああいったツンデレタイプには純真無垢なヒロインはそれなりに眩しく映るのだろう。
「あまりラルフを嫌わないでやってほしい」
「あなた、言う相手を間違っているわよ。私に言ってどうするの」
それは、ラルフに冷たくあしらわれた聖女であるヒロインにかけるべき言葉だ。
「大体、嫌いも好きもないわ。大事なのは、私のラスボスとしての地位を確立するため、利用できるかどうかって一点よ」
きっぱりとシャルロッテは言い捨てる。間違いなくこのままいけば、ラルフが次期国王になるだろう。
しかし彼の王としての手腕や民からの信頼はこれからだ。かといって今の国王は床に伏せているので相手にならない。こちらの名を上げるためには相手も万全でいてもらわなければ。
「なんとも微妙なタイミングね」
先ほどのラルフの言い分からすると、自分を国外追放にできるほどの権限は得ているのだろう。だとすれば妥協するべきか。
頭の中で逡巡していると、不意にフィオンが束ねているシャルロッテの髪先に触れた。反射的にシャルロッテは彼から距離を取る。
「そこまで嫌われると、さすがに悲しいな」
「言ったでしょ。好き嫌いじゃない。私はそこらへんの貴族令嬢とは違う。ラスボスになる女よ。魔女の髪を気安く触らないで」
ルーンを口にしそうになるのをぐっと堪えたが、空気が冷たく一触即発のものになる。重い沈黙に口火を切ったのはフィオンだった。
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