悪役は私だけで十分なのでさっさと消えてください
「さて、その体から出て行く気になったかしら?」
「悪魔は往生際が悪いのさ。どうせこの娘との契約は成立されない。ならば」
ちらりとクローディアの目が動く。彼女の視線の先には先ほど自ら放り投げた剣があった。
「魂だけでもいただいていく」
白く細い指がしなやかに宙を舞い、呼ばれたかのように剣は浮き上がった。そしてクローディアをめがけて鋼の剣先が牙をむき、さすがにその場にどよめきが起こり、緊張が走る。
この青白い光の結界の中に普通の人間は足を踏み入れられない。向かってくる剣にクローディアは満悦の表情だ。
「ᛁイサ」
しかしシャルロッテの凛とした声に呼応し、剣はクローディアに刺さる寸前で止まった。しばらくして剣は重力に従い、床に落ちる。
鈍い音が響き、状況を悟ったクローディアは眉と目をつり上げ、シャルロッテに憎悪をぶつける。
「美人が台無しね。今度は体を張ってまでは庇わないわよ。はっきり力の差を見せつけてあげる」
そこでシャルロッテは一息間を空け、意識を集中させる。
「【鋼鉄の檻、ニルヴァーナを逃したケルベロスの咆哮、闇を支配する者の軛を逃せ!】」
口にした呪文は力を持ち、クローディアにぶつかる。彼女の長い断末魔が館中に響き、火あぶり後のような焦げ臭さと熱が発散された。
なにかがふっと消失し、クローディアは気を失ってその場に倒れ込む。床に描かれていた青白い光も消え、クローディアの安否を確かめようとフィオンが彼女の元に駆け寄った。
息があるのを確認し、団員に伝達する。場が違う意味で騒がしくなってきた。
「ちょっと!! 最後の一撃、みんな全然ちゃんと見てないじゃない! あー、もう。完全に予想外、華麗なるラスボス計画が大失敗だわ」
シャルロッテが肩を落として近くの壁にもたれかかる。
「それはこちらの台詞だ。まったく私も勢いで、こんな小娘なんかと契約してしまうとは……」
ヘレパンツァーが後悔と自己嫌悪で顔を歪めて吐き捨てる。しかし彼はふと真剣な面持ちになった。
「一応訂正しておくが、我々悪魔は契約ありきで動いている。卑劣だ、残虐だと人間はあれこれ言うが、成立すべく忠実に行動しているだけだ。あんな無粋な真似をする下等者ばかりじゃない」
どうやらヘレパンツァーは、クローディアに憑いていた者のやり方に腹を立てたらしい。悪魔として、彼も自分の立場にプライドと信念を持っている。
シャルロッテはにこりと微笑んだ。
「いいわね。下っ端はともかく上に立つラスボスは冷酷非道でも、誇りと信念は持っていないと。ラスボスの側近とし、やっぱりあなた最高ね!」
「まったく嬉しくもないし、褒められているとも思わないな」
シャルロッテは今度こそ手を差し出した。
「私はこの世界で誰もがおそれおののく悪役になるの。成り行きとはいえ私と契約したからにはラスボスになるために付き合ってもらうわよ、地獄帝国の総監察官ヘレパンツァー殿」
仰々しい言い方に、ヘレパンツアァーは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「それは正式じゃない。私の……俺の名前は『フェーゲフォイアーFegefeuer パンツァーPanzer』契約者なら覚えておけ」
“煉獄の戦車”という意味だ。しかしいまいちしっくりとこないシャルロッテは、自身で結論を導き出す。
「うーん。長いし言いにくいからパンターでいいかな?」
「この鳥頭。第一、それは……」
「シャルロッテ! この悪魔! クローディアをこんなふうにしたのも全部あなたのせいなんでしょう!」
顔を歪ませ、怒り狂ったペネロペがシャルロッテに歩み寄ってくる。ある意味、先ほどの悪魔よりも迫力のある表情だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます