推理を披露するので、そろそろ答え合わせといきましょう

 閉め切った画廊はおのずと空気が淀む。絵画に使われた絵の具の独特な香りが漂い鼻につくが、ヨハンはこれが好きだった。

 いつか自分も祖父みたいな画商になって、素晴らしい作品をこの画廊に飾っていきたい。そう願っていた。


 ヨハンはじっと恋人同士が描かれている絵画を見つめる。この絵には随分と翻弄された。見る者を惹きつけ、多くの人間がこれを見ようと画廊を訪れ話題をさらっていった。

 しかしライマーとヴァネッサがこの絵を見た後に体調を崩し、ライマーからの訴えで呪われた絵と烙印を捺されてしまった。

 見る者を不幸にするとし、この画廊から人の足を遠ざけていった。


 ずっと部屋の奥に仕舞われていた恋人同士を描いた絵は、久々に画廊にその姿を見せている。


『あの噂の恋人同士の絵を再び画廊に飾る。その準備のためしばらく画廊を閉めるつもりだ』


 シャルロッテの指示してきた噂の内容だ。どういうつもりなのかと聞いたが、彼女ははっきりと答えなかった。

 呪われた絵の原因を自分のせいにしたいと話していたが、それに関係があるのか。

 わからない。わからないのに、どうして彼女の言う通りにしたのか。


 祖父は、元々人が来なくなっているのもあり『お前の好きにすればいい』とヨハンに判断を委ねた。

 所詮は悪魔を連れた魔女だ。狡猾で利己的で近づく存在ではない。けれどヨハンは結局、シャルロッテに従ってしまった。


 馬鹿だよな、俺。でも、またこの画廊に再び人を集めることなんて……。


 自嘲的に恋人同士の絵を見つめる。黄金の額縁にはめられ、多くの人々の注目を浴びた絵画は、今は静まり返った画廊でヨハンの視線しか浴びていない。


……あれ?

 ヨハンは目を擦こすって、改めて絵をじっと見つめる。とくに変わったところはなにもない。にもかかわらず、妙な違和感を覚える。

 初めて見たとき、あんなにも心を惹きつけてやまなかったのに、今はこの絵を見てもとくになにも感じない。見る目が変わってしまったからだろうか。

 もっとそばに寄り、確認しようと一歩踏み出したそのときだった。


「すみません」

 人の気配を感じ振り向くと、そこには目元までフードをかぶった若い女性の姿があった。


 画廊は閉めていたが、外と出入りするために片方の扉を開けていたのだ。今は準備のため閉館中だと告げようとしたが、彼女にはなんとなく見覚えがある。


「あなたは……」

「その絵を譲っていただけませんか?」

 顔ははっきりしないが、この声はどこかで聞いたことがある。

「どうして? 呪われているからその絵は処分すると聞いていたのに……」

 信じられないといった声色で彼女は顔を歪めた。その言い方からするとまるで処分されるのを望んでいるかのようだ。


 どういうことなのか。なら今、どうして彼女はこの絵を欲しているのか。警戒心を露わにし、ヨハンの心臓は早鐘を打ち始める。自然と握った拳の中がじんわりと湿った。


「いらっしゃい、待っていたわ」

 ところがそこに第三者の声が響き、ヨハンも彼女の意識も同じ方向へ向く。そこには黒衣をまとった少女と炎を彷彿とさせる赤い瞳の美しき男が並んでいた。


「初めまして、ヴァネッサ・レーンヘルス」

 魔女が女性に微笑みかける。ヨハンはまさかの名前に再度、女性を見た。


「ヴァネッサさま!?」

 そうだ。フードをかぶって地味な格好をしていたから気づかなかった。先日ライマーと共にこの画廊を訪れ、恋人同士の絵を観たヴァネッサだ。


「どうして、私だと……」

 ヴァネッサは唇を震わせながら魔女を見つめる。


「この絵を再び画廊に飾りだすと噂を流せば、あなたが必ずまたここに現れると思ったの」

「あなた一体……」

 呆然とするヴァネッサにシャルロッテは余裕のある笑みを浮かべた。


「私は紫水晶の魔女シャルロッテ。今回の件の答え合わせをしたくてね。少なくとも彼は本当のことを知る権利があると思うの」

「な、なんだよ。やっぱりその絵になにかあるのか!?」

 彼というのが自分を指すのだと悟りヨハンは声を張り上げた。


「絵はおまけみたいなものよ」

 シャルロッテが答えるが、ヨハンはまったく話についていけない。

「幸運を呼ぶだの呪いだの、好き勝手話題にされているけれどさっき言った通り、あの絵自体はなんの変哲もない普通の絵画よ。おそらく描いたのもそんな有名な人じゃない。はっきり言ってそこまで人の心を動かす魅力はないわ。それは今、ヨハン自身も感じているんじゃない?」


 唐突なシャルロッテの指摘にヨハンの心臓が小さく跳ね上がる。彼の反応を見てシャルロッテは瞳に絵を映した。

「人々を魅了し、呪いとまで言われた原因は、おそらくあの絵をはめている額縁なのよ」

「え?」

 細やかな装飾の施された金の額縁に視線を移す。たしかに祖父が異国の地で絵を見つけたときから、あの額縁は共にあった。


「最初、あなたに奥の部屋で絵を見せてもらったとき、私とパンターがなにも感じなかったのは、絵だけを見たからなの。その後に通された商談部屋の調度品は、素人の私から見ても圧倒されるほどの芸術品の数々だった。つまりあなたのおじいさんの目は確かだというわけ」

「あ、当たり前だろ」

 祖父は美術商をもう何十年もやってこの画廊を営んでいる。ヨハンの自慢だ。


「だから余計に、おじいさんが、あの絵に一目惚れしたのが理解できなかったのよね。美術商だというのにけっして手放したくなかったのも」

 違和感の始まりはここからだった。


「たぶん無条件に人を惹きつけていたのはあの額縁に封印された者の力よ」

「だ、だったら急にライマーさまやヴァネッサさまが体調を崩されたのはどうしてなんだよ!」

 シャルロッテは順を追って説明を始めた。

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