第四章
ラスボスとしてやって来たことを忘れないでください
落ち着かない。どうしたって落ち着かない。
シャルロッテは居心地の悪さを顔にも態度にも隠さず、前を行く相手についていく。
前回は気づけば城に運ばれ部屋で寝かされていたが、せっかくファートゥム城へ堂々と乗り込むのだ。
どうせなら派手に登場して存在を印象づけようと、城門前で警護していたエーデルシュタインの団員の前にシャルロッテとヘレパンツァーは前触れもなく現れた。
突風が起こったのと同時に突如姿を見せた怪しい二人組に、予想通り若い青年の団員は目を剥いて条件反射で剣を抜いた。
一方、年配の団員はグリップに手を掛け警戒心を露わに容赦のない目で魔女と悪魔を睨みつける。
「貴様、何者だ!?」
歓迎されていない不信感溢れる声と眼差しに、シャルロッテは心を躍らせた。
ラスボスに向けられるものとしては、まずまずかしら。ここで名乗って王家に仇をなす者だと堂々と宣言しておけば、ゆくゆくは……。
「私は紫水晶の魔」
「やぁ、シャーリー! 約束通り来てくれたんだね」
計画という名の妄想を繰り広げ口にしようとした瞬間、不意に声をかけられる。
今の一触即発の雰囲気に相応しくない穏やかな口調だが、号令でも聞いたかのようにその場にいる団員たちは気を引き締めて姿勢を正す。
城内からゆっくりとこちらに歩み寄ってくる男性は、フィオン・ロヤリテート。見た目は爽やかな好青年だが剣の腕は確かで、王家直属のエーデルシュタイン騎士団の団長を務めている。
いわばシャルロッテとは敵対関係にあたる……はずだ。
「また会えて嬉しいよ。髪をまとめている姿もよく似合う」
しかし相手は敵どころか、友人よりさらに親密そうに接してくる。シャルロッテはそんなフィオンの態度がまったく理解できない。
だいたい、ついこの前に初対面を果たしたばかりだ。これが自分に対する嫌がらせとしてわざとだとしたら、それはそれで食えない男だとは思うが。
「約束した覚えはないし、私は私の目的のためにここにいるの」
「わかっているよ。ようこそファートゥム城へ」
素っ気なく返すが、フィオンはニコニコと笑うだけだ。悪役として煽ってやろうと意気込んでいたシャルロッテは。毒気が抜かれ脱力した。
まぁ、相手の情報を掴んでから憎まれ役に徹してもいいか。聖女ももうすでにいるわけだし。
考えを改め、ここはおとなしく相手に従うことにする。以前、通された部屋に再び案内され、ややあってフィオンがシャルロッテを呼びに来た。
ヘレパンツァーは付き合うつもりがないらしくシャルロッテのみフィオンついて部屋を出ていく。
以前はさっさと城を出て行ってしまったので城の内部構造までは把握できなかった。この機会にとあちこちに視線を飛ばす。
廊下では何枚もの幾何学的なステンドグラスが太陽の光を通し内部で上手く反射させ、一定の明るさを保っている。宝飾品の類はあまりなく、逆に細やかな彫刻が至る所に施されていた。
それにしても本来なら招かれざる客として王家側の目をかいくぐりながら城の内部に潜入するはずの自分が、こうも堂々と城内を歩いているのはシャルロッテ自身も奇妙だった。
ちょっと待って、なんかこれって原作を辿ってない? でも今の私は聖女候補ではなく強力な魔力を持った者としてここにやって来たのよ。なにかされそうになったら返り討ちにしてやるわ!
考えを改め、この待遇の発端となった前を歩く男に視線を戻す。広い肩幅、すっと伸びた背筋は背後のシャルロッテの存在をあっさり覆い隠す。
通りかかる城の者は、律儀に道を開けフィオンに頭を下げた。それは彼の身分云々というより人柄もあるのだろう。
軽く笑顔で答えるフィオンに若い女性の使用人は嬉しそうだ。対照的に彼らはフィオンのうしろにいる存在にはやや怪訝な表情になる。
「あれって、前に噂になっていた魔女でしょ? やましいことがあるから逃げ出したって」
「大丈夫なの? 王家を救ったとか言われているけれど実は黒幕だったって……」
怯えたようにコソコソと話す使用人たちの会話の内容にシャルロッテは笑顔になるのを必死に堪えた。
いい感じに私が悪役だって広まっているじゃない。畏怖の目を向けられるの、最高ね!せいぜい刺激しないように引いてくれていたらいいわ。
「でも、どうしてそんな魔女がここへ?」
「なんでもフィオン団長が対峙して言うことを聞かせたらしいぞ」
その言葉にシャルロッテの肩がぴくりと震えた。
「さすが。やっぱりラルフ王子が信頼しているだけあるわね。聖女さまも無事に決まって、魔女なんて王家の敵じゃないわ」
「そういえばフィオン団長と聖女さま、とてもお似合いよね」
さっきまでの高揚感から一転し、シャルロッテは青筋を立てた。
なんでこの男の手柄になってるわけ? 話の中心が完全にこの男に移ってるじゃない!
もっと自分に対する俗言はないのか。結果的にフィオンの評判を上々させただけなのは気に食わない。
そもそもこの男の自分に対する態度は、エーデルシュタイン騎士団の団長としてはどう考えても失格だ。しかし今の状況は、ある意味フィオンの思惑通りになっているので、彼のうしろでシャルロッテは静かに闘志を燃やした。
私だって道を歩くだけで誰もが恐れ平伏すラスボスになってみせるから!
フィオンが頭を下げられている理由とはまったく逆だ。
「なにか強い敵意を飛ばされているのは気のせいかな?」
フィオンが振り返り、困惑気味にシャルロッテに問いかけた。シャルロッテは不敵に笑う。
「むしろ飛ばされないとでも思った? 私は皆から恐れられる伝説の大魔女になるんだから」
ラスボスとして憎まれながらも、誰も近づこうとしない負の存在となりしっかり物語に名前を残して、裏で好き勝手生きるのだ。
「できれば君からの熱視線は正面から受け止めたいね」
さらりと返して前を向くフィオンにシャルロッテは、顔を引きつらせる。
さすがは団長ね。こちらの言うことにまったく動揺も機嫌を損ねることもしないなんて。
「さぁ、着いたよ。プリ―スターが待っている」
大きな扉の前で足を止め、フィオンが声をかける。
「噂の聖女さまもいるの?」
「ああ」
短く彼が答え、扉が開かれる。珍しくシャルロッテはわずかに緊張していた。物語の中のシャルロッテは聖女候補として、この扉の向こうにいるプリ―スターを対面を果たしたのだ。
でもあのときとは、状況はまったく違う。私の立場も魔力だって抑えずに自由に使える。
強い眼差しでシャルロッテは開いた扉の向こうに歩を進めた。
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