自業自得を悪魔のせいにしないでください(カモにされるよ)

「なにそれ、完全な自業自得じゃない。これじゃ悪魔もいい迷惑だわ」

「そうか? 今のあの男に取引きを持ちかけたら、どんな条件にも応じそうじゃないか」

 いいカモを見つけたと言わんばかりのヘレパンツァーにシャルロッテは呆れる。対するライマーは顔面蒼白だ。そんな彼にシャルロッテは容赦なく追及する。


「で、浮気現場を彼女に見られて、苦し紛れに悪魔のせいにしているわけ?」

 完全に軽蔑した目でライマーを見つめる。しかし発言した後、シャルロッテは違和感に気づいた。


「ちょっと待って。でもそれって昨日の話なんでしょ? あなた、その前から……正確にはヨハンのところで絵を観たときから呪いとかなんとか言ってなかった?」

 そもそも事の発端は昨日より以前の話だ。ライマーは小さく肩を震わせ頭を抱えた。


「あ、あの恋人同士の絵を見たときからネスの様子がおかしかった。そして、実は俺もあの絵を観た日から悪夢にずっと魘されていたんだ」

 ライマーの話によると、夜眠りにつくと真っ黒な得体のしれない不気味ななにかが夢の中に現れ彼を苦しめたという。


 真綿でじわじわと首を絞められるような感覚で目が覚めると、寝汗を掻き呼吸も乱れ、とてもではないが体も休まっていない。

 目を閉じれば同じ闇に引きずり込まれる。だから眠るのが恐ろしくなっていった。しかし人に話しても信じてもらえるかどうか……。


 次期領主の立場もあり、気が狂ったとも思われたくない。

 そして時を同じくしてヴァネッサも体調を崩しがちになり会えない日々が続いた。おそらく自分と同じ症状に悩まされているのだろうと察する。


 だからヴァネッサを言い訳に、あの絵が呪われていると画廊に訴えかけた。

 あの絵が処分されれば、悪夢に魘されることもなくなるだろうと考えたのだ。


「それから……まったく同じタイミングでうちに若いメイドがやってきたんだ」

 もうひとつ引っかかっていることをライマーは語り始める。ちょうど絵を見た翌日、レーンヘルス家に新しく若いメイドが雇われた。


 彼女は、身寄りがなく経歴も不明ではあったが仕事を完璧にこなす優秀さを買われての採用だったらしい。彼女は眠れないライマーに寄り添い、よく彼を気遣った。


 ヴァネッサに会えない寂しさ、弱っているときに献身的に自分を支える彼女にライマーは次第に惹かれていった。厳密に言えばいつもの悪い癖が出てきたのだ。


 そして昨日の午後、画廊から戻るとそのメイドが玄関近くの掃除をしていた。いつもの他愛ない会話を交わし、周りに人がいなくなったところで、なにかに押されるようにライマーの気持ちが傾く。


 後から考えると、操られていたのかもしれないと思うほどに衝動的で、自分でもらしくない行動だった。

 ライマーは彼女を抱きしめた。相手は立場もあるのか抵抗するわけでも受け入れるわけでもなく曖昧な態度を取る。そしてライマーはそのまま誘われるように彼女に口づけた。


 すると今まで見たことがない冷めた表情の彼女がそこにはいて、我に返ったのと同時に玄関のドアが開いているのに気づく

 反射的に視線を送ると、ヴァネッサが目を見開き信じられないという面持ちで綺麗な顔を歪めていた。


 ライマーはとっさに弁解しようとしたが言葉が出てこない。ヴァネッサと共にいた侍女がなにかを言ってくるが耳に入ってこない。

 これは夢だ。自身に言い聞かせたが、すべて現実なのだとすぐに思い知る。


 そしてメイドの彼女は騒動にまぎれて、忽然と姿を消した。身寄りがない彼女がどこへ行ったのか。

 慌てて近辺を探させたが見つからず、他の館へ身を移した話も聞かない。そのことが不気味さに拍車をかける。

 妙だ。現れたタイミング、優しく想いを通じ合わせたかのような素振りを見せたかと思えば、口づけた後のあの冷たい目。

 すべては自分を陥れるために現れた悪魔なのだとしたら……。


「皮肉にもすべてを失った昨日から夢に悪魔は現れなくなった。これが呪いじゃないならなんなんだ? 今は違う意味で眠れないんだ」

 今にも錯乱しそうなライマーだが、シャルロッテはまったく同情する気にはなれない。

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