執着される理由は好意ではなく敵意からですよね

 当のシャルロッテは外にいた。さっきから画廊の周りを行ったり来たりして、端から見ると不審者そのものだ。だが暗くなったのもあり、あまり人は通らない。


「とりあえず、こんなもんでしょ」


 一連の作業を終えて立ち止まると、満足げな笑みを浮かべた。やはりラスボスという悪役は、昼間より夜の方に活動すべきだろう。調子がいい。


 ウキウキしていると不意に人の気配を感じ、シャルロッテは勢いよく振りかえる。続けて気分は急転直下し、心の中で舌打ちをした。


 遠目に見えたのはエーデルシュタイン騎士団の団服を着たふたり組だ。おそらく見回りでもしているのか、自分を探しているのか。

 そのうちのひとりがシャルロッテに気づき足早に近づいてきた。


 シャルロッテは辺りを見渡す。ここで画廊に入ってしまうと、自分の居場所を知られることになるし、姿を消せば、魔女だと露呈し余計に追われてしまう。


 悩んだシャルロッテは彼らに気づかないふりをして、反対方向へ歩き出す。騎士団の団員も念のためと思ったのかシャルロッテを追いかけだした。


 さて、どうしたものかしら。


 歩を進めつつシャルロッテが考えを巡らせていると、突然細い脇道から手が伸びて彼女の腕を掴んだ。


 完全なる不意打ちでシャルロッテは思わずルーンを口にしようとする。ところがそれを読んだのか、相手はシャルロッテの口をゆるやかに手で塞いだ。


「やぁ、やっと見つけた」

 背後から抱きしめるようにして耳元で囁かれ、シャルロッテは目を白黒させる。小さく振り向いて確認すると、相手は今シャルロッテを追っている者たちと同じ団服を着ていた。


 エーデルシュタイン騎士団の団長フィオン・ロヤリテートだ。

「なっ」

 驚きで叫びそうになるシャルロッテの唇にフィオンが素早く人差し指を添えた。穏やかな笑顔でシャルロッテを制し、彼女と共に気配を消す。


 ややあって追ってきた男たちの存在に神経を集中させた。

「どこに行ったんだ?」

「家がこの近くなんじゃないか?」

 女性がひとりでどうしたのか。夜も遅いし心配で声をかけようとしたが、見失ったのならしょうがない。団員たちは納得し、来た道を引き返していく。

 そして完全に姿が見えなくなり、シャルロッテは解放された。


「あなた、こんなところまで追ってきたの?」

「もちろん。これでも勝手に姿を消されてけっこう傷ついたんだ」

 噛みつくシャルロッテをフィオンは笑顔でさらりと答える。とてもではないが傷ついたようには見えない。


 自分を逃がしたため、もしかするとフィオンはプリ―スターや王家から責められたのかもしれないが、そんなことはシャルロッテの知ったことではない。


「そうね。せっかくクローディアの代わりに私を差し出して自分の得点を稼ぐチャンスだったんですもの」

 わざと嫌味っぽく告げるとフィオンは眉尻を下げた。

「もう少し、素直にそのままの意味で受け取ってくれないかい?」

 仰々しい口調でシャルロッテは面倒くさそうに乱れた髪を軽く搔き上げる。


「受け取っているわよ。じゃあ、なに? 黙って出ていったことを責めるために、わざわざこんなところまで? やーねぇ、心の狭い男って。どこに行こうと私の勝手でしょ?」

「手柄なんてどうでもいいさ。ただ君に会いたかったんだ」

 挑発的な物言いにもフィオンは生真面目に返してきた。シャルロッテの背筋に悪寒が走る。


「やめてよ。言う相手が違うって前にも言ったでしょ?」

 彼の相手は、間もなく世界からやってくるヒロインだ。そもそも騎士団の団長として、そんな私的な理由で動いて許されるのか。

 むしろ団長だから好き勝手しているのかしら? 一体、なにを企んでいるの?


 訝しげな面持ちでフィオンを見遣るが、彼の眼差しは真剣だ。

「違わない。君だけは特別なんだ」

 自然とフィオンはシャルロッテの肩に手を置き、距離を縮める。


「捕まえて誰かに差し出すくらいなら、俺がさらっていく」

 瞬きひとつせずにシャルロッテは硬直した。

 つまり、それは……。


「なるほど。ようするに、あなた自身が私と直接戦いたいってことね。上等よ!」

 目をキラキラさせて答えたシャルロッテに、フィオンは面食らった顔になる。


「ラスボスとしては騎士団長クラスの人間くらい相手にしないと。光栄だわー」

 今にもその場を跳ねそうなシャルロッテにフィオンはふっと笑みをこぼした。


「相変わらずだね、君は。そうやって黒い服ばかりを着ているのも」

「もちろん、やっぱりラスボスポジションとしては黒一択でしょ! それに私は魔女だしね」

「似合っているよ」

 上機嫌なシャルロッテをフィオンは目を細め、褒めた。彼との関係や印象はこの際、置いておくことにし、やはり顔が整っている男の笑みや褒め言葉はなかなか破壊力がある。


 読者としてなら、それなりにフィオンもいいと思ったけれど、私はシャルロッテだからね。

 しみじみと現状に頷き、フィオンに言い返す。


「似合わないって言われるよりはいいけれど、できれば外側だけではなく中身を見てほしいものね」

 なにげなく口にしてシャルロッテはふと思い留まる。自分で発した今の発言が気になったのだ。しかし明確になにが引っかかったのかまでは、はっきりしない。


 急に黙り込むシャルロッテにフィオンが不思議そうな視線を向けてくる。


「そ、それにしても、もっと普通に声をかけてくれたらいいんじゃない?」

 話題を変え、口を尖らせて文句を言う。さすがはエーデルシュタイン騎士団の団長だ。気配の消し方は完璧だった。

 さらに最初にシャルロッテの手を取ってすぐに口を塞いだのは魔術を使わせないようにするためだ。ここまで気が回る人間はなかなかいない。


 わずかに警戒心を強めると、フィオンはニコリと笑う。

「先に気づかれたら逃げられると思ってね」

「あー、そうですか」

 適当に返しつつ、やはりフィオンは侮れないと感じる。しかし、シャルロッテはすぐさまフィオンに詰め寄った。


「今、なんて?」

 打って変わって切羽詰まった様子のシャルロッテに、フィオンはわずかに戸惑いを見せる。なにが彼女の気に障ったのかわからないからだ。


「声をかけて気づかれたら逃げられると思ったんだ。だから不躾だったけれど……」

 歯切れ悪い説明も、最後の方は耳を通り過ぎていく。シャルロッテは、ようやく自分の中で感じていた違和感の正体に気づいた。


『絵を見たとき、ネスは『素敵な美術品ですね』と褒めていた』

『できれば外側だけではなく中身を見てほしいんだけれど?』

 そうなるとあの発言にも納得がいく。ライマーは半分正しく、半分間違えていた。どうやら表向きの事態とは、事情が違っていたようだ。

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