罵詈雑言はラスボス的に称賛として受け取ります


「ああ、うん。今日はちょうど義姉のクローディアが聖女として城に参入する日なのよね。だから彼女を迎えに騎士団の連中が来ると思って……」

 そこでシャルロッテは目的の部屋にたどり着く。決戦の場としてかまえていた大広間のドアを両手で押し開けた。


 家族団らんで食事をしたのは、もういつの話になるのか。今は真ん中にあったテーブルは退けられている。


「義理の姉クローディアを人質に、城に脅迫状を送ったの。【聖女をこのまま城に参内させはしない。あなたたちの計画を中止しないと命はない】って」

 あっけらかんと笑顔のシャルロッテとは対照的に、広間の端では檻に閉じ込められ、怯えた表情を見せる義姉のクローディアがいた。


 華やかな赤いドレスを身に纏い、ふわふわの長い茶色の髪に色白の肌は女性らしさに拍車をかけている。こればかりは彼女の努力の賜物たまものだろう。


「シャルロッテ、あんたどういうつもり!?」

 叫んだのはクローディアではなく義母のペネロペだ。檻には入れられていないが、部屋の反対側の角で幾人かの使用人たちとともに拘束されている。


 たった三ヶ月ぶりだというのに、ペネロペの皺が増えて深くなり、その分化粧の派手さに拍車がかかっている。


「やっとクローディアは幸せになれるのに、こんな姑息な手で邪魔をするなんて! やっぱりあなた悪魔だったのね!」

「ちょっと待って、悪魔じゃないわ。私が目指すのはあくまでもラスボスなんだから。そこらへんちゃんと考えて発言してくれる?」


 先妻の子であり、シュヴァン公爵家の娘として先に聖女候補となったシャルロッテが、なにを思ったのか突然、聖女の地位をクローディアに譲ると言って消息を絶ったのだ。


 しばらくはなにか裏があるのではと疑ったペネロペ親子だが、数日、数週間たってもシャルロッテは帰ってこない。彼女たちにとっては願ったり叶ったりの状況が実現したのだ。


 ペネロペは意気揚々とこの日を待ち望み、未来に想いを馳せた。娘が聖女として選ばれ、王家と繋がりを得られれば自分の待遇も格段によくなる。公爵夫人など目ではない。


 もしもクローディアが次期国王の立場にある王子に目をかけられたのなら……。

 ところが幸せを掴むその寸前、三週間前に館から出て行ったシャルロッテが、まさか目の前に現れ、このような邪魔をするとは夢にも思っていなかった。


「この人でなし! 忌み子め! あんたがみんなを不幸にするのよ!」


「うーん。ラスボスとしての罵られ方としてはこんなもんかしら? わかったわ、ペネロペ。その調子でどんどんヤジを飛ばしていて」


 妥協点を見つけ、浴びせられる罵倒も自分のラスボスとしての立場を引き立たせるものだとしたら悪くない気がしてきた。


 納得してうっとりするシャルロッテは不気味以外のなにものでもない。ペネロペが顔を引きつらせるのに対し、ヘレパンツァーが軽く息を吐く。


「私が言うのもなんだが、お前はラスボスを通り越して魔王だな。短絡的だが、その自己中心さと行動力は評価してやろう」


「ありがとう! 立派なラスボスになるため頑張るから!」


 今にも飛び跳ねそうなシャルロッテにヘレパンツァーはそれ以上の言葉を飲み込んだ。


「シャルロッテ! 私をどうするつもりなの? こんな真似をして……あなた、ただじゃすまないわよ!」


 シャルロッテとヘレパンツァーの会話にクローディアの悲痛な叫びが間に入る。泣きそうなのを堪えてか、彼女は両手で顔を覆った。

 対するシャルロッテは無表情で檻のそばまで大股で近づくと、妖しく笑ってみせる。


「ふっ。悪く思わないでね、クローディア。あなたを聖女として城に参入させるわけにはいかないのよ」


 低い声色に冷たい紫の瞳。クローディアは絶望の色を顔に浮かべた。


「どういうこと? やっぱりあなたが聖女になりたかったってこと?」

「ない! 絶対ないから。聖女になるなんて冗談じゃないわ! 勘違いしないで」


 鬼の形相で檻越しに詰め寄ってくるシャルロッテに、クローディアは迫力に負けて小さく頷く。


「まったく。勘違いしてもらったら困るわ。私はただ自分の邪魔をする者を排除するだけよ」


 いい! 今の私、周りからは間違いなく恐ろしい女にしか映っていないはず! ラスボス感満載! よしっ。


 笑みが零れそうになるのを必死に堪え、シャルロッテは極悪非道の雰囲気を崩さず続ける。

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