ラスボスには悪役なりの美学があります

「コムラウスKomm raus!・カイネベヴェーグングKeine Bewegung! 」

 呟やきながら檻のあった箇所に指を滑らせば、檻の代わりに床に青白い跡が光りだし、クローディアを囲うようにして捕える。


 その様子を見てざわつく騎士団の面々をフィオンが制した。クローディアの目は血走り、瞼がわずかに痙攣している。


 それでも微笑みさえ浮かべる彼女に、シャルロッテも笑いかけた。


「どうするの? クローディアの中にいる限りそこからは出られないわよ」

「なに、簡単な話さ」


 クローディアの発した声は彼女自身のものではなかった。男のしわがれた声は、低く得体に知れないなにかが背中を這うような不快感をもたらす。表情さえ彼女の若々しさが消え、まるで老婆だ。


 ペネロペは娘の異常さに卒倒しそうになる。そんな彼女をあざ笑うかのようにクローディアが右腕を大きく振り上げて斜めに下ろした。


 次の瞬間、ちょうどペネロペたちのそばにいたエーデルシュタイン騎士団の若い団員が短く悲鳴をあげる。


「うわっ」

 彼の腰にあった剣が宙に浮かび、磁石のごとくクローディアの手に引き寄せられた。不可思議な現象に団員たちは息を呑む。

 クローディアは細腕で堂々と剣を構えると、乱暴に剣先をフィオンに差し向けた。


「なんのつもりだ?」

 このときばかりは、フィオンの声に不信感が乗せられる。わざわざ彼に剣を向けてくるとは、怖い物知らずの愚か者なのか、勝算があるからなのか。


 煽り立てるクローディアの行動にフィオンは眉根を寄せた。

「望むなら相手をしよう」

 フィオンがゆっくりとクローディアに近づく。彼もクローディアがいつもの様子と違うのには勘付いているのだろうが、このまま引き下がりはしない。


 クローディアではないなにかの気配をありありと感じる中、フィオンはクローディアを睨みつけた。


 まったく。なんでフィオン・ロヤリテート騎士団長とクローディアが敵対する構図になっているわけ? 今からクローディア側になったんじゃ、どうしても彼女より立場が下に見られそうだし……。


 悶々としつつ静観していたシャルロッテだが、ふと妙な胸騒ぎを覚える。


 この展開……なにかおかしくない?


 なぜフィオンを前にしてあえて剣で迎え撃つ真似をするのか。シャルロッテのように魔術やルーンなど自分の得意分野を使えばいい。

 クローディアの中の者の剣の実力は知らないが、体つきにしても体力的にも不利なのは明白だ。なにか狙いがあって、油断させるためだろうか。

 それにしてもクローディアからなにか仕掛けるような素振りは見えない。


 フィオンはクローディアから目を離さず、ふたりの距離はじりじりと縮まり、空気が震える。

 どちらがいつ動いてもおかしくない状況の中、クローディアは青白い光のラインぎりぎりまで歩み寄ると、相変わらず言葉を発さず剣を片手に不敵に微笑んでいる。


 まさか――!?


 先に動いたのはフィオンで、彼の剣先が揺れたのとシャルロッテがクローディアの中の者の目論見に気づいたのはほぼ同時だった。


 シャルロッテは素早くふたりの間に身を乗り出す。フィオンは大きく目を見開いた。


 ふたつの剣がぶつかり合う音がする……はずだった。しかしフィオンの手に伝わってきたのは予想外の感触だ。


 腰まであるシャルロッテの長い髪の一部がはらりと舞い、鈍い音が聞こえる。さらにシャルロッテはクローディアに馬乗りされ、身動きを封じられていた。


 フィオンはもちろん周りも状況がまったく理解できない。


「馬鹿な魔女だな。こんな女、どうでもいいだろうに」


 クローディアはフィオンに見向きもせず、シャルロッテに笑いかける。彼女の持っていたはずの剣は遠くに放り捨てられていた。

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