“呪いで見たものを不幸にする”その設定、いただきます

 ライマーも妙な第三者の存在にわずかに毒気を抜かれる。

「ふんっ、婚約者であるネスがもう二週間も床に臥せているんだ。しかも医者に診せても一向に回復しない。こんなことは今までなかった。すべてはあの絵を見たせいなんだ!」

「あー、はいはい。よくわかったわ」

 感情のこもっていない声でシャルロッテは返す。ライマーはさっさと踵を返し、従者は慌てて彼の後を追っていく。


「大変ね、彼女を思って眠れない日が続いているんでしょう? 今にも倒れそうなのはあなたの方だと思うけれど?」

 シャルロッテの投げかけに、ライマーは目を丸くして振り返った。そして憎しみと苛立ちの込めた眼差しをシャルロッテにぶつけ、結局何も言わずに去っていく。


「な、なんだよ。やっぱり呪いなのか? ライマーさまの言うことが本当で、お前がうちに呪いをかけたのかよ!」

 唾も飛ばす勢いで少年が声を張り上げる。まさに犯人を見つけたと言わんばかりの口調だ。シャルロッテは訝し気な表情になった。


「さっきから話にあがっている呪いって? ここ呪われてるの?」

「そうだ。お前らのせいで、うちは潰れそうなんだよ!」

 ヨーゼフがヨハンの肩に触れ、制止しようとしたが、少年の勢いは止まらない。


「幸せを呼ぶ絵として話題だったのに、その絵を見た後、ヴァネッサさまは体調を崩され、ライマーさまは不幸を招く呪いの絵だと連日うちに文句を言うようになって……。おかげで人も全然来なくなって、じいちゃんもすっかり落ち込んじまって」

 溜まっていた鬱憤を晴らすようにして、少年は悔しさを滲ませうつむいた。


 するとシャルロッテは素早く立ち上がり、少年へ近づく。彼女の気配を感じて顔を上げると、紫の瞳に見つめられ少年はぎょっとした面持ちになった。


「な、なんだよ。やんのか!?」

 わずかに声が震えているのは、急に冷静になったからだ。相手の言うことを信じるなら、魔女は術を操る。なにをされるかわかったものではない。


 シャルロッテは無表情のまま少年のそばまで歩み寄り、唐突に正面から彼の両肩に手を置いた。

「そっ」

「ひっ」

 勢い余ったシャルロッテと同時に少年が引きつったような小さな声を漏らす。


 ヨーゼフが庇うようにふたりの間に割って入ろうとしたが、その瞬間にシャルロッテの手は彼から離れた。そして彼女の口角がゆるやかに上がる。

「その設定、もらったぁぁぁ!!」

 意表を突く力強い声に、少年は思わず涙ぐみそうになり、彼の祖父は卒倒しそうになる。ふたりとも状況に頭がついていかない様子だ。

 言えるのは、目の前にいる魔女がひどく上機嫌だということだけだ。


 シャルロッテは、手のひらを上に向け鼻歌混じりにひとり恍惚の表情を浮かべる。

「あやうく聖女にされかけているのをここで汚名返上といきましょう。魔女の呪いで見る者を不幸にする? 不幸を呼び込み、町の者を恐怖に陥れるなんてラスボスの仕業にぴったりじゃない! うまく乗っかったら、私への誤った認識を変更できるし」


「な、なに言ってんだよ、お前は!」

 ヨハンは不信感溢れる眼差しをシャルロッテに向ける。その視線をかわし、彼女は誰もいない天井へと呼びかけた。


「そういうわけでパンター。ちょっと付き合って」

 すると誰もいない空間から黒い存在が現れる。人間の姿をしているが、濡羽色の艶やかな髪に血の気のない白い肌、おまけに炎を彷彿とさせる赤い瞳は美しさを通り越して恐ろしさを抱かせる。

 彼が人間ではないのは一目瞭然だ。


 少年と老人は失神しそうになるのを必死に耐えた。悪魔は彼らを見ず、軽やかに地に足をつけると自分より小柄な魔女を見下ろす。

「お前はまた、くだらないことに首を突っ込んで……」

「いいじゃない。どうせすぐに身動きは取れない状況だし」


 言いきって女の視線が少年に向いた。今までの比ではないほどに彼の心臓が跳ね上がる。

「私は紫水晶の魔女シャルロッテ。その呪いの話、詳しく聞かせてくれない?」

 まるで昨日の夕飯でも尋ねるかのごとく陽気な口調だ。少年は一瞬たじろぎ祖父と視線を交わらせる。


 ヨーゼフはわずかに視線を落とした後、黙りこくった。もうどうにでもなれといった、やさぐれた気持ちが彼の思考を停止させているのだろう。それほどに一連の事態は彼に精神的疲労をもたらしているようだ。


 少年は祖父に休むよう促し、その場に残った。そしてゆるゆると口を開きシャルロッテたちに事情を話しはじめる。

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