相手の力量は認めますが、前提として私が優秀なんです

「そういうことだったんだ」

「なにかわかったのかい?」

 ひとり納得しているシャルロッテにフィオンが優しく問いかける。


「ええ、あなたのおかげよ。あ、もちろん私が優秀だからなんだけれど」

 ふふんと得意げに鼻を鳴らすシャルロッテの頭をフィオンはさりげなく撫でた。


「それは、よかった」

 どこまでも穏やかなフィオンにシャルロッテは、珍しく自身の情報を与える。


「今、この近くの画廊に出入りしているの」

「画廊?」

 意外な場所にフィオンはおうむ返しをする。シャルロッテは素直に頷いた。


「そう。聖女ではなくラスボスとしての輝かしい伝説を作るために、ちょっとね。で、フィオン・ロヤリテート団長は魔女の企みを止めなくていいの?」

「止めないさ。そもそも俺が言って聞く君じゃないだろ」

 それもそうだ。とはいえ敵対する存在がいないと自分の悪役っぷりが際立たない。


「そこでの用事が終わったら、一度城に戻って来てくれないかな?」

 あくまでも強制ではなく柔らかい物腰だが、シャルロッテは即座に否定しようとした。ところが、その前にフィオンが続ける。


「プリースターが異世界から聖女を召喚したんだ」

「ええっ! ついに!?」

 待ってましたと言わんばかりにシャルロッテはフィオンとの距離を縮める。これで自分は聖女候補になることもなく、無事に生き延びたというわけだ。


「なら、あなた。こんななところにいないで、その聖女のそばにいてあげなさいよ」

 そして、さっさとヒーローポジションとして物語を始めていってほしい。その間にシャルロッテは好きに生きることにする。


 しかしシャルロッテの勧めをフィオンはすげなく拒否する。

「彼女には他の団員がついている。プリ―スターもいるしね」

「あら、不機嫌ね。ヤキモチ?」

「ヤキモチ?」

 シャルロッテのとツッコミに、フィオンは不思議そうにおうむ返しをしてきた。ここからヒロインを巡って様々な男性キャラが接近し、いろいろあるわけだ。


 でもタイトルと一巻の内容からすると、ヒロインの正式な相手は彼みたいだし。


「ま、あまり心配する必要はないわよ」

「心配なのは君だよ」

 フィオンの背中を叩きそうな勢いだが、本題はここからだ。


「で、聖女が無事に召喚されたのに、どうして私が城に顔を出す必要があるのかしら?」

 聖女が現れた今、彼らにとって自分に固執する理由はないはずだ。やや不満げな口調で返すと、フィオンは困惑気味に笑った。


「プリ―スターがどうしても一度、君に会っておきたいらしくてね。それに……ゆくゆくは王家とは対立する予定なんだろ? そのための情報を少しは掴んでおいても損はないと思うよ」


 最後のフィオンの言い分にシャルロッテの心は揺れる。たしかに一理ある。上手くいけば相手を刺激しない程度に、王家に自分をラスボスポジションの悪役だと印象付けられるかもしれない。聖女が現れた今、シャルロッテが持っているのが聖力だろうが魔力だとうがこの際、関係ないだろう。とはいえ。


「……あなたね、それでもエーデルシュタイン騎士団の団長なわけ?」

 王家と敵対を望む者を前にし、その発言はいかがなものか。

 下手すれば不敬罪、もしくは謀反計略罪だ。しかしフィオンはなにも反論せず静かに右手の人差し指を唇の前で立てる。

 夜の闇を背景にした彼の笑顔はどことなく妖しく艶めかしい。そうまるで――。


 シャルロッテはフィオンの顔をじっと見つめ、軽く息を吐いた。

「ま、考えておくわ」

 そのとき、大通りのなにもないところに不自然に風が起こる。自然とシャルロッテの意識がそちらに向いた。


「シャーリー」

 すかさずフィオンが彼女に呼びかけたので、シャルロッテは再び彼に視線を戻した。わずかな躊躇いを見せてからフィオンは意地悪く微笑む。

「相変わらず個性的な絵を描いているのかい?」

 完全に意表を突かれたシャルロッテの背後では、風が小さな竜巻となり徐々に姿を成していった。現れたのは赤い瞳の妖艶な美青年だ。


「パンター!」

 声をあげて反応すると相手はあきれ顔になる。

「お前、こんなところでなにをしているんだ?」

「色々あったのよ」

 そこでシャルロッテがフィオンに声をかけようとする。だが、すでに彼の姿はなかった。


「あれ?」

 目をぱちくりとさせ辺りを見渡すが、やはりフィオンはいない。意味がわからないヘレパンツァーは、シャルロッテを画廊に戻るよう促した。

 去り際の彼の発言。気になるところではあるが今は目の前の問題だ。

「とりあえず答え合わせといきましょうか」

 気を取り直したシャルロッテは不敵に笑った。宛がわれた商談部屋でヘレパンツァーの話を先に聞く。


 洋燈の炎が時折揺らめき、オレンジ色の優しい光がふたりの成り行きを見守っていた。


「役得だったみたいね、パンター」

 からかう口調のシャルロッテにいつもなら軽口で返すところだが、今はそういう気分にはなれない。

「なんなんだ、あの女は」

 ヘレパンツァーは苦虫をかみつぶしたような顔になる。


 どう考えてもライマーに非があるのにも関わらずヴァネッサは必要以上に自分を責めていた。婚約破棄がショックなのかと思えば、ドミニクに対する態度はただの使用人であり幼馴染みに対するものとも思えない。


「女心は複雑なのよ」

「お前は単純明快だがな」

 苛立ちを込めて返すが、シャルロッテは嬉しそうだ。どうやらヘレパンツァーの話を聞き、さらに自分の考えの確信を強めたらしい。相変わらずついていけないヘレパンツァーとしては面白くないのも無理はない。


 シャルロッテはソファの背もたれに大胆に体を預け、一度目を閉じた。

「ま、パンターが難しく考えているだけで、彼女の態度は至極単純で当然よ」

 ますます理解できないヘレパンツァーにシャルロッテはさらりと言ってのける。


「だって婚約破棄になったのは彼女のせいなんだから」

 シャルロッテの言葉に、ヘレパンツァーの赤い目は大きく見開かれた。

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