失敗は次に生かすので心配は無用です

「あなた、やっぱり……」


 シャルロッテが顔を歪め尋ねると、クローディアの口角が鋭く上がる。


「そうだ。こいつの中にいる限り、ここから出られないなら、この体が死すればいいだけの話」


 最初からクローディアはフィオンと剣でやり合うつもりなど微塵もなかった。

 彼女の、彼女の中にいる者の本当の狙いは、フィオンに無抵抗となったクローディアを斬らせることだったのだ。


 さも対峙するふりをして、土壇場で自ら剣を手放したのがその証拠だ。


「はー。やっぱりこれくらい割り切って悪役に徹するくらいじゃないとラスボスとして失格ね」


 やれやれといった面持ちでシャルロッテはクローディアを見上げる。

 クローディアを庇うようにして倒れ込み最悪の事態は免まぬがれたが、それさえも相手には好都合だったらしい。


 魔術を使うより体を張った方が早かったと判断した自分の甘さを呪うべか。


「それにしてった、契約者を自らの手で死に追いやるのは禁忌タブーのはずでしょ?」

 形勢が不利でもシャルロッテは余裕の笑みを崩さない。


「かまわないさ、反故してやる。この女は私を呼び出し、誰もが聖女と認めるような力が欲しいと願った。ゆくゆく王子との結婚を叶えるためならんでも差し出すと言ってきたんだ。だが、もうどうでもいいさ。お前の方が桁違いの魔力を持っているようなら乗り換えるまで」


 クローディアは愛おしげにシャルロッテの頬に触れる。フィオンがそばに寄ろうにも、青白い光で囲われた中に、なぜだか足を踏み入れられない。

 必死な彼をクローディアが嘲笑い、シャルロッテを見下ろす。


「自分で張った結界が仇となったな」

「そうね。今回の反省を生かして、次は気をつけるわ」


 どこまで本気なのか。シャルロッテとしては背中の固く冷たい床の感触の方が不快だ。

「面白い女だ。泣き言くらい言ってみせたらどうだ?」

「そう? クローディア自身は好きではないけれど、美人に迫られるのは悪い気はしないわ。中のあなたみたいな暑苦しくて醜い男よりよっぽどいい」


 茶目っ気まじりにウインクひとつ投げかけ、次の瞬間シャルロッテがある呪文を投げかける。するとすぐそばで小さな爆発が起こった。


 オレンジ色の閃光は鮮やかで、シャルロッテは素早く身を翻し、クローディアから距離をとった。


 一応、心配したが自分寄りにしたためクローディアも無傷だ。着ている赤のドレスは無残にも至る所が焦げて、煤っぽさも残っているが。


 間合いを見計り、シャルロッテは次の手を考える。口の端を切り、無意識に舐めとれば血が滲むのをじんわりの舌で感じ、乱暴に手でこすった。


 背後の気配に気づき、そちらを見ないままシャルロッテは声をかける。

「あら? あなた、まだいたの?」


 おかしそうに告げれば相手から返事がある。事態を遠巻きに見ていたヘレパンツァーだ。

「お前はなにがしたい? あの女は、義母と共にお前に理不尽につらくあたり、散々な関係だったんだろう。今更なにを義理立てる?」

 心底理解しがたいと言わんばかりの口ぶりにシャルロッテはようやくそちらに振り向いた。


「義理立てたつもりはないわ。正直、クローディアとペネロペなんてどうなってもかまわないと思っているし、今回も利用してやるつもりだった。善人ぶるつもりはまったくないわ」

 そこでシャルロッテは再び前を向き、クローディアを見つめる。黒き者に身を委ねた彼女は、すっかりその体を乗っ取られ自我を失っている。


 哀れむつもりもないし、どうにかしてやりたいとも思わない。すべて彼女の自己責任だ。


 だが……。


「ちょっと彼女に聞きたいことがあるのよ」


『お父さまが病気で亡くなったのもこの子のせいよ! 絶対にそう! なにか怪しげな術でお父さまを弱らせたのに違いないわ!』

 あのときは気に留めてもいなかったが、どこからそんな発想になったのか。シャルロッテが読んでいる書物が魔術書で、どうして怪しげな術について書いていると思ったのか。


 父、ロベールは平等に可愛がるつもりでも、どうしてもクローディアより実の娘であるシャルロッテを愛していた。生きている頃はシャルロッテを聖女に推すつもりだった。


 その考えは、ペネロペやひいてはクローディアにとっては邪魔以外のなにものでもない。


 さらには、久々に戻ったはずの地下室は閉め切っていたはずなのにあまり埃っぽさを感じなかった。誰かが出入りし風通しがあったのだろう。


 クローディアが出入りし、彼女なりに魔術書を読んでいたと考えたら辻褄が合う。それに気づかなかった己の未熟さがただ腹立たしい。

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