まずはこちらの話(自己紹介を含む)を聞きなさい

 広々とした空間だが、カーテンが閉め切られ太陽の光を遮っている。明らかにヨハンの画廊とは違う雰囲気に、シャルロッテは思わず指をパチンと鳴らした。


「やった、大成功。どう、パンター?」

「距離がそこまでないし、事前に印をつけていたならそう難しくもないだろ」

 すげない返答にシャルロッテは眉をひそめる。

「自分が失敗したからって、辛口採点ね」


「誰だ!?」

 口を尖らせるシャルロッテに男性の声が飛ぶ。ベッドの方に目を向けると、横になっていた人物が体を起こし怯えた表情でこちらを見ていた。


 ライマー・レーンスヘル。長めのダークブロンドの髪を振り乱し、顔色は相当悪い。昨日、画廊で出会ったときとはまったく印象が異なる。今は覇気も威厳もない。

「お、お前は昨日画廊で……」

「はーい。次期領主さま。ごきげんよう」

 シャルロッテが手をひらひらと振る。ライマーは途端に顔を歪めた。


「ど、どうやって入ってきたんだ!? その隣のやつはなんなんだ!? 悪魔! やっぱり悪魔の仕業だったのか!」

 突然現れた侵入者たちにライマーは恐怖混じりに罵声を浴びせる。妖艶な美しさをもつ目の前の男は、この世の者とは思えない赤い瞳を有し、あきらかに人間ではない。その隣の黒衣に身を包んだ女は不敵に笑う。


「いいわねー。その反応。なんか久々! やっぱりラスボスとしては恐れられてなんぼよね。ちょっとやる気出てきたわ!」

 シャルロッテは恍惚の表情を浮かべる。これは自分を印象づけるチャンスだ。

「私は紫水晶の魔女ことシャ」

「なんだ、なにが目的なんだ!? お前が悪魔を俺に憑りつかせたのか?」

 シャルロッテの話など聞く耳持たずにライマーは叫ぶ。出鼻をくじかれムッとする間も彼は喚き続けた。


「やはりあの絵を見たからなのか? あの絵に呪いをかけたんだろう」

「いや、だから」

 シャルロッテが仕切り直そうにもライマーは激昂する一方だ。

「お前さえ、お前さえいなければ俺はネスと別れずにすんだんだ。……これ以上、なんだ? 俺の命を狙っているのか?」

「Eエワズ」

 ルーンを口にすると、ライマーのベッドのそばにある棚の本がすべて床に落ちる。棚自体は揺れるどころか微塵も動いていないにも関わらずだ。


「ひっ」

 その事態にライマーの血の気が一瞬で引く。 

「あなたの命に興味はないわ。とりあえずこちらの話を聞いてくれるかしら?」

 威勢のよかった男はしばし凍りついた後、どっと項垂れる。シャルロッテは軽く息を吐いて隣のヘレパンツァーを見た。


「やっとおとなしくなったわね。やっぱり本物の悪魔を連れて来てよかった」

「やつが今、恐れているのは俺ではないと思うが」

 ヘレパンツァーのツッコミを無視し、シャルロッテは再びライマーに向き直った。


「で、あなたの言う悪魔はなにをしたのかしら?」

 答えない選択肢は彼にはなかった。有無を言わせない迫力ある笑みには、剣を向けられたかのような圧がある。

「……悪魔に誘惑されたところをネスに見られたんだ」

「はっ?」

 彼の口から紡がれた言葉に、シャルロッテは素っ頓狂な声を出した。ライマーは後ろめたさを滲ませながら事情を語りだす。


 ヴァネッサとは親戚であるのと同時に幼馴染みであり、物心がついた頃から彼女との婚約は決まっていた。それをライマーは素直に受け入れ、特段不満もなかった。


 ヴァネッサは美しく、控えめで従順な性格だ。妻としては申し分ない。しかしライマーは成長するにつれ、それを不満に思うときも少なからずあった。

 おかげで年頃になると興味本位でヴァネッサとは正反対のタイプの女性と隠れて付き合うようになった。どうせその場限りの遊びだ。


 相手も周りも誰も自分を咎めない。ヴァネッサも気づいていない。背徳感という名の刺激に溺れていく。

 上手くやっているという自信が行動をエスカレートさせ、ライマーは火遊びを繰り返すようになった。


 ところが昨日、浮気の現場をヴァネッサ本人に目撃され、ライマーは自分が取り返しのつかないことをしてきたのだと思い知る。


 言い訳する暇もなくヴァネッサは顔面蒼白で踵を返した。使用人を連れていたので、現場を目撃したのは彼女だけではなく、この事態はすぐに互いの両親の耳に入った。


 一人娘のヴァネッサを可愛がっていた彼女の父親は激怒し、すぐに婚約破棄を申し付けてきた。

 実際のところ領主となっているのはライマーの父親だが、持っている財産や領地が大きいのはヴァネッサの父親の方だった。

 ふたりの結婚でレーンヘルス家のこの地での権力と地位を強固なものにするのと同時に、さらなるうしろ盾を得るはずだったライマーの父親は息子をなじり、後を継ぐのをライマーの弟に譲るとまで宣告した。


 昨日の今日で婚約者も次期領主の座も失ったライマーは魂が抜けたように膝から崩れ落ちた。

 勘当するとまで激高した父親だが、両家の体裁を保つためにそこまでは免れたのは不幸中の幸いと言っていいものか。

 しかし領主の立場上、婚約を公にしていた分、破棄した旨も民衆には告げなければならない。ただし詳しい事情は箝口令が敷かれることになったのだ。


 しばらくして差し障りのない理由を公表するつもりで両家は考えている。

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