予定が変わったみたいだし、帰っていいですか?

 そこでシャルロッテがはたと現状を顧みる。


「って、なにそれ? ちょっとクローディア! なんで私より悪役っぽくなってるのよ! 人の立ち位置を霞めさせる真似はやめてよね!」

 厳しい口調で責めたてるが、この場にいる誰からも賛同は得られそうになかった。続けて彼女は自分の失敗を後悔したように項垂れる。


「しかも怪しい術に手を出していたら聖女の資格を剥奪されるなんて……。私もそれをやっておけばよかったぁ」

 やっぱり自分の力を隠してもいいことはないようだ。これは今後、肝に銘じておくとする。


「違う! 違うわ。私の力は本物よ! 聖女なの、そしてゆくゆくはラルフ王子と結婚するの。やっと叶えるのよ!」

 荒々しく訴えるクローディアに対し、シャルロッテが面倒くさそうに続ける。

「あー。そう。じゃ、頑張って」

 そのままこの場を去ろうとするが、腕を掴まれ引き留められる。掴んだのはフィオンだ。


「君にも聞きたいことはたくさんあるんだ」

 爽やかな笑顔に、シャルロッテはしばし迷いつつ体の向きを戻した。

「なるほど。さしずめ、私は彼女の共犯者扱いって認識になっているわけね」

「それはどうかな?」

 曖昧な言い方をされ、シャルロッテは盛大に肩を落とす。続けて子どものように体を揺らして地団太を踏んだ。


「あーあ。どっちみち、人質選び失敗ってわけね。ある程度知っている人間と馴染みのある場所ってだけで決めたのは浅薄だったわ。輝かしいラスボス伝説の第一歩としては最悪ね」

「君はなにも悪くないさ」

 すかさずフォローしてくるフィオンだが、シャルロッテとしては今頃戦っているはずの相手に言われても複雑なだけだ。彼は自分を処刑するよう進言する役回りであり、慣れ合うつもりは毛頭ない。


 シャルロッテは覚悟を決める。


「いいえ、これは私のミスだわ。で、次期国王と謳われし、ラルフ王子がもっとも信頼を寄せていると噂のフィオン・ロヤリテート騎士団長の判断は? 今すぐここで斬る? それとも捕えて処刑台送り?」


 自分のときのように。わざと挑発めいた言い方をしたが、フィオンは眉ひとつ動かさない。その代わり、ペネロペが短く悲鳴を上げ、必死にクローディアを庇いだす。


「王家に害をなすのならば、立場的に彼女を斬るのもやむをえないが……」

 そこで彼はやっと腰に手をかけ、鞘から白銀の輝きを放つ剣を抜く。覚悟を持って向ける相手は檻の中のクローディアだ。しかし、彼の表情は複雑さに満ちている。


「どうしてそんな顔をするの? あなたにとって彼女を斬るのは躊躇いも造作もないことでしょう?」

 嫌味を口にしてシャルロッテは口をつぐんだ。今ここで彼に八つ当たりをしてもしょうがない。


「彼女の処遇は任すわ。その前にとりあえず、彼女の中にいる存在と話をつけてからにしてもらいましょうか」

「中?」

 フィオンが訝しげに尋ねると、シャルロッテは彼よりも前に踏み出し、檻に近づいた。黒衣の裾が揺れ、クローディアをまっすぐに見据える。


「シャルロッテ、彼から離れて! 聖女は私よ! あなたじゃない。 私の方が強い力を手に入れたの。 私が王子と結婚するのよ!」

 女性の力とは思えない勢いでクローディアは牢の鉄格子を掴み、ガチャガチャと音を立て揺す振る。シャルロッテとフィオン以外の人間は、クローディアの迫力に圧されていた。


「はいはい。あなたの野望に口出すつもりはないわ。でも、今回は別よ。私より悪役として目立ってもらっちゃ困るの」

 びしっとクローディアを指差す。


「さて、いくら魔術書を読んで見様見真似で魔術を使ったとしても、魔力も魔術も格段上の私には意味がないわ。もう取り繕わなくて結構。クローディアの中にいる黒き者よ、出てきなさい」

 シャルロッテが呼びかけると、激しく腕を動かしていたクローディアはぴたりと動きを止め、恍惚に満ちた笑みを満面に湛える。美しいというより不気味さが漂うものだ。


「ここでどちらが上かはっきりさせて、改めて私のラスボス感を強調しておかないとね」

 シャルロッテがパチンと指を鳴らすと檻が一瞬にして消えた。

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