踊らされていると見せかけ転ばすチャンスを狙ってます
「さてと、呪いはすべて私のせいにするように言ったし、これで私のラスボスとしての悪名も広がっていくかしら?」
「正直なところ、望み薄だな」
両腕を上に伸ばし呟くと、律儀に返事があった。紺青色の画廊の屋根は思ったよりも凹凸があり、足場はしっかりしている。
突風がシャルロッテの髪をなびかせ、彼女は思わず片目を閉じて頭を押さえた。視界をはっきりさせようと髪をひとまとめにする。高いところから眺める町は安穏そのものだ。
シャルロッテは遠くを見つめたまま風に声を掻き消されないように腹に力を入れて張り上げ気味に呟く。
「結局、パンターの言う愛だの恋だのは理解できないままだったけれど、改めてわかったのは自分の心に嘘をついてもつらいっていうことだけね」
「お前みたいにみんながみんな自分の欲望に正直には生きられないんだ」
だからこそ抑え込んだ欲望や隠れた弱さに悪魔としては付け込む隙がある。
シャルロッテは不服そうにヘレパンツァーに顔を向けた。彼女の蜂蜜色の髪が風に誘われ宙を舞う。
「失礼ね、これでも私だって自分を偽って、気持ちを隠し通して生きていたときもあるのよ」
「……そこは笑うところなのか?」
「笑えないわよ。一回目はそれで失敗したんだから」
開始一ページ目で処刑されたシャルロッテは、自分の魔力を隠し、聖女候補として城に参入した。そこで彼女の力が明らかになり、王家を意のままに操り、国を自分のものにしようとしているなど糾弾され、憎悪と冷たい腰線や言葉を浴びせられながら死んでいった。
当然の報いだと、誰も彼女の死を悲しまないし悼まない。
読者としての自分もそうだった。けれどシャルロッテとして生まれ変わり、彼女の本心は別のところにあるのだと今ならはっきりわかる。
「絶対に同じ過ちは繰り返さない」
固く誓い、遠くを見つめる。そういえば、自分の気持ちを押し殺して生きてきたのは、物語のシャルロッテだけではない。
『沙織ちゃん、いつも黒い絵ばかりを描くんです』
『白鳥さんって、なんでそう愛想がないの? 暗いし職場の士気が下がるのよ』
前の人生の話だ。子どもの頃も大人になってからも、そのままでいようとするとなぜか責められる。差し障りがないように生きていかないと。
“普通”でいなければならない。
「小さい子どもが黒色ばかり使って絵を描くものだから精神科への受診一歩手前よ」
可愛いお姫様など描かない。いつも描くのは真っ黒な衣装に身を包んだ魔女ばかり。得意げに怪しげな魔法陣まで描きだしたときは大人たちの笑顔を引きつらせた。
母親は娘の発達を本気で心配し、思い詰める表情が多くなった。それを見て、幼心に魔女を目指すのは隠すようにしようと決心したのだ。
他の同年代の子どもと同じように振る舞えば大人たちは安心した。
「お前の場合、内容よりも絵が壊滅的だったのもあるんだろう」
「そっち!?」
勢いよく振り向きヘレパンツァーにツッコむ。また小馬鹿にした顔をしているのかと思っていたら、意外と神妙な面持ちだ。彼はなにも言わずシャルロッテを抱き上げる。
「で、あの絵の作者とはどういう関係なんだ? 知り合いか?」
至近距離となった悪魔が問いかける。赤い瞳に映る自分を見て、シャルロッテは目をぱちくりとさせた。
「お前はすぐに顔に出るからな」
どうやらあのときのシャルロッテの微妙な驚きを彼は感じ取っていたらしい。契約者だからか、それともヘレパンツァーが意外にもシャルロッテをよく見ているからか。
「とりあえず丁寧にご招待を受けたことだし、一度城に戻りましょうか」
この場では答える気はない。ヘレパンツァーはため息をつくとファートゥム城の方角に体を向けた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「どうやら異世界から無事に聖女が召喚されたらしいのよ。せっかくだから挨拶でもしておこうと思って」
赤い瞳に映る自分を見ながらシャルロッテは答える。
「それにフィオン・ロヤリテート団長の言い分も理に適っているからね。私の輝かしいラスボス伝説のために、ついでに王家の人間の情報を得るいい機会と捉えましょうか」
「あの男に踊らされているんじゃないか?」
ヘレパンツァーの指摘にシャルロッテは口角を上げた。
「あいにくダンスは得意じゃないの。どうせなら転がしてやるわ」
挑発的な物言いにヘレパンツァーはあきれた面持ちになり目を閉じた。意識を集中させる。
やはり移動魔術は骨が折れるが、今度は先に居た場所に戻るのだから前回のような失敗は許されない。自分の悪魔としての沽券にも関わる。
「今度は失敗しないでよね」と余計な声援に顔をしかめるが、どうしてかそこまで嫌なものには思えなかった。
シャルロッテを馬鹿で単純だと見下す一方で、洞察力に優れ、魔術においてもそれなりの使い手だとは認めている。
変わった魔女だ。
彼女のような契約者には会ったことがない。だからこそ、もう少しだけ一緒にいてやってもいいと思えるのかもしれない。
澄み渡る青い空の中、風の流れが変わり竜巻のような渦にふたりは静かに消えていった。
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