使い魔を使うのはラスボスっぽいと思います
「その女性が何者であれ、婚約者を失ったのはあなた自身のせいでしょ」
無情な指摘にライマーはさらに頭を沈めた。彼がショックを受けているのはヴァネッサを失ったことより後継者の立場を弟に譲るはめになったのが大きいのだろう。
そこまでは口にしない。今は関係ないとシャルロッテは次の質問を投げかける。
「婚約者の様子がおかしかったって言ったけど具体的にはどんなふうに?」
「……絵を一緒に見た翌日から体調を崩したらしく、しばらく会えないと使いの者が知らせに来た。なにかに怯えているかのように塞ぎ込んでいると」
操り人形のごとくライマーは素直に答えていく。自棄になっているのも事実だが、この状況を吐き出したい気持ちもあるのかもしれない。
「絵が気に入らなかったんじゃない?」
ライマーは力なく首を横に振った。
「絵を見たとき、ネスは『素敵な美術品ですね』と褒めていた。周りに人がいて少し気が張っている感じはしたが……」
緊張して疲れで寝込んでいるだけなら、そう何日も床に臥せているのは妙だ。
やはりヴァネッサの体調不良の原因がライマーと同じく悪夢に魘されているのか。そして、その原因はやはり絵を観たことに関係があるのか。
しかし昨日、ライマーの元にヴァネッサ自ら訪れたということは多少なりとも体調は回復したのだろう。久々に婚約者に会いに来て目にしたのが浮気現場だというのはなんとも皮肉だ。
ヴァネッサのショックも計り知れない。これではまた寝込んでしまっているのではないか。
もう少しライマーに尋ねたい気持ちもあったが、誰かが部屋を訪れる気配を感じ、シャルロッテとヘレパンツァーは素早くそこから姿を消す。館の外に出るくらいはヘレパンツァーにも容易かった。
太陽が傾き、空に薄い紫色が混じりはじめている。抱きかかえたシャルロッテを下ろすと、改めて彼女は屋敷をじっと見つめた。
「で、お前はどう解釈した? 婚約者も継承権も失い、自己憐憫に耽る男の話を」
ライマーに対しシャルロッテ以上にヘレパンツァーは手厳しい。彼にしてみれば、ライマーは、ただ欲に溺れた間抜けな男としか映っていない。あえて気になるとすれば……。
「館に現れたメイドは今回の件になにも関係ないのかしら?」
ヘレパンツァーの疑問を読み取ったかのごとくシャルロッテは呟く。話を聞く限り、メイドの動向に妙な点はあまり感じられない。
突然現れたかと思えば一連の騒動の後、跡形もなく姿を消した。ただ彼女の置かれた状況を考えるとこれ以上館にはいられないだろう。
偶然と片付けてしまっても問題があるわけでもない。考え込むシャルロッテにヘレパンツァーが意見する。
「
男性を誘惑する悪魔だ。獲物を手に入れるため、魅惑的で異性を惹きつける外貌をしているという。たまに魔女と混同される場合があり一般的によく知られている存在だ。
シャルロッテは眉間に皺を寄せ、わずかに首を傾げる。
「完全に否定はできないけれど、サキュバスだとしたらもっとあの男にいい夢を見せているんじゃない?」
ライマーを手に入れるためあれこれ画策し婚約者と別れさせたという仮定なら一応、筋は通る。
ただやり方がまどろっこしすぎる。女夢魔なら余計なことはせず、もっと直接的にライマーを誘惑するだろう。なら例のメイドは今回の件とは無関係なのか。
ライマーはおそらく嘘をついていない。この直感は間違いないだろう。異性にだらしない男が、女に振られただけの話なのか。なら見続けた悪夢というのは一体……。
シャルロッテは小さく唸る。
「うーん。でもなにか引っかかるのよね。今回、そんなのばっかり。なんだろう、気持ち悪い!」
「知るか」
冷たく突き放されるも、シャルロッテは思慮を巡らす。さっきのライマーの話はなにかがおかしい。
だが、いくら自問自答をしてみても今は明確な答えが出せない。話を聞き、関われば関わるほどモヤモヤとしたものが増幅していく。解決するためには情報がいる。
シャルロッテは、すでにこの件に関して興味を失っている悪魔にちらりと視線を送る。まるで小さい子どもが親になにかをねだるような目つきだ。
「パンター。ひとつ、頼まれごとをきいてくれない?」
容赦なく断ろうとしたヘレパンツァーだが、シャルロッテが先手を打つ。
「あなたが気に入っている美人にもう一度会いにいってほしいの」
満面の笑みには言い知れぬ迫力があった。魔女の圧か、契約者の力か。ヘレパンツァーは首を縦に振る代わりに、これ見よがしに大きくため息をついた。
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