聖女を含め誰ひとり人の話を聞かないのはどういうことですか
「フィオン、噂の怪しい女を連れてきたのか?」
銀色の長い髪の間から覗く鋭い眼光。眉間に深い皺を刻み、白い神官服を身にまとった男から不機嫌そうな声が飛んできた。
うっ、わあぁぁぁぁぁ!! 物語で読んだ通り、あきらかに嫌な奴! 相変わらずの威圧的な態度ね。殴ってやりたい、今すぐにでも!
衝動に駆られそうになっていると、こちらに向かってくるひとりの少女がいた。
「フィオンさま! よくぞご無事で」
自分の隣に立っているフィオンに縋るように訴えかけている。プリ―スター憎しでまったく視界に入っていなかった。
ヒロインきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
まるで芸能人にでも会ったかのような気分だ。年はシャルロッテと同じく十六歳なのだが、前世の読者だったときが社会人だったため、妹を見るような生温かい目になる。
さらさらの黒髪にくりっとした大きい瞳が印象的で、あまり背は高くなく庇護欲を掻き立てられそうな儚さと善意と素直さが伝わってくる。異世界から召喚された証であるセーラー服は最大の萌えポイントだ。ここから彼女のドレスアップによるギャップに男性陣はメロメロになるわけだ。
原作では地味な容姿で描写されていたが、そこらへんの貴族令嬢やアイドルやよりよっぽど可愛い。
これがヒロイン補正ってやつね。
にやけそうになるのを引き締め、冷たい表情を作る。しかし彼女はシャルロッテのことなどまったく気に留めず、フィオンを上目遣いに見たままだ。
「心配していました」
「君に心配してもらう必要はないよ。俺は俺の仕事をしたまでだ」
先ほどの自分への態度とはまったく違い、すげなく返すフィオンを思わず二度見する。
ちょっ!? そんな冷たく接することないでしょ! あ、でも最初ってこんなもんだっけ?
混乱していると、やっと彼女の視線がシャルロッテに向いた。
「あなたは?」
シャルロッテは待ってましたと言わんばかりに答える。
「私は紫水晶の魔女ことシャルロッテ。初めまして、聖女さま」
わざと悪役らしく怪しげな雰囲気を心がけた。すると相手の目が大きく見開かれる。
「う、そ……。シャル、ロッテ?」
よし、ひとまずこれでヒロインとの対面は果たせたわね。これで物語の展開は間違いなく大きく変わったはずよ。
内心で得意げになっているシャルロッテに彼女はゆっくりと口を開く。
「私は、エマです。あの、あなたは」
「シャルロッテと言いましたね?」
ヒロイン、エマの言葉を遮り、口を挟んできたのはブリースターだ。
「聖女候補が王家に仇を為そうとしていたのを事前に報せ、食い止めたと聞いています。ですが私はあなたが善意だけでそんなことをしたとは思えない。すべてはあなたの企みだったのでは?」
高圧的な物言いで、普通の者なら間違いなく怯むだろう。
なによ、ブリースター。あんたのこと死ぬほど……っていうか死んだんだけれど、恨んでたけれど今は拍手を送りたい気分だわ。
シャルロッテは物怖じせず、怪しげに口角を上げる。
「だったら、どう」
「違います」
シャルロッテの言葉を遮り、フィオンが言い放つ。あまりの不意討ちに、シャルロッテはとっさに反応できなかった。
「プリ―スター、現場にいなかった君には理解できないだろうが、彼女は身を挺して現場にいる皆を庇い救った。結果的に誰ひとり被害が出なかったのは彼女の功績だ」
なにを言いだすのかと思い、シャルロッテは反論する。
「いや、だから」
「我々に取り入るつもりだったのでは?」
ブリースターがフィオンに冷たく返し、また出鼻を挫かれる。
「ちょ、あんたも人の話、聞きなさいよ!」
「取り入る? 拒んだ彼女をここに連れてきたのは俺だ。それに命じたのは君だろう?」
自分がここにいないかのように扱われ、シャルロッテは不満しかない。
ブリースターは押し黙り、フィオンはシャルロッテの肩を抱いた。
「とりあえずラルフ王子の元へ連れていく。王子も彼女に会いたがっていた」
「さっきから一方的に話を進めないでくれる?」
フィイオンの手を払いのけ、シャルロッテは眉をつり上げる。自分としてまだブリースターに言いたいことがあるのだ。物語の中での鬱憤をせめてここで晴らしておきたい。
彼の方を向いて一言物申そうとすると、ブリースターが敵意に満ちた目でこちらを見ている。
「フィオン。あまり勝手な真似をすると自分の首を絞めることになるぞ。王子がその魔女に不信感を抱いた場合、容赦はしない」
その眼差しに、既視感を覚える。
あの目……。私の持つ力が魔力だとわかって、非難したときの……。処刑を進言したあのときの……。
「よく言いますわ、神官殿」
気づけばシャルロッテはブリースターに向かい、口を開いていた。
「異世界から無事に聖女を召喚し、すべてはあなたの思い通りなのに、なにをそう恐れているのかしら?」
シャルロッテの発言にブリースターは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「恐れている? 魔女ごときがなにを言う。王家に仇を為す者を前に警戒してなにが悪い?」
「その認識はありがたいけれど、だったらもっと余裕たっぷりにしていたら? 魔女ごときに。聖女さまもいるんだから」
ブリースターの表情が今度こそ不快と怒りに満ちたものになった、しかしシャルロッテは気にせず、踵を返す。
「フィオンさま」
そこに声がかかった。
「あの、私もご一緒してかまいませんか? シャルロッテさまは、聖女候補だったほどの方の力を封じられるほど巨大な力をお持ちなんですよね?」
シャルロッテを警戒し、聖女の務めを果たそうとしているのだろう。なんとも健気だ。
さっさとこのふたりにくっついてほしいし、ここは……。
「そうね。せっかくだし、あな」
「お気遣い感謝するけれど必要ない」
にこやかに許可しようとしたシャルロッテに対し、フィオンがぴしゃりと跳ね除ける。
「ちょっと、いいじゃない。彼女もついてきてもらったら」
「まだこちらの世界について不慣れでしょう。ブリースターの元でゆっくりしていてください」
シャルロッテの言い分を無視してフィオンは再び彼女の肩を抱いて歩を進める。
これ以上、押し問答を繰り替えるのも面倒になりシャルロッテは渋々従って足を動かした。
そんなふたりの背中をブリースターは睨みつけ、またエマは唇を噛みしめ恨めしそうに見つめる。
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