第三章

追われるのは想定内ですが理由が最悪です

 王都はのどかな雰囲気に包まれていた。人々はほぼ顔見知りで互いに挨拶がてら声をかけ、近況などをにこやかに話す。しかし、あきらかに異質な存在が今は辺りをウロウロしていた。


「いたか!?」

「こちらにはいませんでした」

 同じ格好をした男が険しい顔を付き合わせて確認し合う。


「相手は高い能力を持ち、高度な術を扱うそうだ。姿を変えているのかもしれない」

「そうなるともう我々には判断が……」

「弱音を吐くな。ラルフ王子がお戻りになる前に連れ戻せとプリースターさまからの命令だ」

 年上の強面の男が部下を叱責する。すぐさま若い騎士は姿勢を正し、彼に背を向け任務をまっとうすべく駆けだした。それに上官も続き、再び辺りは静まりかえる。


 その場から人の気配は消えたのを確認し、そばにある一際大きな木造の建物の中で息を潜めていた者たちの緊張がわずかに緩んだ。


「ほら、お前の夢見ていた追っ手から逃れるシチュエーションだろ。もっと喜んだらどうだ?」

 悪魔は紅い瞳を細め、妖艶な笑みで隣にいる魔女に声をかけた。シャルロッテは悪魔を思いっきり睨めつけたが、その幼さの残る外見ではまるで迫力がない。


 長い蜂蜜色の髪と紫水晶を彷彿とさせる紫の目。彼女は膝を抱えて口を尖らせる。


「追われるにしたってその理由が最悪よ! 聖女候補の企みを見抜き、王家のために尽力した聡明な彼女を探し出せ? 冗談じゃないわ! 王家のために尽くした覚えはこれっぽっちもないわよ!」


 聡明なのは否定しないけれど、と内心で付け足し行儀悪く派手に舌打ちする。黙って城から消えたせいである程度騒ぎになるのは読めていた。探されるかどうかまではわからなかったが、どうでもいい。けれど大々的に捜索される理由が、ありえない。

 シャルロッテは膝を抱え、唇を強く噛んだ。


「どうせなら“次期国王に危害を加えようとする恐ろしい魔女”くらいの謳い文句にしてもらわないと! それにしたってフィオン・ロヤリテート団長、やっぱり嫌な男ね。とんでもない嫌がらせだわ」

 なんせ物語の中でも処刑されるシャルロッテに冷たい言葉を浴びせ、その瞬間を見届けた人物だ。油断できない。


「嫌がらせではなく、意外と相手は本気で思っているのかもしれないぞ?」

 そんなシャルロッテの考えを打ち消すようにヘレパンツァーが返す。

 そこでシャルロッテはフィオンの笑顔を思い浮かべ、しばらく思案を巡らせた。たしかに彼は物語で受けた印象とはまったく別で、初めて会ったときから自分に対する警戒も敵対心もまったくない。


 処刑制度もなくなっているし……。私が行動を変えたことで、なにかが変わっている?


 あれこれ思い巡らせつつ、首を横に思いっきり振る。やはり信用はできない。

 シャルロッテは冷静に、現状を整理してみる。

 王家直属のエーデルシュタイン騎士団から追われるとは、ヘレパンツァーの言う通りラスボスとしては願ったり叶ったりの状況だ。


 ところが城でフィオンから聞いた話からすると、彼らがシャルロッテを探している理由は、罰するためでも火あぶりにするためでもない。プリ―スターが絡んでいることからも、クローディアの代わりの聖女候補として見定めるためだろう。


 最低最悪な肩書きだ。聖女になるつもりもないが、相手側だって自分を聖女にするつもりもないだろう。


「にしてもプリースターの奴も、相変わらずねぇ」

 彼がシャルロッテを探している真の目的までは測りかねるが、なんせ物語の中でも野心が強く、異世界からヒロインを呼び出した理由も表向きは国や王家のため、なんて言っていながら読者視点として彼は自分の権力と立ち位置を確立させたいために行動していると踏んでいる。


 同じ聖女でもヒロインにはわりと親身になるくせに。私はあっさり処刑送りにするんだもの。持っているのが魔力だったから? それともなに、好みの問題?


「好みなんてどうでもいいわ。あんな男、こっちから願い下げだもの」

 あまりにも低い声で吐き捨てるシャルロッテに、ヘレパンツァーは顔を引きつらせる。いちいちなんのことなのか聞いてやる気も起きない。


 シャルロッテは声の調子を元に戻す。

「ラルフ王子が外交のために隣国に出かけている間になんとか連れ戻そうって魂胆ね。でも逆にタイミング的にはそろそろなのよね」

「なにがだ?」

 ヘレパンツァーの問いかけに、シャルロッテはじっと悪魔の赤い目を見つめた。そして彼女は妖しく笑う。

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