天使か悪魔かと問われたら伝説の大魔女(※ラスボス)でお願いします


「“本物の聖女さまが召喚される”のが」

 物語では王子不在のときにプリ―スターの手によって異世界から聖女が召喚される。そして彼女はその国の騎士団長と出会い、話は始まっていくのだ。


「コソコソ隠れるのは性に合わないけれど、聖女としてクローディアが使い物にならないとされ、次の候補にしようとしている私が捕まらないとなると、プリースターは間違いなく異世界から聖女を呼ぶ方向に転換すると思うの。王子のいない間に手柄を上げておこうって。だから、それまではおとなしくしておきたいのよねー」


 ため息混じりに苦々しく述べ、続けて感情の矛先を再び悪魔に向ける。

「だいたい、パンターが最初から指示した場所まで移動させてくれたら、こんなことにはならなかったんじゃない! なにこの中途半端な場所は! ……っていうか、ここはどこ?」

「姦しい奴だな。人のせいにするな」

「人じゃないじゃない」

 シャルロッテの軽口にも珍しくヘレパンツァーは言い返さない。


 城から脱出する際、シャルロッテが魔女として暮らしていた家を目的地としたが、追手の早さからすると、どうやら城からすぐの町のようだ。

 正確な移動魔術は高度とはいえ、いつものヘレパンツァーなら難しいものではない。よってこの状況は彼にとっても不本意らしく、苦虫を噛み潰したような顔になる。


 ふたりは、どこかの建物の玄関口の冷たい段差に腰を下ろしていた。

 天井が高く外部と隔てる木製の大きな扉を前にし、背には内部に続くさらに大きな扉がある。個人宅にしては造りも大きさも妙だ。


「教会だったりして」

「さすがに俺もそこまで馬鹿じゃない」

 冗談混じりのシャルロッテにヘレパンツァーが素早く切り返す。そのときだった。


「誰だ?」

 外からではなく中の扉が開き、声がかかる。とっさに男女どちらのものか判断できない。


 声には幾分か幼さが残り、すぐさまうしろを振り向けば、そこには十二、三才くらいの少年が眉をつり上げて感情を露わにしていた。

 無理もない、シャルロッテは不法侵入者であり不審者だ。ヘレパンツァーはすぐに姿を消す。それを見て、少年は明るい茶色の前髪から覗く青い瞳をさらに丸くした。


「悪魔?……そうなるとお前、もしかして魔女なのか?」

「あら、いい反応。そうね、少なくとも天使じゃないわ」

 “魔女”の言葉に上機嫌に答えると、少年は一歩大きく踏み出した。

「やっぱり……呪いだったんだ」

 大きく目を見開き、彼は声を震わせる。シャルロッテとしては、まったく話が読めない。


 そのとき前触れもなく木製の大きな扉が開いた。おかげで少年もシャルロッテの注意もそちらを向く。


「ヨーゼフ・マーラーはいるか?」

 突然の訪問にも関わらず男は端的に告げた。長めのダークブロンドの髪をひとまとめにし、従者を連れている。身なりや態度からしてもそれなりの身分の者だと推測できた。


「ラ、ライマーさま」

 その証拠に少年の顔は真っ青になり、頭を下げた。来訪者の存在に気づいたのか、奥から年配の男性が姿を現す。


 柔らかい白髪を撫でながら彼は装着していたモノクルをはずした。少年と面影が似ているので、おそらく血縁者だろう。


「ライマーさま、今日はどうされましたか?」

「あの絵はちゃんと処分したんだろうな」

 間髪を入れずに自分の父親よりもおそらく年上であろうヨーゼフにライマーは鋭く問う。


「画廊から下げてはいますが、まだ……」

 髪を触りながら歯切れ悪く答えるヨーゼフにライマーは括目し、眉をつり上げた。

「ネスがあの絵を見た日からずっと寝込んでいるんだ。なにが永遠の愛を叶える絵だ。あの絵は呪われている! 必ずあの絵を処分しろ」

「は、はい」

 一気に捲し立てるライマーにヨーゼフは頭を下げるばかりだ。そんな祖父を、ヨハンは悔しそうに見つめるが、なにも口を挟まない。


「ねぇ」

 ところが、シャルロッテがまったく遠慮もなく間に入る。

「なんでその彼女が寝込んでいる理由が絵の呪いになるの? 人間だから体調を崩すなんて珍しくもないでしょう?」

「なんだ、お前……」


 ライマーは鼻息を荒くし、シャルロッテを睨みつける。それをものともしないシャルロッテだが慌てたのは少年の方だった。

「こ、こいつはうちとは無関係です。画廊を訪れていたただの客で……」

 とにかく画廊の人間ではないと必死に訴えかける。ヨーゼフと少年にとってもシャルロッテの存在はまったく予期していないもので、彼女のせいでライマーの機嫌を損ねるのは避けたいところなのだろう。

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