極悪非道なところを見せつけにいきたいと思います
「今日、エーデルシュタイン騎士団の団員が突然やってきたんだよ。なんでも王家の危機を救ったやつを探しているんだとか」
シャルロッテは一瞬、反応に迷う。この話題を振ってきた相手の意図が読めないからだ。当のヨハンはシャルロッテの返事など気にせず、どこか鬱陶しそうな表情になる。
「でも、関係ないと思ってさっさと帰ってもらったんだ。ったく、ただでさえ呪いの絵とか変な噂が広まっているのに、騎士団の人間にまで出入りされたらますますうちの画廊になにかあるんじゃないかって勘繰られるだろ」
「そうはいっても、俺たちを招き入れているじゃないか」
すかさす口を挟んだのはヘレパンツァーだ。あからさまに普通の人間とは異なる彼に、ヨハンはもう動じることなく反論する。
「だから余計にだって。だいたいお前らが王家を救うようなやつじゃないのは、とっくにわかっているさ」
「さすがね、ヨハン。あんた王家の人間たちよりよっぽど見る目あるわ」
大きく頷くシャルロッテにヨハンはなんとも言えない表情になる。ヨハンとしては出会ったときからシャルロッテの考えがどうも読めない。魔女の考えが読めても、それはそれで複雑だが。
「俺は褒められる様な話をした覚えはまったくないぞ?」
ヨハンの指摘などシャルロッテの耳には届いていない。一方的に頷き、話をまとめる。
「とにかく私たちはそんな王家を救った人間なんて知らないし、無関係よ。というより王家を助けたとか間違いじゃない? そこの情報、合ってるわけ?」
念のため、それとなくフォローしておく。しかしヨハンとしてはあまり興味もない話題なので詳しい事情に首を突っ込むつもりもないらしい。さっさと話題は切り替わる。
「お前らも絵について調べてくれるのは有り難いんだけど、じいちゃんに迷惑がかかるような真似は……」
シャルロッテたちをここに留めさせ、画廊の件を相談したのはヨハンの独断だ。彼女たちの存在で、余計にここの評判を落とすわけにはいかない。
とはいえこれ以上、どう事態が悪化するのか。自嘲的になる少年に対し、シャルロッテは軽く溜め息をつく。
「私たちは画廊や絵がどう言われようと関係ないし、興味もないわ。でも人々が恐れる対象がなんの変哲もない絵っていうのは癪ね。どうせなら私自身を恐れてもらいたいわ」
次期領主が言い出したとはいえ、あのなにも感じない絵が呪いだと恐れられる状況は納得できない。
呪いは自分のせいだと便乗することを望んではいるが、そこに至るまでに勝手な憶測をさらに呼ばせて話をややこしくするのは望んでいない。
下手な動きをするつもりはないと伝えると、ヨハンはホッと胸を撫で下ろす。しかし、なんともいえない気分なのもまた事実だ。
「俺、お前たちのことがまったく理解できない」
「当り前よ。ラスボスの思考をそう簡単に理解されてたまるもんですか」
ヨハンの呟きにシャルロッテは唇を尖らせる。そこへヘレパンツァーが口を挟んだ。
「見ての通り、ある意味でこいつの頭は単純極まりないぞ」
「パンター、なんて言い方すんのよ!」
「事実だろ」
ふたりのやりとりを見て、ヨハンの中で言い知れぬ奇妙さが込み上げてきた。たしかにシャルロッテは正義や善意などとは無縁だ。だが――。
「なんとなくお前らが極悪非道な連中じゃないのは、わかったよ」
かすかな笑みと共に零したヨハンにシャルロッテは目を剥いた。ヨハンは作業途中だったことを思い出し、さっさと部屋を後にする。
その間もシャルロッテは肩を震わせ、続けて勢いよく立ち上がった。
「いいわ。極悪非道なところを見せてあげようじゃない」
口角を上げて静かに闘争心を燃やす。紫水晶の瞳が妖しく揺らめくが、ヘレパンツァーとしては予想通りの展開にもういちいちツッコむ気にもなれない。
ソファ前の机を横に移動させ、スペースを空けた後、シャルロッテはその場におもむろにしゃがみ込み懐から小さな石を取り出した。
淀みなく描き出すのは正確無比の魔法陣だ。本人も言っていたが、複雑な文言と形状を魔術書なしに作成するのは、なかなか腕がいる。
内心で感心しつつ、どうしてこれが絵描きに生かされないのかまったくもって謎だ。ヘレパンツァーはシャルロッテの横顔を見つめた。
一見すると子どもが夢中で絵を描いているようだが、その表情は冷たさを伴う魔女そのものだ。
あっという間に魔法陣は完成し、それを見てヘレパンツァーは内容を理解する。
「移動魔術か」
シャルロッテは立ち上がると大きく頷き、満足顔で足元の魔法陣を見下ろす。
「そう。ここはやっぱり噂の元凶であろう次期領主さまに会ってみないとね」
今回の事態はライマーとヴァネッサの婚約破棄よりもライマーの発言が招いた部分が大きい。
『あの絵は呪われている』
そう言いだした理由はなんなのか、どこまでが真実なのかは定かではない。シャルロッテの唇は弧を描く。
「呪いついでに本物の悪魔を見せてやろうじゃない」
「だが、移動術は魔力を使うし、かなり高度だぞ」
だから城からの移動はヘレパンツァーを頼った。結果は、残念ながら上手くいかずこの現状を招いているわけだが。
実体を消して思い描く場所に瞬時に移動するのは骨が折れる。そこはシャルロッテも見越していた。
「だから彼の家を訪れた際に、こっそり印をつけてきたわ」
シャルロッテがライマーの館を訪れた本当の目的は場所を正確に把握し、彼の部屋に見当をつけるためだ。
メイドは『旦那さまに口をつぐむよう言われておりますので』と言った。つまり婚約破棄は事実だが、なにかしら他人には言えない事情があるということだ。
シャルロッテはヘレパンツァーを近くに呼び、右手を魔法陣の上にゆっくりと滑らせる。細く長い息を吐いた後、彼女は落ち着いた声で唱えだす。
『【パルジファルの手に落ちたのはバジリスクの血か、涙か。剣も杯もいらぬ予定調和を予見し者よ、嫋々たる闇に我らを運べ】』
目星をつけた部屋に向かって結んだ印と指が同じ動きをすると、周りの空気が震えだし視界が歪む。次の瞬間、彼女は薄暗い部屋の中にいた。
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