敵の情報収集は必須です。顔の良し悪しも含めて
「ほら、あなたのために命を懸けて愚かな騎士たちが乗り込んできたみたいよ」
「まさか、フィオンが?」
その名にシャルロッテは反応を示す。
「……フィオン? あのエーデルシュタイン騎士団の長である団長フィオン・ロヤリテート?」
急な食いつきっぷりにクローディアだけではなくヘレパンツァーも目を丸くする。
「え、ええ。聖女を迎えに来る役目を担っていて陛下やラルフ王子が一番信頼しているのは彼だから……」
「なんだ知り合いか?」
ヘレパンツァーの問いかけに、シャルロッテの鉄格子を持つ手に力が込められる。
「あいつには……言ってやりたいことが死ぬほどあるのよ」
腹の底からの怒りに震えた声が低く響く。
フィオン・ロヤリテートは【聖なる乙女と最強の騎士】のヒーロー役として登場する。異世界から召喚されたヒロインを護衛するのが役目で、次第に心を通わせていく。
そしてなにより、シャルロッテを処刑すべきだという声が上がったときに、彼も納得して同意を示した。
『彼女の持つ力は危険だ。神から与えられる聖力とは異なり、魔力は闇の力。いずれ国に害を為します』
『すべてはファートゥム王家のために』
「ふざけんなぁぁぁぁ!! しかもなに? 私を処刑したことに実は罪悪感を覚えていて? その弱音をヒロインに吐露して、ふたりの距離は急接近? 後出しもいいところよ。読者目線ならなんとも思わなかったけれど、よくもまぁ、人の死を踏み台にしてくれたわね」
「さっきからなにをひとり興奮しているんだ?」
ヘレパンツァーの言葉に、シャルロッテは少しだけ落ち着きを取り戻す。
一方で、クローディアがわずかに安堵した面差しを見せた。そこにシャルロッテが牢の鉄格子を両手で持ち、顔だけを中に突っ込む勢いで尋ねる。
「教えてほしいんだけど……フィオンって実際はどうなの?……本当に優秀なわけ? 顔は? イケメン?」
数秒の間が空いたのは気のせいか。シャルロッテの迫力に圧され、クローディアも引き気味になる。
「今、気にするのはそこか?」
次の発言は前からではなくうしろから投げかけられ、シャルロッテはものすごい形相で振り向いた。そして超小声で早口で説明する。
「当たり前でしょ! 直接は会ったことはないけど、少なくとも私の処刑を訴えた時点でポンコツ決定じゃない! ちゃんとラスボスの相手になりえるんでしょうね? そのうえ顔まで平凡だったら、やられた私は一体なんなのよ! あー、もう! 後々のため、ここでは一時引こうと思っていたけれど、やっぱり徹底的にやり合った方がいいのかしら?」
「俺にとっては心底どうでもいいことばかりだな」
こそこそと裏事情を話すふたりのやりとりなど知る由もなく、ペネロペが口を挟む。
「なにを考えているのか知らないけれど、フィオン団長は若くしてエーデルシュタイン騎士団の団長まで上りつめた人物よ。人望があって見目も麗しいから求婚者が後を絶たないっらしいから、あんたなんて相手にするはずないじゃない」
ペネロペの勢いに乗っかり、クローディアも付け足す。
「フィオンと敵対するってことは、ラルフ王子と……王家と敵対するってことなのよ!」
シャルロッテはにっこりと笑った。
「上等よ。私の狙いはそれだもの」
「今日一番の悪い顔をしているな」
とにかくフィオンとの因縁はともかく、シャルロッテの聖女ではなくラスボスとして生きるための第一歩だ。気を取り直し蜂蜜色の髪を優雅に掻き上げる。
しばらくすると玄関から幾人もがなだれ込む気配がする。続けて何人かの奇妙な雄叫びが部屋まで響いてきた。その声を聞いて、シャルロッテ以外の面々の顔色が青くなる。
「そう簡単にこの部屋に辿りつかれても面白くないと思って色々罠を張り巡らせたんだけれど、どれくらい釣れたかしら」
「う、うちのお屋敷になに勝手なことをしてくれているの!」
公爵家の館として調度品はそれなりに立派なものだ。とくにペネロペの気に入っていた装飾入りの扉は、無理やり開けられきっと無残な姿になっているだろう。
罵声を浴びせるペネロペを無視し、シャルロッテは中央に立った。あくまでも罠は数減らしの形式的なものばかりだ。
おそらく彼は間もなくここにやってくる。エーデルシュタイン騎士団の団長フィオン・ロヤリテート。
小説ではシャルロッテと会話らしい会話はなく、処刑の場になって冷たい言葉を吐くだけだ。
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